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執務室を出たエリアスは、気持ちを切り替えるようにそっと息をつく。
乱れた衣服を直しながら、廊下を進んでいくと──向こうから見知った人物がこちらに向かってくるのが見えた。
「エリアス、ちょうどいいところに」
「カーティス」
書類を抱えたカーティスは、片手を軽く上げながらエリアスに歩み寄る。
「なんだ、その顔。惚けてるなぁ……レオナード殿下にでも襲われたか?」
「……お前は少し黙れ」
じろりと睨みつけるエリアスに、カーティスは軽く肩をすくめた。
「冗談だって。それより……この後は?」
「仕事は終わりらしい。……さっきの“未来”の話か?」
「察しが良くて助かる……」
エリアスは一度足を止め、周囲を見渡してから小さく息をつく。
「どこか静かな場所で話そう」
エリアスが向かったのは書類庫の一角だった。
お互いに文官と言う括りがあるため、過去の文章を調べるという体でいたところで怪しまれることはまずない。
書架と書架の合間に立って、二人は向き合った。
「端的に言う。僕は前世で違う世界にいた。そしてこの世界はそこで読んだ小説の中の話なんだ」
一言で表すならば荒唐無稽。
けれどエリアスは、この友人が冗談を言って人で遊ぶような性格でないことをよく知っていた。
「なるほど」
あっさりと頷くエリアスに、カーティスは一瞬きょとんとする。
「信じるのか……?」
「聞いてみないとわからないだろう?」
「……相変わらず冷静だな」
カーティスは苦笑しながら、少しだけ肩を竦めた。
「まあ、お前が信じようが信じまいが、事実は変わらない。この世界は“異世界転生ファンタジー”ってやつだ。魔物がいて、御子が聖なる力でそれを浄化する……まあ、ありがちな設定さ」
エリアスは軽く眉を寄せる。
「ありがちかどうかはともかく、レオナード様がその御子に惹かれる未来があるということであっているんだな?」
「そういうこと。で、お前は捨てられる」
「……それを、改まって言うな」
エリアスは不機嫌そうにカーティスを睨むが、カーティスは真剣な表情を崩さない。
「いや、僕もこの未来を見たばかりで……お前には早めに言っておいた方がいいと思ったんだよ」
「……しかし、突拍子がないな」
けれど、心のどこかで、その言葉を否定できなかった。
カーティスは腕を組み、書架に軽く背を預ける。
その仕草はどこか落ち着きがなく、エリアスの目には「この話が少なからず本気である」という証拠に見えた。
「突拍子がないのはわかってるさ。でも……どうも気になってな」
カーティスは言葉を選ぶように視線をさまよわせ、静かに続ける。
「……お前がレオナード様に捨てられる未来、正直見たくはなかった。けど、それを知ってしまった以上、知らないふりはできない」
エリアスは黙ってカーティスを見つめた。
彼は冗談でこんなことを言う男ではない。
それは長い付き合いの中で、嫌というほど知っている。
「お前がそんな顔をするってことは、やっぱり未来は避けられないのか?」
「……どうだろうな。僕が見た未来では、御子が現れてから少し経った後に、お前とレオナード様の関係が冷え始める」
「……御子、か」
エリアスの脳裏に、ついさっき耳にした**「辺境の村で御子が見つかった」という報せ**が蘇る。
まだ顔を合わせてもいないが、エリアスの心は微かに波立った。
「でも、これは確定じゃない。あくまで“今のまま”いけばの話だ」
「今のまま……?」
「そう。何もしなければ、お前は王弟の恋人という立場をきっと失う。でも、未来は変えられるはずだ」
エリアスは小さく息を吐く。
「……さっきも聞いたよ。未来を変える方法があるなら、具体的に教えてほしいものだけれどね……」
「それが……一人ではわからないから困ってるんだよ」
