王弟様の溺愛が重すぎるんですが、未来では捨てられるらしい

めがねあざらし

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夜の王宮は、昼間とは違った静けさに包まれていた。
広大な庭園の奥、月明かりだけが照らす回廊の一角で、エリアスは腕を組んで待っていた。

(……呼び出したはいいが、果たしてハルトにこの話をどう伝えたものか)

慎重に話を進めなければならない。
何より、無駄に動揺させるのは避けたい。
御子としてのハルトの立場を考えれば、余計な不安を抱かせるわけにはいかないし、ここで余計な噂などが出れば、“小説”とやらの内容がおかしな方向に進む可能性もある。
現状は差異があれども、筋通りにはなっているので、なるべくであれば筋通りのものを回避していきたいところだ。

「エリアス様!」

遠くから駆けてくる声がする。
エリアスは素早く周囲を確認し、誰もいないのを確かめると、少しだけ眉を寄せた。

(……声が大きい……っ)

案の定、数秒後には庭園の入口からハルトが姿を現し、小走りで駆け寄ってきた。

「え、えへへ……すみません、待ちました?」
「いいえ。ですが、声が大きいです。静かに」
「ひぇっ、すみません……!」

ハルトが口元を押さえ、目を丸くする。
そんな様子を見て、エリアスはほんのわずかに息を吐いた。

「さて、早速ですが──」

エリアスが切り出そうとした瞬間、ハルトがキラキラと目を輝かせて身を乗り出した。

「えっ、エリアス様、なんか秘密の話すか!? なんか、こう……俺にしか話せないヤツみたいな!?」
「……声が大きいです、静かに」
「っ、すみません……!」

再びハルトが口を押さえ、辺りをキョロキョロと見回した。
その落ち着きのなさに、エリアスはわずかに肩を落とす。

(……これは、慎重に話を進めないとな)

「……いいですか。これはまだ確かな情報ではありませんが──」

エリアスは、できる限り慎重に言葉を選びながら話し始めた。

「ある筋からの情報によると、今度の夜会で、御子である貴方の飲み物に毒が混入される可能性があるそうです」
「……えっ?」

ハルトの顔から、一瞬で表情が消える。

「毒……って、俺、狙われてるんですか……!?」
「可能性の話です、絶対ではないんですよ」

エリアスは落ち着いた声で返す。

「確証はありません。ただ、万が一のことを考えて、念には念を入れたいのです」
「……そっか……え、王宮こっわ……」

ハルトの目に、一瞬だけ不安の色がよぎる。
だが、すぐに拳を握り締めて、真剣な表情で頷いた。

「ええと……俺に何かできるから呼び出してくれたんですよね?俺は何をすればいいんですか?」
「あなたの"力"を使ってほしいんです」

エリアスの言葉に、ハルトはきょとんとする。

「力……?」
「貴方には、御子としての聖なる力がありますよね。御子の聖なる力はとても強く毒物を無害にもできる。その“力”です」
「えっ、ああ……! そうですね!」

ハルトはようやく理解したようで、嬉しそうに胸を張る。

「俺、御子として何かできるなら、やります!あ、でも俺が狙われているなら……俺、使えますかね……?」

普通に考えればその疑問にあたることはエリアスにもわかっている。

「その日は私がなるべくハルト様に付いておこうかと思っています。なので飲み物や食べ物は私が持ってくるものにお願いしたいのです。もしまかり間違って私や他のものが倒れたらお願いしますね」
「なるほど、わかりました!……エリアス様と一緒……」
「一応、魔晶石も考えたのですが……ハルト様が“力”を使えるならそれが一番なので。それに夜会はセオドール様も参加される予定だったと思うのですが……」

神官長補佐を務めるセオドールも聖なる力はやはり強い。
何かあったときのいわば保険だとエリアスは考えていた。
仮にこれでハルトが毒を飲んだとしても、セオドールの力で無害にできるし、ハルトに頼んでおけばまず自分が飲んでも大丈夫だ。

「あ、そうです!なら大丈夫っすね!」

完ぺきとは言い難いし、そこで犯人を炙り出すには弱いが、まずは毒殺事件を避けるのが先だ。エリアスが安堵した瞬間──

「……何を話している?」

背後から、冷たい声が落ちた。

「っ……!」

エリアスとハルトが、同時に肩を跳ねさせる。
振り返れば、そこにはレオナードが立っていた。
月明かりの下、その金の瞳が鋭く光る。

(……あ、やっぱりですか……)

内心で頭を抱えながらも、エリアスは何とか表情を保つ。
しかし、一番問題なのは──

「えっ、いやー、あの、こう……マナーの話っぽいみたいな?」

ハルトが 絶望的に誤魔化すのが下手 なことだった。

「……」

レオナードの表情が、さらに険しくなる。

(頼む……俺の心臓に優しい嘘を……!)

