社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし

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第2章

17-2

柔らかな風が、花の香りを運んでくる。
俺は屋敷の裏手に広がる庭園を、のんびりと歩いていた。

「ん~……気持ちいい……」

リリウムも足元でついてきて、気ままに花壇の間を歩き回っている。
エミリーが私もご一緒に、とは言ったが休憩時間にもさしかかっていたし、下がって貰った。渋々な顔ではあったけれど。
レイが朝から城下町に視察に出かけている日は、屋敷が妙に静かだ。
普段はレイが執務室にいる気配を感じるだけで安心するんだけど、いないとなるとやっぱり少し落ち着かない。

「夕方には戻る」と言ってたけど、どうせ執務が長引くんだろうな~……。

レイは領主としての仕事に加えて王都とのやり取りも多いし、細かい視察に時間をかけることもしばしばある。
一日で終わるわけないんだよな……と、諦め半分で花壇の間を歩く。
以前なら俺も一緒に回っていたのだが、お留守番とは寂しいものだ。

「ま、帰ってくるまでのんびりしとくか」

噴水のそばで立ち止まり、水面に映る自分の姿をぼんやり眺める。
そのとき、視線の端にふと影がよぎった。

「……ん?」

反射的に振り返る。
庭園の奥、手入れの行き届いた花壇の向こう側に、人影が見えた気がした。
使用人らしい服装をしていたが、動きが妙にこそこそしている。

「……こんな時間に庭仕事する人いたっけ?」

少し気になったが、近づこうとした瞬間、そいつは花壇の陰に消えるように姿を隠した。

「え、なに今の……?」

思わず足を止める。
めっちゃ既視感あるんですけど……。
けれど、次の瞬間には庭園の風景がいつも通りに戻っていた。
リリウムも特に警戒する素振りはないし、使用人の誰かがサボってるのを見られて焦っただけかもしれない。

「……いや、さすがに気のせいか?」

先日の事件の記憶が残っているせいで、些細なことでも気になってしまうのかもしれない。
きっと大したことはない。

「……まぁ、うん。きっと気のせいだろ……」

俺は半ば自分自身に言い聞かせながら、俺は再び庭園をぶらつき始めた。



レイが帰ってきたのは案の定、日がすっかり落ちた頃だった。
いつものように静かに俺の部屋の扉が開き、凛とした姿で入ってくる。

「おかえり」
「ただいま」

短い挨拶を交わしつつ、俺はレイの顔を見て少しだけ安心する。
特に怪我などもなさそうで何よりだ。
見上げる俺を見てから頬へと口づけてきた。
が、レイの表情はどこか険しい。

「……どうかした?」

俺が聞くと、言葉を考えるようにしてから少し黙ったのちに、レイは口を開く。

「今日、屋敷に侵入者がいた」

その言葉に、思わず体が固まる。

「……え?」

レイは窓の外を眺めながら、低い声で続けた。

「見回りの兵が不審な人影を見つけたが、取り逃がしたらしい」
「……まさか、それって……」

昼間、庭園で見かけたあの影を思い出す。
まさか、あれか?……やっぱり気のせいじゃなかったのか?

「カイル、お前は昼間何か見なかったか?」

レイが振り向き、真っ直ぐな視線でこちらを見る。
少し迷ったが、すぐに俺は正直に答えた。

「……実は、昼間に庭園でそれらしい影を見たんだ。でも、すぐに姿が消えて……。見間違いかと思って、そのままにしてた」
「そうか」

レイは短く頷くと、少し表情を緩めた。

「お前が無事でよかった」

そう言うと、俺の肩に手を置き、静かに目を閉じる。

「……今後は俺のそばを離れるな」
「えっ」
「侵入者の狙いはまたお前かもしれない」

真剣な顔で言われると、さすがに冗談には聞こえない。

「いやいや、大丈夫でしょ? だって解決したし……」

慌てて否定しようとしたが、レイの瞳は鋭いままだった。

「以前も同じことを言って、結果的に事故に巻き込まれたのを忘れたのか?」
「……それは……」

事故とは記憶にまだ新しい、あの馬車の事故のことだ。
あれを切欠として一連のことがはじまっているわけだが、あの馬車の事故の前もレイは注意するように俺に言っていたことを思い出す。
大丈夫と、と呑気に出かけての事故なので俺には前科があるというわけで……。
俺はレイと目を合わせられず、視線を外す。

「何があってもお前を守る。それが俺の誓いだ」

レイの声が静かに部屋に響く。

「だから、今後はしばらく俺の執務室で過ごせ」
「執務室で……?仕事させてくれるって話?」
「お前はまだ静養中だろう?」
「えぇ…… いやいや、レイが仕事してるところで俺が暇してるだけじゃ……」
「構わない」

即答だった。

「お前が傍にいてくれるだけで、俺は集中できる」
「…………」

うぉっふ……。
やばい、推しが甘すぎる。しかし人が仕事してる前でだらだらってなかなか出来る人間居ないと思うんだよなぁ……。レイをちらりと見遣るが、どうにも意見は動きそうにない。

「……わかったよ……そこまで言うなら」

俺は一つ息を吐いて頷く。
どうやら、しばらくレイのそばで過ごすことになりそうだ。
推しのそばにいられるのは嬉しいけど、心臓の負担が大きいな……。

「……ところで、」

不意にレイの声が柔らかくなる。
ホッとしたのも束の間、レイがすっと俺に近づいてきた。

「昼間から気になっていたことがある」
「え?」

レイの顔が至近距離に迫り、息が触れあいそうな近さだ。

「……寝室の件は、どうなった?」
「っ!?」

反射的に一歩引くが、レイの手がそっと俺の腰を引き寄せた。
俺は思わず息をのむ。
冷静な表情のまま、だけど目だけがどこか愉しげに揺れている。

「体調が整ってきたのなら、そろそろ一緒に戻ってもいいだろう?」
「いやいやいや、ちょっと待て! それどころじゃないだろ、今は侵入者が……!」
「それとこれとは別だ」

即答。しかも微妙に声が低く、甘い。

「昼間の侵入者は逃げられたとはいえ、すでに対処している。問題はお前が今夜、どの部屋で寝るかだ」
「いや、だから……!」

どうやら「レイのそばにいる」という約束が、寝室問題に直結することを俺は忘れていたらしい。

「レイ、あの、その……!そ、そう!心の準備がですね……」

「もう待った。これ以上、お預けにされるのは辛い」

俺の言葉を遮りながら、レイは静かに耳元で囁く。
レイの指先が俺の頬をなぞる。

「……それとも、まだ怖いか?」
「こわ、くは……ない、けど……!」

俺がそう焦っていうと、レイは同じ場所でふっと笑った。

「……なら今夜は一緒に、寝よう」
「ッ……!!」

推しが本気すぎるんですけど……!
逃げられそうにない現実を前に、俺は観念して頷くしかなかった。
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