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第6話『人間じゃないって、そんなに珍しい?』
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朝の鐘の音で目が覚める。硬い寝台の上、無音の天井をぼんやりと見つめるのも、少しずつ習慣になってきた。
……慣れって怖い。
「──レン。お前、散歩ついてくる?」
食事のあと、ルースさんが不意に声をかけてきた。
唐突すぎる登場に、驚いた僕はパンを飲み込みかけて咽せた。
「けほっ、げほっ……何がですか?」
「いや、見回り兼ねてるから。監視役としてね? 安心して、下心は半分だけだから」
「あるんかい……しかもいつの間にか呼び捨てされてる」
「気にするなよ」
本当に安心できる気はしなかったけど、気分転換にはちょうどよかった。
ふたりで並んで砦の廊下を歩く。黒鎧の騎士たちとすれ違うたび、ぴりっと空気が張るのは相変わらずだ。
「……みんな、僕をすごい目で見てきますよね」
「そりゃあな。お前、“人間”だろ」
軽く言われたその一言に、足が止まった。
「人間……って、そんなに珍しいんですか?」
「前にもちょこっと話したけど、この国にはいねぇよ。てか、俺らがいる《西の獣王領》は、ほとんどが獣人。人間は南東の海を越えた大陸に集まってて、国交もろくにない」
ルースさんは、踵を返さずにそのまま歩いていく。
「それに“異世界”ってやつだろ? そりゃもう、稀少ってレベルじゃねぇ。見たことない奴、喋ったことない奴、触ったこともない奴──みんなそんな感じだよ」
言い方は軽いけど、その視線はふっと遠くを見るようだった。
「じゃあ……僕、ここじゃ本当に、“誰でもない”んですね」
「……それ、嫌か?」
少しだけ、ルースさんの声が低くなった。
「嫌っていうか……ちょっと、寂しいのかも?まあ、知り合いがいないからですかね」
正直に言った。
誰も知らない場所で、誰の記憶にもいない。
存在が「初見」で「未知」で、だからこそ──怖がられる。
「知り合いがいないって……俺らはもうおともだちだろ?」
ルースさんは僕を茶化しながら背中を叩く。
どこまで本気なんだかな、と背中の痛みに耐えつつ思った。
※
その後、砦の倉庫周りでちょっとした騒ぎが起こった。
補給物資の振り分けリストと、実際の在庫がズレていたらしい。
責任者らしき獣人が部下に怒鳴っていて、空気がぴりついていた。
「だから違ぇって! 先週の便で、布薬は届いてねぇんだよ!」
「いや、でもこっちの表では──」
「だから! そいつが間違ってんだろ!」
言い争いが激しくなってきたそのとき。
「すみません、ちょっといいですか?」
僕はすっと割って入った。ルースが「マジかよ」と苦笑するのが見えた。
うるさいな。職業病ってやつなんだ。
「リスト、見せてもらってもいいですか?」
戸惑いながらも、補給係の騎士が記録用紙を手渡してくれた。
獣人語だったが、【全言語理解】スキルがあれば問題ない。
(えーっと……これは、書式のミスだ。チェックボックスの記入欄が一段ズレてる。てか、これ……見難いなぁ……)
「これ、多分……表の記入の仕方が間違ってるだけです。“布薬”は次週の便になってるはずです」
僕はページをめくりながら、配送記録と突き合わせて説明した。
騎士たちはぽかんとしていたけれど、納得はいったようだった。
「……ああ、ほんとだ」
「書き方、見直さねぇとな……また混乱するぞ、これ」
険悪だった空気がすっと緩んでいく。
「助かった」
「……人間のくせに、使えるな」
「え、それ褒めてます?」
思わず苦笑すると、周囲にいた何人かがふっと笑ったように見えた。
そんなこんなで夕方、部屋に戻ると、ロナルドさんが扉の前に立っていた。
「あっ、お疲れさまです」
「……補給係の件、聞いた。よくやったな」
「いえ、たまたま、コンビニ……いや、えーと店で似たようなことがよくあったので……」
ロナルドさんは静かに頷いた。
「使えると判断されれば、居場所も得やすい。だが無理はするな。……体調に異変があれば、報告を」
「心配してくれるんですか?」
「管理の一環だ。なにかったら必ず俺に報告を」
顔は相変わらず無表情。
でも、その言葉の選び方は、以前より少しだけ……優しくなった気がする。
(……もしかして、ちょっとだけ認められりして……?)
