王弟様の溺愛が重すぎるんですが、未来では捨てられるらしい

めがねあざらし

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――静かな廊下に、靴音が響く。
エリアスは、手にした案内書を見ながら、緊張を抑えきれずに歩いていた。

(……今日、失敗は許されない)

アカデミーの周年祭。
王族や高位貴族が来賓として招かれるこの式典では、優秀な生徒が案内役に選ばれることがあった。
エリアスは、その役目を任されたのだ。

そして、案内する相手は―― 王弟、レオナード・グレイシア殿下。

彼は、現王エドワルドの弟であり、軍を率いる司令官でもある。
冷静沈着で、感情を表に出すことが少ないと言われる人物。
エリアスも何度か名前は聞いたことがあったが、直接会うのは初めてだった。

(……どんな人なんだろう)

そんなことを考えながら、来賓室の前に立つ。
深呼吸を一つして、扉をノックした。

「失礼します。案内役の者です」

扉が開かれると、そこには黒髪の青年が立っていた。

「……」

視線が合った瞬間、息をのむ。
黒曜石のような漆黒の髪。鋭い金の瞳。
その佇まいは、まさしく「王族」だった。
だが、それ以上に、彼がエリアスを見た瞬間―― 僅かに目を細めた のがわかった。

(……なんだ?)

「わざわざすまないな」

低く落ち着いた声が響く。
エリアスは一瞬で我に返り、頭を下げた。

「いえ。お迎えにあがりました、レオナード殿下」

レオナードは、静かに頷いた後、ゆっくりと歩み寄ってくる。
エリアスは先導しようとしたが―― その瞬間、肩を掴まれた。

「……?」

驚いて顔を上げると、レオナードはじっとエリアスを見下ろしていた。

「お前の家は?」
「え……?」
「貴族だな。どの家の者だ?」

まるで品定めをするかのような口調。
しかし、威圧感はない。

「……フィンレイ家の次男、エリアス・フィンレイです」
「ふむ……あの子爵家のか」

レオナードは小さく頷くと、再び歩き出す。
エリアスは混乱しつつも、慌てて動き出す。

(なんだ……今の質問……?)

それは「世間話」ではない。
むしろ、彼は エリアスという存在を確かめるように 確認していた。
そして、式典が終わり、別れの時。

「……また会おう」

別れ際に、レオナードはそう言った。
その言葉に込められた意味を、あの時のエリアスは何も理解していなかった。
ただただ、次があれば、と心が熱くなったのを覚えている。
――だが今なら、わかる気がする。

(ああ……俺はもう、この時点で……)

意識が薄れ、夢が静かに消えていく。



まぶたが重い。
喉が渇く。
ゆっくりと目を開けると、天井に見覚えのない装飾があった。

(……ここは……?)

意識がぼんやりとしながらも、体を動かそうとした瞬間。
手が……温かいものに包まれていた。

(……?)

視線を動かすと、エリアスの手を強く握っている人がいた。

――レオナードだ。

彼は椅子に腰掛けたまま、エリアスの手を握りしめたまま、目を閉じている。

(……眠っている?)

そう思った瞬間、微かに体を動かしたのが伝わったのか、レオナードの金の瞳がふっと開かれた。

「……」

その瞳が、まっすぐエリアスを捉える。
次の瞬間、レオナードの腕が伸びてきた。

「っ――」

驚く間もなく、引き寄せられる。

(……!)

強い腕に抱きしめられた。
驚くほど力強く、まるで 二度と離さないと言わんばかりの 抱擁だった。

「……レ、レオ様……?」

戸惑いながら掠れがちな声で呼びかけると、レオナードの息が耳元にかかるほど近くで囁かれる。

「……ようやく、目を覚ましたか」

低く、しかしどこか安堵を滲ませた声だった。

「……すみません、心配をかけて……」

そう言いかけた瞬間、レオナードの腕がさらに強くなる。

「……お前が倒れた時、何を考えたかわかるか?」

低い声が震えるように響いた。
エリアスは、一瞬だけ言葉を失う。

「……そんなに心配してくれて……?」

そう尋ねると、レオナードは少し間を置いてから 「当然だ」 とだけ返す。
そして、ふと呟くように――

「……それに、お前とは"また会う"約束をしていたからな」

その言葉に、エリアスの鼓動が跳ねた。

("また会おう"……?)

夢の中のレオナードの言葉が、現実と重なる。

(まさか……あの時から……?)

頭がぼんやりして、まともに考えられない。
レオナードの手が、そっとエリアスの髪を撫でる。

「……もう、どこにも行かせない」

(温かい……レオ様……)

エリアスの意識が、じわじわと夢に引きずられていく。
まぶたが重い。頭がぼんやりする。

(ああ……もう少しだけ……)

温かい腕の中で眠りに落ちるのは、妙に心地よかった。
レオナードの体温が、どこか安心感を与えてくれる。

だが――

ふと、違和感があった。

視線。

レオナードの金の瞳が、先ほどまでとはまるで違う色を宿している。
まるで、何かを決定したかのような、迷いのない目だった。

(……何だ……?)

胸の奥に、わずかに冷たいものが広がる。それは少しの恐れだ。

「お前にはもう、無茶はさせない」

低く、静かに、しかしどこか決意を滲ませた声が落ちる。
エリアスの髪を撫でる指先は優しい。
だが、その声には、何か抗いようのない力があった。

「……レオ、様……?」

何かを言おうとする。
だが、言葉が出るよりも早く、睡魔がすべてを覆い尽くす。

(……何か、おかしい……気がする……)

けれど、もう、考えられない。
意識が深い闇へと落ちていく――。



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