王弟様の溺愛が重すぎるんですが、未来では捨てられるらしい

めがねあざらし

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── 静寂の中、ゆっくりと意識が浮上する。

薄く瞼を開けると、見慣れない天井が視界に映った。
細やかな装飾が施された天井、静かに揺れる暖かな灯り。

(……また、ここか)

目覚めるたびにこの部屋の存在を強く意識するようになった。
柔らかすぎる寝具、静かすぎる空間。
まるで外界から隔絶されたような、閉鎖された場所。

(……俺は、もう何日ここにいるんだ)

頭の奥が鈍く重い。まだ完全に回復したとは言えないが、最初の頃に比べればだいぶ楽になった。
エリアスはゆっくりと身を起こす。

その時、違和感が走った。

(……?)

妙に指が重い。
何かをつけている感覚。
寝ぼけた頭で、そっと左手を持ち上げる。

―― そこに、『それ』はあった。

(……は?)

指輪、だ。

銀と金が絡み合うように造られた、繊細で美しい指輪。
しかし、それが放つ意味は、あまりにも強烈だった。

(なんで、こんなものが俺の指に……?)

喉の奥がひりつく。

(……まさか……)

脳が必死に理解を拒む。
けれど、じわじわと現実が押し寄せてくる。
エリアスは震える手で指輪を外そうとする――が、指にぴったりと馴染んでいる。

(……外れない……!?)

嫌な汗が滲む。
いや、そんなはずは――。

「……目が覚めたか」

静かな声が響いた。

――レオナードだ。
振り向くと、彼が寝台の傍に立っていた。
軍服ではない。薄い夜着姿。

(……なんで……?)

妙な胸騒ぎを覚える。
レオナードは静かに近づいてくると、寝台の端に腰を下ろした。
そして、まっすぐにエリアスを見つめる。

「体調はどうだ」
「……っ」

声が、出ない。

それどころではない。
喉の奥が乾いて、うまく言葉を発せない。
レオナードの視線が、一瞬エリアスの左手へと落ちた。

(――っ!)

エリアスは、とっさに手を引っ込めようとする。
だが、それを許さないように、レオナードの手がそっとエリアスの指を包んだ。

「……隠すな」

金の瞳が、いつになく強く光る。

「レ、レオ様…… こ、これは……?」

震える声で尋ねる。
指輪のことを聞きたいのに、うまく言葉が出ない。
すると、レオナードは静かに口を開いた。

「……お前は、もう私の妻だ」

―― 時間が、止まった。

「…………は?」

何を言われたのか、すぐには理解できなかった。
頭が真っ白になる。

(妻……? 俺が……? いや、待て……そんなはず……)

エリアスは混乱したまま、指輪を見つめた。
しかし、レオナードは淡々と続ける。

「お前が眠っている間に、正式な手続きを済ませた」

(………………)

「セオドールに証人として立ち会わせ、王族の婚姻としての儀も執り行った」

(………………)

「よって、お前は 私の正妃となった」

(……………………は??????)

エリアスの脳が、完全に停止した。

(……え、ちょっ……正妃……? ……正式な婚姻???)

頭の中で何かが弾けたように混乱する。

(…………俺、寝てただけなんですけど???????????)

言葉が何も出てこない。
けれど、目の前のレオナードは、あまりにも当然のように告げる。

「これで、お前はもう王族だ。お前をここ置くことに、誰も口を出せなくなった」
「…………っ!!」

息が詰まる。

婚姻の儀。
それは王族に嫁ぐ者にとって絶対に逃れられない契約 だ。
王族の伴侶となった者は、国の存在として扱われる。

つまり――エリアスはもう、「フィンレイ家の人間ですらない」 のだ。

「…………嘘でしょう……」

かすれた声が漏れた。
だが、そんなエリアスを無視するように、レオナードは穏やかに微笑む。
そして、そっと指輪の上に口づけた。

「……これで、お前はどこにも行けない」

言葉の一つひとつが、絡みつく鎖のように重くのしかかる。

(……もう、逃げられない……?いや、逃げたいわけではなかった。捨てられたくない。そう思ってたからこそ、動いた)

けれど──手が震える。
思考が、まとまらない。

「……俺は……」

言葉を紡ごうとするが、喉が乾いて声にならない。
エリアスは思わず手を引っ込めて左手を握りしめた。

「っ……!」

だが―― 指輪が、まるで肌に馴染んだように、びくともしない。

(なぜ……? 普通の指輪なら、力を込めれば抜けるはずなのに……)

すると、レオナードが スッと手を伸ばし、エリアスの手をまた包み込んだ。

「――無駄だ、エリアス」

冷静な声が響く。

「それは、王族の婚姻の証。お前が 自ら私を拒絶しない限り 外れることはない」
「…………っ!!」

心臓がどきりと大きく鳴った。
「自ら拒絶しない限り」 という言葉がやけに引っかかった。
それはつまり――

(……俺が……「嫌だ」と思っていないということか?いや、「嫌だ」と言えばもしかすると……)

一瞬、その考えが脳裏をよぎる。
けれど―― それを口にした瞬間、レオナードがどう出るか わからない。

(……そんなこと……)

レオナードはエリアスの手を握ったまま、ゆっくりとその指輪をなぞる。

「……受け入れろ」

淡々とした声だった。

「お前はもう、私のものだ」

指輪の上に 静かに、口づけがもう一度落とされる。

「――っ!!」

ビクリと肩が跳ねる。
熱が、そこに落ちた気がした。
それは、まるで 逃げられないことを 身体ごと刻み込まれるような感覚 だった。

(…………こんなの、どうすれば……)

―― だが、次の瞬間。

「無理にとは言わない。お前が拒めば全て終わる」

レオナードの手が、エリアスの髪を撫でた。

「……」

ふっと、力が抜けるような優しさだった。
あまりにも 自然で、穏やかすぎる温もり 。

(ずるい……)

抗いがたいものが、そこにはあった。

「……ゆっくりでいい。お前が、受け入れるまで……私は待つ」

レオナードの言葉に、エリアスの呼吸が詰まる。

「……でも、ここからは出さない、ですか……」

辛うじて絞り出した声に、レオナードは くすりと笑う。

「当然だ」
「……」

(……どうする? 俺は、これから……)

考えがぐるぐると巡る。

だけど、もう――外の世界は、随分と遠く思えた。
そして、エリアスは 観念するように、ゆっくりと目を伏せた。




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