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第七話 竜と王女は金策します

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「――到着しました。こちらが商人ギルドで御座います」
「感謝する。御者の者よ、先に冒険者ギルドに場所を停めて馬を休ませておけ。我らは歩いて行く」
「……」
「――行くぞエスメ」
「ええ。……御者の方、ここまでありがとうございます。先に行って少し休んで居なさい」
「勿体なきお言葉、有難く……」

 我の言葉には返事をせずにエスメの言葉には返事をするのか。まあ仕方ない、いきなり現れた男など信用せぬが吉だ。御者の警戒は動物としては正しい。
 馬車から先に降りて、エスメの手を掴み彼女が馬車から降りるのを支える。

「ありがと……」
「……」

 ――これは良いものだ。

 ……さて、我々は手持ちの物を流通貨幣に替える為に商人ギルドに着いた。
 正にそれらしい大きな扉を押し開けて、中に入るとそこは一見銀行に見える構造をしていた。
 我はその中から『買い取り』と書かれた看板の窓口にエスメと共に向かってそこに座る受付嬢に話しかけた。

「買い取りを頼みたい。主に宝石と魔法金属も含む貴金属類だが」
「買い取りですね、畏まりました。現物はお持ちですか?」
「ああ、この机では狭すぎるのでこれはほんの一部だが……」

 我は収納空間から先ず宝石一掴みと魔法金属の塊を数個とり出した。
 それだけで机は一杯になってしまったが、これでも我が所蔵する物の十万分の一にも満たない。これより大きな宝石もあれば、これ以上純度の高い魔法金属も持っている。

「こ、これは……。こちらで少々お待ち頂けますか? これは流石に私の手には負えなくて……」
「構わない。適任の物を連れてくると良い」
「ありがとうございます、失礼しますっ!」

 受付嬢は焦りながらも丁寧な会釈をして建物の奥の方に引っ込んでいった。

「私が付けているこのアレキサンドライトもそうだったけれど、すごいわね」
「そうでもない。これより良いものはまだ沢山ある。我はそれよりもエスメが民に見向きもされないのに驚きだ。王女だろう?」
「今は結婚したから『元』王女だけれどね。――私、公式の場には出たことが無いから。顔を知っている人はほんの極一部なの」
「それは、お前が生贄だったからか?」
「分からない。けど、多分そうね。その分兄上や両親は可愛がってくれたわ」
「そうか」

 エスメの知られざる過去の一端を聞いたところで、先ほどの受付嬢が別の者を伴って戻ってきた。
 恐らく、ここの長だろう。ギルド全体が少し静かになった。

「お待たせしました! こちらが――」
「商人ギルドドラゴニア王都支部、マスターのキンバレーだ。よろしくな」
「よろしく頼む。それで、この机の上のだが……」
「買い取りは出来る。――が、少し時間が欲しい。ぱっと見だと貴族様の豪邸が建つぐらいにはなるか」
「そうか、ならば丁度だな。――ならばこれも追加で頼む」

 我は収納空間から一際大きくて透明な宝石を取り出して机に置いた。
 所謂ダイヤモンドだが、人間の拳大はあるものだ。
 受付嬢が腰を抜かしているが、まあそんなものだろう。

「ホント、何でも持っているのねアートルムは」
「――建つ豪邸が三棟になった。困ったな、各地のギルドにも応援を頼まないと買い取り切れん……。このギルド立ち上げ以来の大口契約になりそうだ」
「何時まで掛かる?」
「最優先で処理させてもらうのでそう掛からない筈だ。転移のスクロールも使えば……今日中には用立てられる。勿論、その分の手数料は貰うがね」
「スクロールがあるのか?」
「流石に転移魔法が使える者は居ないからな。緊急用で十束程揃えてある」
「ふむ。ならば――」

 我は再び収納空間を開いて羊皮紙の束を十五程取り出して更に机の上に乗せた。
 転がり落ちそうになったその束をキンバレーが押さえて、その中身に驚愕の表情を見せた。

「これは、転移のスクロールか!?」
「これはほんの贈り物だ。自由に使ってくれ」
「――ちょっと待て、ここで話をするのは少しマズイ。私の部屋に案内する」
「特別待遇はあまり好まないが……」
「アートルム……!」

 キンバレーとエスメが目と首で我に『周りを見ろ』と促す。確かに、ダイヤモンドの原石を出したあたりから視線がかなり集まっているな。

「……確かに、その提案には乗った方が良さそうだ」
「――中に。温かいお茶と安物だが菓子も用意する」
「有難く頂戴します。――ね、アートルムも」
「頂戴しよう」

 我とエスメは一度机の上に出したものを全て仕舞ってキンバレーについて行った。
 菓子か……。茶は何度も飲んだがそちらは初めてだな、楽しみだ。


 ♢


 案内された部屋は、先ほどキンバレーが言っていた通りギルドマスターの部屋だった。
 紙とインク、そして麦の香ばしい香りが部屋を包んでいる。
 ――この菓子、旨いぞ。茶はまあそこそこか。