カーティスは肩を竦め、少し困ったように笑った。
「ただな、エリアス」
声のトーンが少し低くなる。
「レオナード様がお前を愛しているのは事実だ。そこは揺るがない」
「……そう見えるなら、なおさら矛盾しているだろう」
エリアスは腕を組みながら、レオナードのことを思い浮かべた。
つい先ほどまで自分を抱きしめていた男の姿を。
あれほど深い愛情を向けてくれる男が、他の誰かに心を奪われる未来があるとは信じがたい──けれど、王族の立場とはそういうものだ。
「身分の釣り合いが必要だ。俺は子爵家の出身……せいぜいなれても妾が精いっぱいだろうな」
「……ああ、その理屈もわかる。でもお前の家はその辺の子爵家とは違う。その歴史は建国時代にまでさかのぼる由緒の正しさだ。それに家格が下というだけで、貴族ではある。何よりお前は恋人だ。……逆にそれを利用すればいいんじゃないか?」
「……どういうことだ」
「わかりやすいだろ? いっそレオナード様と正式に婚約すれば、そう簡単に捨てられなくなる」
エリアスは目を見開いた。
「……お前、簡単に言うんじゃない。王族との婚姻がどれほどの意味を持つか、わかっているだろう?それこそお前の家ならともかく……」
「わかってるさ。でも、レオナード様が本気ならそれくらいするんじゃないか?」
エリアスは息を詰まらせた。
(レオ様が本気なら──)
その言葉が、胸に深く突き刺さる。
──『私は、ずっとお前だけを見ている』
つい先ほど耳元で囁かれたあの言葉が、ぐるぐると頭の中を巡る。
馬鹿な、と頭を振った。
相手から言われない以上、自分から言い出すしかない。
それは自分には到底無理な話だ。
エリアスは大きく溜息を吐く。
「……お前と話していると疲れる」
「疲れているところ、すまないが……お前がさっき言った、僕の家なら……という言葉。それに関わってくる追加情報がある」
「……なんだ?」
「このままでいくと僕がレオナード様の婚約者に内定しそうだ」
乱れた衣服を直しながら、廊下を進んでいくと──向こうから見知った人物がこちらに向かってくるのが見えた。
「エリアス、ちょうどいいところに」
「カーティス」
書類を抱えたカーティスは、片手を軽く上げながらエリアスに歩み寄る。
「なんだ、その顔。惚けてるなぁ……レオナード殿下にでも襲われたか?」
「……お前は少し黙れ」
じろりと睨みつけるエリアスに、カーティスは軽く肩をすくめた。
「冗談だって。それより……この後は?」
「仕事は終わりらしい。……さっきの“未来”の話か?」
「察しが良くて助かる……」
エリアスは一度足を止め、周囲を見渡してから小さく息をつく。
「どこか静かな場所で話そう」
エリアスが向かったのは書類庫の一角だった。
お互いに文官と言う括りがあるため、過去の文章を調べるという体でいたところで怪しまれることはまずない。
書架と書架の合間に立って、二人は向き合った。
「端的に言う。僕は前世で違う世界にいた。そしてこの世界はそこで読んだ小説の中の話なんだ」
一言で表すならば荒唐無稽。
けれどエリアスは、この友人が冗談を言って人で遊ぶような性格でないことをよく知っていた。
「なるほど」
あっさりと頷くエリアスに、カーティスは一瞬きょとんとする。
「信じるのか……?」
「聞いてみないとわからないだろう?」
「……相変わらず冷静だな」
カーティスは苦笑しながら、少しだけ肩を竦めた。
「まあ、お前が信じようが信じまいが、事実は変わらない。この世界は“異世界転生ファンタジー”ってやつだ。魔物がいて、御子が聖なる力でそれを浄化する……まあ、ありがちな設定さ」
エリアスは軽く眉を寄せる。
「ありがちかどうかはともかく、レオナード様がその御子に惹かれる未来があるということであっているんだな?」
「そういうこと。で、お前は捨てられる」
「……それを、改まって言うな」
