私に瑠李くんは足りてない

狐火

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私に彼は足りてない

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「恋愛…」

静かすぎる図書室。

私より少し背の高い本棚が布越しに夕日に照らされていた。

永遠と頭を周り、原型が分からなくなる言葉。


今日、私は瑠李るりくんに大きな感情を抱いた。

それは考えるだけで幸せになれてしまうようなそんな感情。


私と瑠李くんは付き合っている。

付き合い始めたのは4年前。

小学6年の春だった。

そっと目をつぶって忘れられないあの日を思い出す。

友達に背中を押され、短く感じた校舎裏への道。

目の前で待っていたのは一目惚れした瑠李くん。

小さな声で泣きそうになりながら口を開いたあの瞬間。

たちばな君……あの……私と……付き合ってください。」

次の瞬間頭に痛みが走ったのは鮮明に覚えている。

顔を真っ赤にした瑠李くんが私を殴ったのだった。

「バカじゃねぇの?……俺、お前のこと好きじゃねぇけど、嫌いでもねぇし。付き合ってやってもいいぜ……」

何故殴られたのか分からなくて泣き出しちゃってそれを見て慌てた瑠李くんが

「泣くなよ。俺が付き合ってやるって言ってんだからよ!」

そう言ってガシガシと頭を撫でられたんだったな。


チャイムが鳴り響いた。

勉強をしていた人が居たのか足音が響く。

私も帰らないとな。

辞典を棚に戻して図書室を出る。

結局思い出浸ってこの感情について何も分かんなかったな。

瑠李くんに抱きしめられた瞬間浮かんだ感情。


私は瑠李くんを食べたい。

別に生のお肉が好きとか殺してしまいたいとかそういう意味では無い。

ただ純粋に口に含んでハムハムしたい。
 
そう思ったのだ。


次の日私は早めに登校した。

友達に相談したいからだ。

スマホを預けられていないので家電で相談したりするとつい長電になってしまう。

そして怒られるオチまでが見えていたから電話をかけられなかった。

教室に入ると私の隣の席にもう座っていた。

美奈みなちゃぁん!!おはよう聞いてよぉー」

「えー、彼氏くんと喧嘩でもしたの?」

哀れみの籠った目を向けられる。

「違うの!瑠李くん優しいし……」

「はぁ何?惚気は結構だよ?」

軽く耳を塞いで笑っている。

「それがさぁ、瑠李くんにとある感情を持ってしまって」

「え?なになに?殺意?」

「それがねぇ……食べたいなぁって」

顔を真っ青にした美奈。

教室の賑やかさに溶かされる。

「え、カニバリ?厨二病今頃?」  

「違うくて、その抱きしめられた時とかその目の前の瑠李くんがねえ」

頭に浮かんだ瞬間歯がむず痒い気がした。

「へぇ…………美沙みさ。とりあえず精神科行ってみたら?」

「え?」

「冗談冗談。本人に言ってみれば?」

気持ち悪いって言われたらどうしよう。

それが頭に浮かんだ。

「彼のこと大好きなんでしょ?」

迷いに引かれ声が上手く出ずこくりと頷く。

「誰より信用してるんでょ?」

確かに、信用しているなら基本なんでも言えないと……


いつの間にか来ていた担任によってHRが始まった。

どうやって伝えるべきだろうか。

嫌な気持ちにさせないだろうか。

「……沙」

「……美沙……美沙!!」

呼ばれた私の名前に目を見開く。

目の前には暗く青い髪の毛。 

ぶつかりそうなくらい近くにある鼻。

瑠李くん?

