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非リア充系学生達はどうすりゃいいですか?

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 黒い空、冷たい雨。今日は五月十一日。天気は雨。予報では帰るまでには止むということだったが。
「それではこれより、第四十二回玉津文化祭の出し物についての話し合いを始めます」
 玉津文化祭。玉津中学・高校が六月に行う、三大行事の内の一つだ。同じく三大行事の体育祭、芸術祭に並んで大きな盛り上がりを見せる。
「体育大会、な」
 お前は面倒くさい体育教師か。
「中学あるある。体育会なので遊ぶな、授業の一環だと言われる」 
 学校によるだろ。確かにそんなことを言われた記憶があるが。
「なにか意見がある人は……。はい、楓さん」
 自信満々で手を上げた楓。絶対ろくなことじゃないだろうけど、一応聞いておこう。
「一年生は制作なので」
 そうだったな。一年生は飾り付けなどの制作、二年生は劇などの演し物、三年生は出店だったな。
「錦繍山太陽宮殿などを作ればいいと思います」
 よりにもよって何故それをチョイスしたのか。同じ宮殿なら他にもあっただろ。
「タージ・マハルとかな」
「あれは墓」
 太陽宮殿も墓だけど。
「はい、ほかに意見がある人はいませんか」
 静寂、この場を包む。誰も手を上げたり、意見しようというものはいない。いいのか、このままでは本当にせっせこ墓を作る羽目になるぞ。
「嘆きの壁とかどうよ」
「最近敏感だからちょっと」
 嘆きの壁なんか作ったところで、喜ぶのは世界人口の何パーセントなのだろうか。
「お前もなにかアイデアを発してみろよ」
 いいよ、僕がなにかいいアイデアを思いつくとは到底思えないし。
「やっぱりね、挑戦するべきだよ何事にも」
 お前の場合は間違った方向に挑戦しようとするからたちが悪い。
「やらなきゃ意味ないよ」
 悪質タックルなんてしないからな。
 しかし何かを作るということが決定しているだけで、具体的な内容がキマっていないのは事実だ。このままでは我が一年二組だけが何も作らない反抗者だとみなされて、最悪担任もろとも粛清されてしまうかもしれない。
「別にいいでしょ担任くらい」
 人の心とかないんか?
教育委員会ワシらは足りなくなったら足すだけやから」
 汚い大人やで、ホンマ。
「はい」
 静寂を打ち破るように手を挙げたのは、唯一の良心近衛さんである。
「大きな布や、キャンバスのようなものに絵を描くというのはどうでしょうか?」
 お、良さげなアイデアだ。少なくとも墓を作るよりはよほどマシだと言える。
「こういう感じのを描きたいよね」
 ノートにシャーペンで下描きのようなものを描いていた楓。どうせ鎚と鎌と筆みたいな、どこかで見たことあるようなものに決まっている。
「これね、竜と獅子が戦っているようなやつ。どっちかというと体育祭向きだけど」
 意外、そこにあったのは普通の絵だ。バランスや迫真の表情によって、すぐ目の前で起きていることのように惹きつけられる。この絵の素晴らしさを語りつくすには、今の僕の語彙と芸術の知識では足りないだろう。
「もったいないよな、黙ってりゃ可愛くて絵も歌も上手いに美少女高校生なのに」
 それは全く同意だ。黙っていれば本当にモテモテだろうに。
「やだよ、なんで私が配慮しなきゃいけないのさ。そっちがこっちに合わせればいいだけの話でしょう」
 典型的な友だちができないタイプだ。
「誰が三十代になって、ガ○ちゃんで男叩きしてそうな性格だって?」
「誰もいってねえよ」
 自覚があるなら改めて欲しいものだ。でも楓のことだし、そっちが改めろとかいうんだろうな。
「よくわかってるね」
 お前が黙っていればいいだけの話なんだがな。
 絵を描く、といったはいいもののなにを描く気なのだろう。よしんば決まったとしても、僕には絵心なんてものはてんでないし、一体どうしたらいいのだろうか。
「描け。描かなきゃうまくならないぞ」
 それはもっともな意見である。だがお前に言われるとなんだか悔しい。
「じゃあ何で描くか決めなきゃね」
 そうか、絵の具で描くのか油性マーカーペンなんか使ったりするのか。絵の具でも種類とかあるんだっけ。
「まだ絵になるって決まったわけじゃないけどな」
 だがクラス内にはもう絵でいいんじゃないか、という空気が漂っている。これを否定して、かつアイデアを出すのはみんな面倒くさいんだろう。
「こういうのはどうかな」 
 そういってノートに描かれたものは、北海道と愉快な四島、そしてその四島は赤い丸で覆われていた。
「あのさ」
「あ、全島返還論者?そっか、今は解放同盟と仲悪いんだよね」
 まるでかつては仲が良かったみたいな言い草をやめろ。
「わかったよ。これでいいんでしょ」
 次に描かれたのは、王宮のような場所で血しぶきが飛び散っている痛々しい絵であった。
「なにこれ」
「ネパール王族殺害事件」
「なんだそれ?」
 白石が全く知らん、という顔をする。