エリアスは不機嫌そうにカーティスを睨むが、カーティスは真剣な表情を崩さない。
「いや、僕もこの未来を見たばかりで……お前には早めに言っておいた方がいいと思ったんだよ」
「……しかし、突拍子がないな」
けれど、心のどこかで、その言葉を否定できなかった。
カーティスは腕を組み、書架に軽く背を預ける。
その仕草はどこか落ち着きがなく、エリアスの目には「この話が少なからず本気である」という証拠に見えた。
「突拍子がないのはわかってるさ。でも……どうも気になってな」
カーティスは言葉を選ぶように視線をさまよわせ、静かに続ける。
「……お前がレオナード様に捨てられる未来、正直見たくはなかった。けど、それを知ってしまった以上、知らないふりはできない」
エリアスは黙ってカーティスを見つめた。
彼は冗談でこんなことを言う男ではない。
それは長い付き合いの中で、嫌というほど知っている。
「お前がそんな顔をするってことは、やっぱり未来は避けられないのか?」
「……どうだろうな。僕が見た未来では、御子が現れてから少し経った後に、お前とレオナード様の関係が冷え始める」
「……御子、か」
エリアスの脳裏に、ついさっき耳にした**「辺境の村で御子が見つかった」という報せ**が蘇る。
まだ顔を合わせてもいないが、エリアスの心は微かに波立った。
「でも、これは確定じゃない。あくまで“今のまま”いけばの話だ」
「今のまま……?」
「そう。何もしなければ、お前は王弟の恋人という立場をきっと失う。でも、未来は変えられるはずだ」
エリアスは小さく息を吐く。
「……さっきも聞いたよ。未来を変える方法があるなら、具体的に教えてほしいものだけれどね……」
「それが……一人ではわからないから困ってるんだよ」
カーティスは肩を竦め、少し困ったように笑った。
「ただな、エリアス」
声のトーンが少し低くなる。
「レオナード様がお前を愛しているのは事実だ。そこは揺るがない」
「……そう見えるなら、なおさら矛盾しているだろう」
エリアスは腕を組みながら、レオナードのことを思い浮かべた。
つい先ほどまで自分を抱きしめていた男の姿を。
あれほど深い愛情を向けてくれる男が、他の誰かに心を奪われる未来があるとは信じがたい──けれど、王族の立場とはそういうものだ。
「身分の釣り合いが必要だ。俺は子爵家の出身……せいぜいなれても妾が精いっぱいだろうな」
「……ああ、その理屈もわかる。でもお前の家はその辺の子爵家とは違う。その歴史は建国時代にまでさかのぼる由緒の正しさだ。それに家格が下というだけで、貴族ではある。何よりお前は恋人だ。……逆にそれを利用すればいいんじゃないか?」
「……どういうことだ」
「わかりやすいだろ? いっそレオナード様と正式に婚約すれば、そう簡単に捨てられなくなる」
エリアスは目を見開いた。
「……お前、簡単に言うんじゃない。王族との婚姻がどれほどの意味を持つか、わかっているだろう?それこそお前の家ならともかく……」
「わかってるさ。でも、レオナード様が本気ならそれくらいするんじゃないか?」
エリアスは息を詰まらせた。
(レオ様が本気なら──)
その言葉が、胸に深く突き刺さる。
──『私は、ずっとお前だけを見ている』
つい先ほど耳元で囁かれたあの言葉が、ぐるぐると頭の中を巡る。
馬鹿な、と頭を振った。
相手から言われない以上、自分から言い出すしかない。
それは自分には到底無理な話だ。
エリアスは大きく溜息を吐く。
「……お前と話していると疲れる」
「疲れているところ、すまないが……お前がさっき言った、僕の家なら……という言葉。それに関わってくる追加情報がある」
「……なんだ?」
「このままでいくと僕がレオナード様の婚約者に内定しそうだ」
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