あれ、でも今って2時間目じゃ……

カチカチと走る時計を見ると信じられないことにもうお昼だった。

「置いてくぞ?」

早足で廊下を出て行ってしまった瑠李くん。

自分の弁当を持って急いで跡をおった。

今日は階段か。
 
鍵のしまった屋上へと続く階段を上る瑠李くん。

いきなり立ち止まった瑠李くんの隣に座る。


「今日もコンビニ?」

 私が広げたお弁当のオカズをつまんだ瑠李くん。

「いくら早く起きても弁当作る時間ねぇからな」

「そっか。あっ今日果物もあるけど食べる?」

「ぶとうとキュウイ以外だったら食ってやる」

「瑠李くんの、大好きなリンゴだよ」

「別に好きじゃねぇよ!美沙」
 
「んふふ。そうだったね」

クラスが別になってしまったせいか話すことがあまりなくしんとしてしまった。

昼時だからか廊下に足音もしない。

お弁当を空にして片付け終わると瑠李くんが階段に座り直した。


これは、おいでの合図だ。

瑠李くんの膝の上に座るとぎゅと抱きしめられる。

今がチャンスなのでは。

また、瑠李くんを食べたいと思った。

別れなきゃ行けなくなるかも……。

でも、言えないのも辛いな。

そっと瑠李くんの制服の袖を引く。  

「ん?どうしたんだ?」

「あのね瑠李くん……私……瑠李くんのこと……食べたいな」

瑠李くんが顔を真っ赤にした。

「ハッハァ?食う?え?お前が?俺を?え?あっ、今昼だぞ?」

いきなり立ち上がった瑠李くん。

焦ってる……やっぱり……嫌われちゃうかな

「その……ハムハムくらいでいいから……」

スンッと真顔になった瑠李くん。

「……ハムハム?え?物理的にって事か?」

他に何があるのか分からず頷くとため息をつかれた。

「ごめんね、嫌だよね。気持ち悪よね……ごめん」

静かにお弁当のからを拾って階段をかけ降りようとした。

その時瑠李くんに腕を掴まれていた。

「あのさ……俺別にお前の事嫌でも気持ち悪くもねぇよ。勝手に傷つくなよ」

瑠李くんの腕はどこか震えていた。

「こっち向けよ、バカ」

腕を引かれて抱きしめられる。

「そんな簡単に嫌いになれんなら4年も付き合わねぇよ。あほ」

「え……」

頬を包まれたかと思ったら口に人差し指を入れられた。

どこか甘い気がしたその指を優しく噛む。

安心感というか幸福感というか何とも言えない気持ちになる。

「おい、うめえのか?」

口から指を引き抜かれる。

「うーん。味と言うよりはなんか幸せな気持ちなる……」

「ふーん。そうなのか」


チャイムがなった。

ちゅっと頬にキスをされる。

「じゃ授業遅れんなよ?」

階段をかけ降りて行った瑠李くん。

へなへなと力が抜けて座り込む。

顔に熱が集まる。

はぁ。瑠李くんはかっこいいな……。

階段を降りる瑠李くんの、耳が真っ赤だったのを思い出しながら教室へ急いだ。

何とか授業に間に合った。


先生は準備でまだ来ていないらしい。

「美沙。どうだった?」

「ん?あっ、えっとなんか受け入れられたみたい……?」

「は?まじ?」

「うん。」

「ありえない……」

「美奈……?」

「あっごめん。気にしないで」


授業が終わり放課後になると瑠李くんが教室に迎えに来てくれた。

「お前がどうして持ってんなら帰ってやるぞ」

「帰ろっか瑠李くん。迎えに来てくれてありがとう」

鞄を持って隣に立つ。

「おう。別に当たり前の……ことだ……」

顔を真っ赤にしながらここまでしてくれる瑠李くんはやっぱりかっこいいな。

瑠李くんの家と家との分かれ道までと思って歩いているといきなり背中を押された。


躓いてそのまま狭い路地に入った。

振り返ると瑠李くんが私を見つめていた。

「なぁ、食べるか?どうして持ってんならいいぞ」

「え?……いいの?」

きらりと目を輝かせた瑠李くん。

ぎゅと強く抱きしめられる。そっと二の腕に噛み付く。

「吸血鬼みたいだな」

ヘラりと笑った瑠李くん。


「やべぇ我慢効かねぇ」

そっと抱きしめられて口に指を突っ込まれる。

口が痛い。

静かすぎる瑠李くん。

私を見つめる目つきはまるで蛇みたいに鋭かった。

いつもの優しくてかっこいい瑠李くんには見えなかった。

怖い。

誰か知らない人みたいだ。

反射的に手を振りほどいた。

悲しそうな顔をした瑠李くん。

振りほどいてしまったせいか後戻り出来ない気がして家へと走った。

私を受け入れてくれた瑠李くん。

本当に申し訳ないと思った。

でも、別人みたいで怖かった。

どうするべきか考えた。