エリアスはこっそりとハルトを肘でつつく。

「……ハルト様に夜会での立ち振る舞いを……」
「うんうん、そうそう!! そ、その、俺、夜会とか慣れてないから……」

ハルトが何とか合わせようとするが、すでに手遅れだった。
レオナードはじっとエリアスを見つめ、静かに言う。

「……そうか?」
「はい」
「本当に?」
「ええ、もちろん」

エリアスは できる限り自然な表情を作り、視線を逸らさないように返す。
レオナードはしばし沈黙し──やがて、ゆっくりと息を吐いた。

「……そうか」

(……えっ、今の感じ、完全に疑ってるよな!?)

エリアスは内心で冷や汗をかくが、レオナードはそれ以上は追及せず、ただじっと二人を見つめていた。

「夜も遅い。そろそろ部屋へ戻れ」
「は、はい!」

ハルトが即答する。
レオナードはもう一度、エリアスの顔をじっと見つめた後、何も言わずにその場を去った。

「……うわぁ、殿下、怖かった……」

レオナードの姿が完全に見えなくなったのを確認し、ハルトがほっと息をついた。

「本当にもう……心臓に悪い……」

エリアスもこめかみを押さえながら、ため息をついた。

(まったく……バレてないことを祈るしかないな)



静まり返った夜の廊下を、一人歩く。
何とか誤魔化してハルトと別れたものの、心臓の鼓動はまだ落ち着かない。
エリアスはため息をつきながら、自室へと向かっていた。

(……危なかった……)

正直、ハルトの誤魔化し方が下手すぎて、ヒヤヒヤした。
レオナードの疑いの目が向けられた時には 背筋が凍るかと思った。
幸い、あの場では追及されなかったが、果たして本当にレオナードが納得しているかどうかは……怪しいところだ。

(まあ、今更考えても仕方がないな……とにかく、計画は伝えられたのだし……今度からカーティスを挟もうか……)

そう考えながら、エリアスは足を進めた。
しかし、ふと妙な違和感を覚える。

(……ん?)

視線を感じる。
昼間から誰かに監視されているような感覚はあったが、まさか夜になっても続いているとは……。思わず後ろを振り返る。
──誰もいない。

(気のせい……?)

いや、違う。
この感覚は 紛れもなく"あの男"のものだ。

「……」

何も言わず、再び前を向き直る。
だが、次の瞬間──

「……っ⁉」

腕を引かれ、廊下の影へと引き込まれた。

「っ……」

そのまま壁際へ追い込まれる。
強引に押さえつけられたわけではない。
ただ、背後の壁と目の前のレオナードに挟まれ、逃げ場がなくなった。

「お前、私に嘘をついたな?」

低く、冷たい声が耳元に落ちる。

レオナードがそこにいた。

「……レオ様……?」
「何を話していた?」
「……ですから、ハルト様に夜会での立ち振る舞いを……」
「そうか?」

レオナードは微かに目を細める。

(……やっぱり疑ってるじゃないか……)

なんとか冷静を装おうとするが、圧が強すぎて思考がまとまらない。
レオナードはすぐには次の言葉を発しなかった。
ただじっと、観察するようにエリアスを見つめている。

──まるで、嘘を暴くまで逃さないと言わんばかりに。

(……まずいな……)

少しでも動けば、腕を掴まれそうな気がする。
いや、下手に動かなくても、既に掌の上で転がされているようなものだ。

「……私は、レオ様を欺けるほど狡猾ではありませんので」

エリアスは努めて淡々と答えた。

「ほう?」

レオナードはその言葉を吟味するように繰り返し、ふっとわずかに口角を上げる。
次の瞬間、さらに距離を詰めてきた。

「ならば、なぜ目を逸らす?」

「……っ」

思わず視線をそらしてしまうが、それを 許さない とばかりに、レオナードの手が顎を軽く持ち上げた。
レオナードの顔が自分の横にある。

「エリアス」

低く、甘く、囁くような声。
耳朶をかすめる吐息に、ほんの少しだけ体が震えた。

(……まずい……)

心臓が無駄に高鳴る。
たった数秒の沈黙が、異様に長く感じられる。
──その時。
ふっと、レオナードの指が唇をかすめた。

「……っ!」

驚いて顔を上げると、レオナードは じっとエリアスを見つめたまま、唇の端を指でなぞっていた。
まるで、そこに残る "嘘の名残"を拭う かのように。

「……お前が何を隠しているか、いずれ知ることになる」
「……」
「おやすみ、エリアス」

その言葉とともに、額にそっと唇が落ちた。

「……っ」

あまりにも不意打ちすぎて、反応が遅れる。
しかし、そんなエリアスの様子などお構いなしに、レオナードは静かに身を引いた。
すべてを見透かすような視線を残して。

「……っ」

エリアスは呆然としながら、その背中を見送った。
そして、ようやく彼が遠ざかったことを確認すると、壁にもたれかかるようにして息を吐く。

(……本当にもう……心臓に悪い……)

体温が上がっているのが自分でもわかる。
レオナードの指の感触も、額に落とされた口づけの感触も、まだ そこに残っている気がしてならない。

(……何なんですか、もう……)

心臓を落ち着けるように、そっと胸に手を当てる。
結局、今回もまた逃げ切れなかった。
そして、またレオナードに "囚われた" 気がする──。




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