夜、ベッドに腰を下ろして、今日のことを反芻する。
言葉を交わせるだけで、誰かと笑えるだけで、こんなにも気持ちが違うんだ。
人間で、異世界から来たオメガで、回復スキルのある得体の知れない存在──。
でも、「それでもいい」と思ってもらえたなら。
(少しずつ、ここで……居場所ができるといいんだけどなぁ。他に行く当てもないし)
そう願いながら、僕はゆっくりと目を閉じた。
そういえば、店……どうなってるんだろうか。ごめんね、高岡さん。
———————
投稿は毎日8時・21時の2回です。
リアクションやコメントいただけると嬉しいです♪
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……慣れって怖い。
「──レン。お前、散歩ついてくる?」
食事のあと、ルースさんが不意に声をかけてきた。
唐突すぎる登場に、驚いた僕はパンを飲み込みかけて咽せた。
「けほっ、げほっ……何がですか?」
「いや、見回り兼ねてるから。監視役としてね? 安心して、下心は半分だけだから」
「あるんかい……しかもいつの間にか呼び捨てされてる」
「気にするなよ」
本当に安心できる気はしなかったけど、気分転換にはちょうどよかった。
ふたりで並んで砦の廊下を歩く。黒鎧の騎士たちとすれ違うたび、ぴりっと空気が張るのは相変わらずだ。
「……みんな、僕をすごい目で見てきますよね」
「そりゃあな。お前、“人間”だろ」
軽く言われたその一言に、足が止まった。
「人間……って、そんなに珍しいんですか?」
「前にもちょこっと話したけど、この国にはいねぇよ。てか、俺らがいる《西の獣王領》は、ほとんどが獣人。人間は南東の海を越えた大陸に集まってて、国交もろくにない」
ルースさんは、踵を返さずにそのまま歩いていく。
「それに“異世界”ってやつだろ? そりゃもう、稀少ってレベルじゃねぇ。見たことない奴、喋ったことない奴、触ったこともない奴──みんなそんな感じだよ」
言い方は軽いけど、その視線はふっと遠くを見るようだった。
「じゃあ……僕、ここじゃ本当に、“誰でもない”んですね」
「……それ、嫌か?」
少しだけ、ルースさんの声が低くなった。
「嫌っていうか……ちょっと、寂しいのかも?まあ、知り合いがいないからですかね」
正直に言った。
誰も知らない場所で、誰の記憶にもいない。
存在が「初見」で「未知」で、だからこそ──怖がられる。
「知り合いがいないって……俺らはもうおともだちだろ?」
ルースさんは僕を茶化しながら背中を叩く。
どこまで本気なんだかな、と背中の痛みに耐えつつ思った。
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その後、砦の倉庫周りでちょっとした騒ぎが起こった。
補給物資の振り分けリストと、実際の在庫がズレていたらしい。
責任者らしき獣人が部下に怒鳴っていて、空気がぴりついていた。
「だから違ぇって! 先週の便で、布薬は届いてねぇんだよ!」
「いや、でもこっちの表では──」
「だから! そいつが間違ってんだろ!」
言い争いが激しくなってきたそのとき。
「すみません、ちょっといいですか?」
僕はすっと割って入った。ルースが「マジかよ」と苦笑するのが見えた。
うるさいな。職業病ってやつなんだ。
「リスト、見せてもらってもいいですか?」
戸惑いながらも、補給係の騎士が記録用紙を手渡してくれた。
獣人語だったが、【全言語理解】スキルがあれば問題ない。
(えーっと……これは、書式のミスだ。チェックボックスの記入欄が一段ズレてる。てか、これ……見難いなぁ……)
「これ、多分……表の記入の仕方が間違ってるだけです。“布薬”は次週の便になってるはずです」
僕はページをめくりながら、配送記録と突き合わせて説明した。
騎士たちはぽかんとしていたけれど、納得はいったようだった。
「……ああ、ほんとだ」
「書き方、見直さねぇとな……また混乱するぞ、これ」
険悪だった空気がすっと緩んでいく。
「助かった」
「……人間のくせに、使えるな」
「え、それ褒めてます?」
思わず苦笑すると、周囲にいた何人かがふっと笑ったように見えた。
そんなこんなで夕方、部屋に戻ると、ロナルドさんが扉の前に立っていた。
「あっ、お疲れさまです」
「……補給係の件、聞いた。よくやったな」
「いえ、たまたま、コンビニ……いや、えーと店で似たようなことがよくあったので……」
ロナルドさんは静かに頷いた。
「使えると判断されれば、居場所も得やすい。だが無理はするな。……体調に異変があれば、報告を」
「心配してくれるんですか?」
「管理の一環だ。なにかったら必ず俺に報告を」
顔は相変わらず無表情。
でも、その言葉の選び方は、以前より少しだけ……優しくなった気がする。
(……もしかして、ちょっとだけ認められりして……?)
夜、ベッドに腰を下ろして、今日のことを反芻する。
言葉を交わせるだけで、誰かと笑えるだけで、こんなにも気持ちが違うんだ。
人間で、異世界から来たオメガで、回復スキルのある得体の知れない存在──。
でも、「それでもいい」と思ってもらえたなら。
(少しずつ、ここで……居場所ができるといいんだけどなぁ。他に行く当てもないし)
そう願いながら、僕はゆっくりと目を閉じた。
そういえば、店……どうなってるんだろうか。ごめんね、高岡さん。
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