そっとベットに飛び込む。

1年分の勇気を使い果たしたようなそんな感じで目をつぶる。

眠い。

暗い夢に落ちる。


次の日朝起きると目の前にお母さんがいた。

いつもは起こしに来てくれないはずなのに。

そう思いながら起き上がろうとしたら目の前がふらりと揺れた。

「美沙。寝てなさい。あんた熱あんのよ?」

「え、?」

びっくりして理解出来ないままベットに戻されると体温計を渡された。

「ほら早く測って」

電源を入れて脇に挟む。

しばらくして頭に響く音を上げた。

確認すると38°2……そんな高くないな。

「何度だったのー?」

「えっとねぇ82だったから学校行って来るね?」

部屋の外から大きな足音がした。

お母さんが入ってきた。

「あんたそれほんとに言ってる?82は高熱。38°ある時点で熱あんだから学校休みよ」

それだと瑠李くんのせいで休んだみたいになっちゃう。

何がなんでも謝らなきゃ……

「もう休みの連絡入れたからね。大人しく寝てなさいよ?」

部屋の鍵を外から締められる。

そこまでしなくても……。

ごめん。瑠李くん。

心の中でそう唱えながら目を閉じる。

体温が高いせいかすごく眠たい。


「美沙!美沙!」

「何……お母さん……」

おもたいた瞼を持ち上げる。

「橘 瑠李君って子がお見舞いに来てるわよ?」

「瑠李くん?……今行く」

部屋を出てゆっくり階段を降りるとリビングに瑠李くんが座っていた。

「ごめんね瑠李くん……」  

「いや、俺こそ悪かった。」

お母さんが空気を読んだかのように部屋を出て行った。

ぎゅと瑠李くんを抱きしめる。

「瑠李くんが嫌いとかじゃなくて反射的な行動で……」

「嗚呼分かってるよ。悪かったな。」

口に指を突っ込ままれる。

ハムハムと噛んでいるとどこか安心してきた。

瑠李くんの目の前に出されたお茶は明らかに常温になっていた。

「じゃ、俺そろそろ戻らねぇと部活があるんだ。」

「そう、ごめんね」

瑠李くんが離れて歩き出した瞬間。

恐怖に包まれた。

何故か行って欲しくない。

何か言える立場では無い。

熱のせいか気づいたら瑠李くんの制服の裾を掴んでいた。

「どうしたんだよ?」

「あの……その……瑠李くん……。」

「……ごめん。一人じゃ寂しい……」

言ってしまった感のある言葉。

「ごめん、迷惑だよね」

「いや?」 

抱き上げられる。

近すぎるほどの顔。

部屋までゆっくりと抱っこされたまま運ばれた。

寝かせてくれたと思ったらそっと手を繋がれた。

「寝るまでいてやるよ。お前が寂しいって言ったからだからな!」

安心出来て目をつぶる。


次目を覚ました時目の前には瑠李くんが眠っていた。

「え」

と言っても明らかに看病中に寝ましたという感じだった。

そっと瑠李くんの、頭を撫でる。

「ありがとう。小さくそう呟いた。」

カーテンの隙間から光が漏れていた。

「え?朝?」

やばいと思って起き上がる。

体が軽い。

もう治ったようだ。

「瑠李くん!瑠李くん!」

そっと背中をさするとムクっと目を覚ました瑠李くん。

ちゅっとおでこにキスをされた。

「おはよう美沙。」

「おはよう瑠李くん。ところで今朝だけど親御さんに連絡したの?」

「いや?」

「え?探してたりしないの?」

驚いて聞くと目をそらされた。

「いや、俺の親忙しいからな。忘れてるんじゃないか?」

「え?そんなことって……」

「あるある。よくある事だ。さっ、学校行くぞ」

ぎゅと抱きしめられる。

「……うん。」

2人でご飯を食べたあと学校へ向かった。

下駄箱には手紙が入っていた。

隣の瑠李くんは笑った。

「貸してみろよ……」

取られた。

人通り読んだらしい瑠李くんは返してくれた。

「キッパリ断って来いよ!」

瑠李くんは教室へと走って行った。紙を読むと校舎裏に行くといいらしい。

顔が熱を持つのがわかる。瑠李くんは私が断るって信用してくれたんだ……

嬉しい。


放課後になり校舎裏へ向かった。

しばらくするとそこには美奈が来た。

「あっ、美沙じゃん」

手を掴まれた。いつもとは比べ物にならないほど強い力で。

「えっ美奈?」

「あのさ、瑠李君がお前のために後悔したり悩んだりすんのは違うくない?
  あとキモイんだよね食べたいとか。厨二病かよって。私さ瑠李君のこと好きなんだよねぇ。分かる?告白する前から振られた人間の気持ち。そうだよね。何も努力しないで好かれてる美沙には分かんないよね。」

美奈……なの?