「皇太子が何を思ったのか銃ぶっ放して家族みんな殺しちゃった事件」
「ちなみに暴走した犯人は泣きながら最終的に自害したよ」
 皇太子かどうかは諸説あるけどな。
「内ゲバ、ってことか」
 まあそうとらえることもできるのかな。
「あ、あと玉津祭のスローガンを募集していますので、意見がある人はこの箱に入れてください」
 司会をしていた総務委員がそういって、この話し合いは終わった。
「スローガンか、それもいいね」
 やめろ、お前がアイデアを出すとろくなことにならん。
「全校の生徒よ、団結せよ」
 ほら始まった。どうせお前は働かないんだろう。
「文化祭とはすなわち、学校首脳部との闘争である」
 クルプスカヤさん、自重してください。
「駆除内職・恢復玉津・文武両道・平均点超」
 自称進学校の鑑みたいなスローガンはやめろ。そして最後のはお前の願望じゃないか。
「やってらんねえよな」
「俺たち日陰者がどんなに頑張ったところで、な」
 楓と白石のおふざけにため息を付いたとき、そんな言葉が聞こえた、
「……全員がリア充になれるわけじゃないからな」
「どしたの?実は兄弟姉妹と血が繋がっていなった?」
「いや、ただ牛乳を出しっぱなしにしていたことを思い出しただけ」
「涙拭けよ」
「下手な怪談くらいの恐怖だね」
 そんなに慰められることも出ない気がする。
「ま、私に任せてよ。あっといわせる絵を描いてくるからさ」
「絶対に政治、宗教色のないものにしろよ」
「野球は?」
「それもだめ」
 野球、政治、宗教なんて人間関係リセットの三種の神器じゃないか。千古よりの旧友だとしても一瞬で関係が終わってしまう。
「もし公○党で意見一致したら?」
「縁切りしろ」
 碌でもないやつじゃないか。
「さて、絵は任せてもらうとしてスローガンも決めないとね」
 さっきから碌でもないものばっかり出ているからな。主にお前のせいで。
「籐華が悪いんだよ」
 確かに危機管理できていなかった僕が悪いのかもしれない。
「危機管理庁?」
「行政機関で一番影が薄いとかいうな」
「お前しかいってないぞ」
 嘘つけ、ここに書くまで読者全員が忘れたゾ。
「さて、スローガンだったけ」
 そうだそうだ。何がどうして危機管理庁なんて出てきた。
「内閣感染症危機管理統括庁だ二度と間違えるな」
 いいよ、別に誰も覚えていないし。
「ハッシュタグ、お前がもう忘れたもの。ま、いいスローガンがないか考えてみようや」
「四字熟語とかにしたいよね」
 確かにスローガンといえば、四字熟語というイメージが有る。
「不撓不屈とか」
 どんな困難にも挫けないという意味か。どちらかというと体育祭なんかで使いたいな。
「体育大会、な」
 だからお前は面倒くさい教師か。
「ならやっぱり文章にしようか」
 なんでもいいよもう。そもそも、僕は学校行事にあまり関心がないのだ。
「愛と浪漫の玉津祭~甘酸っぱい高校生の色恋青春~」
「いつから考えていた?」
「一週間前」
 楓が自身満々にいった。本当にどうしようもない。
「まあまあ、もう一つあるんだよ」
「どんなやつだ」
「創造と破壊~万物は無に帰す~」
 宗教チックになってきたな。あるいは芸術家か。
「おおかた適当に生徒会が決めるさ。特にこちらからどうにかする必要はない」
 全くその通り。白石もたまにはいいことを言うではないか。どうせ誰かがやるんだから、任せておけばいい話だ。
「誰かに依存しきった関係では、永遠に革命を遂行することは出来ない」
 しなくていいよ。どうせ革命したって中絶を禁止したり、適当に石油を売りまくったりして最後は処刑されるんだから。
「ギロチンの刃を首元にシュー!」
 なんでこいつはこんなにも嬉しそうなんだ。

 夜十一時、自宅。じめっとした空気のせいか、寝付きが悪い。一度リビングに降りて麦茶でも飲むことにしよう。
「あ、お兄ちゃんじゃん」
 部屋を出たとき、妹のあおいと出くわした。兄貴の部屋からは兄貴しか出てこないだろう。
「お前も寝れないのか」
 こくん、と頷く葵。
「早く寝ないとお肌に悪いぞ」
「正味誤差でしょ大丈夫~」
 年頃の女の子は肌や髪に気を遣うと言うけれど、実は案外適当だったりするものなのか?
「あーあ、なんで梅雨なんてあるのかな」
「気団がぶつかっているから」
 たしかそんな感じの理由だったと思う。そろそろ葵も習うんじゃないだろうか。
「そうかー……。あ、そうだ。お兄ちゃんもうすぐ文化祭なんだよね?行ってもいい?」
「別に来たければ好きに来ればいいが」
 そんなに来たいか?来ても別に楽しいとは思わないけれど。
「オープンスクールの代わりに、ね」
 なるほどな。そういうところでは葵は存外賢い。確かに文化祭なら普段の生徒の姿……といっても思い出すのは楓とその妹興香の奇行ばかりなのだが。
 そんな生活の中でも楓が楽しんでいるのを思い出して、僕もあれくらい気楽に生きていればリア充と呼べるのかな、と思ったりもした。
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