「早速だが、さっきの物をもう一度見せてもらっても良いだろうか?」
「ああ、そうだったな。……これが先程出していたものだ」
「――確かに。金と宝石類は貴族たちが喜んで買い漁るだろうし、魔法金属は引く手数多だ。買い手が付くのは確実だが、こちらの手持ちではとても足りないほど膨大な額になる。――そこでさっき言っていた『他のギルドへの応援』だ。転移のスクロールを使って転移し、各地のギルドにて分割の買い取りを行うことになる。勿論私自らやらせて頂くことになるが」
「早くに買い取ってもらえるのならばその手法に口を出すつもりは無い。手数料も三割を超えなければ自由に取ってくれて構わん」
「――流石は商人ギルド始まって以来の大口顧客か。その懐の深さには敬意を表する」

 何もない荒野にかつて見送った者達を待たせたままにはしておけないからな。
 それだけ拠点の確保は急務なのだ。

「それに見合う働きを要求する為の前払いでもある。このスクロールもな」
「そういう事ならば、早速取り掛からせてもらおう。――と、その前に」
「何だ?」
「これほどの財宝を持つ御方の名前は知っておいた方が良いからな。これからも良好な関係を維持する最初の一歩として、な」
「我はアートルム・モルガン。原初の竜の一柱にして、新たにアルビオン領の自治を命じられた辺境伯だ。そして――」
「私はドラゴニア聖王国元王女、エスメ・ゼイン・ビアトリクス。アートルムの……妻、です」

 我が名乗った後にエスメも少し恥じらいながら続く。良いぞ……。
 今までそれなりに貫禄ある態度を取っていたキンバレーも流石に驚いたらしく、口を大きく開けたまま暫く固まった。

「――原初の竜? あの伝説の? それにエスメ王女まで……?」

 我は右手だけ本来の姿に戻し、その中の爪の一本だけキンバレーの肩に置いた。
 名乗った以上、それが真実であると証明する努力は怠ってはならないからな。

「そういう事だ。真実かどうか、気になるのなら王室に伺いを立てると良い。因みに、全て数千年前の宝石、金属類だ。頼んだぞ」
「よろしくお願いしますね」
「――――承知した……。このキンバレー、我が名に懸けて必ず良い報告を届けよう」
「頼もしい言葉だ。何かあればお前に事を頼もう。では、我々は失礼する。この菓子、何枚か貰って行くぞ」
「ごきげんよう、キンバレー」
「あ、ああ……」

 キンバレーを背に、我々は商人ギルドから去った。
 陽が落ちた頃、また来るとするか。

「エスメ、この菓子何という?」
「ショートブレッドね。アートルムそれ気に入ったの?」
「これは良いものだ。毎日食べたいな」

 我は口にそのショートブレッドなるものを放り込みながら話すと、エスメは困ったような笑顔で返した。
 その間も、我はショートブレッドを食べ続けた。いや、本当に旨いぞこれは。

「そう。お金も目処がついたしたんまりと買えば良いわ。……それよりも、さっきのあれ殆ど脅しに聞こえたわよ?」
「そうだったか? そうは思わないが」
「いや、あの爪出したらもう駄目でしょ! キンバレーは一瞬死を覚悟したと思うわ……」
「それは申し訳ない事をしたな。……うーむ、もう少し穏便な方法で正体を明かせぬものだろうか」
「明かさなくて良いでしょ……。あんたはアルビオン領の新しい領主アートルム・モルガンそれで充分よ。キンバレーには口止めをしておかないと。ホント、窓口でやらないだけよかったわ……。私、戻って話してくるわ」
「我のせいで、済まないな」

 返事が無くて、振り返った時にはエスメはもう城下の雑踏に紛れて見えなかった。
 厳密に言えば、場所は捕捉している訳だが。
 エスメと出会ってから別行動になるのはこれが初めてか……。
 寂しいものだな。
 
「ふむ、エスメも居ないのに一人で冒険者ギルドに行っても意味が無いな……」

 我はエスメが話し終えて戻って来るまで、暫く待って居る事にした。
 ――と思っていたのだが、覚えのある気配を感じ取り冒険者ギルドの脇に逸れた細道に入る。
 あっちも我の存在には気付いているな。

「――アートルム様」

 声を掛けたのは向こうの方からだった。
 名はソフィア・ボールドウィンと言い、元ドラゴニア聖王国の貴族の生まれだった筈だ。
 手紙を送った者の中で一二を争う強さで、百年も前の人間であるのにアーカーシャ山を降りた時と見た目をしている。いや、以前よりも凛々しさが増したか。
 ――相変わらず美しいな、と言うのは口に出せばエスメに怒られてしまうので言わないが、時と状況が違えば今商人ギルドに向かっていたのはもしかしたら……。
 いや、無いな。エスメが我の妻とならない事態は想像できない。
 詮無き妄想だ。

「久しいな、ソフィア。手紙を読んだのか?」
「はい。丁度この国のギルドに用事が御座いましたので、転移魔法でこちらまで」
「そうか」
「――現在、アルビオン領にて五人が貴方様の到着を待っております。お連れしましょうか?」
「良い、連れが居るからな」
「承知いたしましたアートルム様」
「――それにしてももう着いたのか。……他の者は?」
「既に死んだ者と訳あって参上できない者が居るようです。これ以上は来ないでしょう」
「分かった。然るのちに合流するのでソフィアは先に行って屋敷を構えるのに相応しい場所を探していてくれ」
「承知いたしました。――私の名を覚えていて下さり誠に有難う御座います」

 ソフィアは幻のように消えていなくなった。
 旧友とも呼べる者と会えたのは僥倖。
 ――さあ、エスメが戻る前にわかりやすい場所にて待つか。
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