そんなふうに思ってたなんて……

やっぱり私じゃつり合わないよね。

パシツ

乾いた音が響いた。

熱を持った頬。

目の前で震えている美奈。

「あっ、瑠李君!」

美奈が私の背後に手を振っている。振り向けない。

今の私は振り向く勇気もない。

背後からよって来る足音。

反対に歩き出す。

そのまま瑠李くんと会うのが気まづくて走って帰った。

どうしたら良かったんだろう。

友達だと思ってたのに……。

明日学校に行きたくないな。

受験の年じゃ無ければな。そう思いながら行くことを決意した。


次の日、学校に出席すると隣の席の美奈は座っていなかった。

鞄とかはあるからほかのクラスにいるのだろう。

疲れた体。

HRが始まるギリギリに美奈が戻ってきていた。


昼になると瑠李くんが迎えに来てくれた。

申し訳なくなりついて行く。

お弁当を静かに食べる。

いつもみたいに分け合ったりせず。

黙々と食べ無くなると瑠李くんが口を開いた。

「なぁ、美沙。美奈と何かあったのか?」

そのまま言うのは違う気がした。

「いえ?特にないです」

少し瑠李くんの顔がくらい気がした。

「じゃじゃあ俺の事食べる?」

「いや?大丈夫だよ」

何か焦っている瑠李くん。

チャイムがなったので急いで教室に戻る。

結局何だったのだろうか。

せっかく学校に来たのに授業が頭に入って来ない。


あっという間の下校時間。

迎えに来てくれた瑠李くん。

……瑠李くんに迷惑はかけられない。

もう、私の気持ち悪いことを押し付ける訳にも行かない。

「おい、大丈夫か?」

「うん。ごめん今日一人で帰るね」

申し訳なさを感じながら瑠李くんを避けて教室を出る。

食べたいなんて思わない。

心の中でそう決心する。

瑠李くんに気を使わせてしまったのかあれから2週間まともに話せていない。

久しぶりに話したりせず長期間いたからか食べたいとは思わなくなった。

これで瑠李くんに迷惑はかけないだろう。

気持ち悪くないだろう。

気持ちに整理が着いた。

今日は私が瑠李くんの迎えに行こう。

西日の当たる廊下を走る。

肩に揺れる鞄。

「瑠李くん!」

2週間ぶりだからだろうか。

周りにいる人を理解はしていたのに大声で呼んでしまった。

視線が痛い中瑠李くんに小さく声を出す。

「帰ろ」

そっと手を引く。

黙ったまま着いてきてくれた瑠李くん。

紫の影が歩く。

足とたまに通る車だけが響いた。

だが静かな帰り道もすぐ終わってしまった。

視界に雫が光る。

「なぁ、今日家に来ねえ?どうせ、親いねぇし。俺の家すぐそこだし……」

じっと見つめたまま吐き出された言葉に目を見開く。

「また風邪引いたら困るからな。嫌ならいんだぜ?」

この前のことが頭に浮かんで恐怖感が舞う。

「安心しろ、何も取って食ったりしねぇよ」

ぶわっと顔に熱が篭った。

目がしゅぱしゅぱする。

雫に包まれながらゆっくり歩く瑠李くん。

「うん。」

「そうと決まれば走るぞ?」

手を掴まれてそのまま瑠李くんの家へと向かう。

久しぶりに来た瑠李くんの家。

聞いたことのある礼儀を探しながら靴を脱ぐ。

「何緊張してんだよ」

ガチャン

静かすぎる家に鍵の音が響いた。

電気をつけても薄暗い部屋。

「美沙」

視界が傾き、瑠李くんに埋められる。

「え、瑠李くん?」

鈍い背中の痛みと冷たさに落としたをされたことを自覚する。

「ねぇ、どうしたの?」

ぎゅと強く抱きしめられた。

いつかのような恐怖感は何故かなかった。

「美沙……いいか?」

良いかとは何に対してのことなのだろう。

カチカチと時計が鳴り響く。

時計の音なんてさっきまでしていただろうか。

「食うからな」

その言葉と同時に肩に張り裂ける痛みが走った。

「痛いツ。痛いよ瑠李くん」

自然と涙があふれる。

瑠李くんに顔を固定されていて見えないがきっと血が出ているだろう。

暴れてみるが全然動かない。

「なあ、愛してる」

痛い痛い痛い痛い痛い痛い

「おい、美沙は?俺の事」

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

「愛してるんだよなぁ?好きだから告白してくれたんだろ?」

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い苦しい

熱い熱い

「おい、好きじゃないのか?愛してないのか?」

焼けるように痛い。

鼻を刺す鉄パイプのような匂い。

金属が当たったように冷たい。

「なあ、なんか言えよ。信じてたのに」

ぐちゃぐちゃとした音。

何かをすするような音。

ただそれだけが耳に残る。

「やっぱりやっぱり俺の事避けてたのもそういう事なんだな?」

ぽたぽたと瑠李くんから雫が落ちているのが見えた。

それが透明か赤黒いなのか判断出来ない。

視界が歪んでいる中、霧のようなものがかかって来た。

甲高い音が耳に響き続ける。

それは汚くてガラガラした音だった。

次第に瑠李くんは霧に包まれてしまった。

もう甲高い音は聞こえなくなっていた。






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