引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る

Greis

文字の大きさ
150 / 252
第7章

第191話

しおりを挟む
 ウィン騎士長の身体は急速に変質していき、ビキビキ、メキメキと音を周囲に響かせながら、大きく、厚くなっていく。それに伴って、上半身・下半身問わず、身に纏っていたプレートアーマー全てが、もの凄い勢いで、四方八方に吹き飛んでいく。さらに、プレートアーマーの下に着込んでいた衣類の全てが破れ、散っていく。
 身体が一回り大きくなり、筋肉の鎧が厚みを増した後に、獣の因子の完全解放によって、首周り・腕周り・脚周りに現れていた黒い体毛が、一気に全身に広がっていく。それと同時に、胸の中心から真っ赤な体毛が現れ、十字の形をとる。
 そして、完全に体毛が全身に広がりきると、頭部が完全に犬の頭部に変わり、手足の爪が伸びていき、その姿を、人から獣へと変貌させた。
 ウィン騎士長の変質した姿は、この大陸や、この国にも伝わる御伽噺に登場する、かつて大罪を犯し、神々の怒りを買い、呪いによって姿を変えられた、怪物である人狼ライカンスロープの様だ。

「この力‼この身体‼これこそ伝説の魔獣、ガルムの力だ‼」(ウィン)

 魔獣ガルム。この世界における、犬系統の魔獣の中でも、上位クラスに相当する魔獣の一匹。冒険者ギルドや、各国の首脳部が、最低でもAランク、特殊個体にもなればSランクと判断される程の、災害クラスの魔獣。個体数は少ないが、その代わりに、一匹一匹の基礎能力が生まれながらに高く、身体性能・魔力共に高水準であり、風属性と闇属性の魔術を得意としている。

「この力を、お前で試してやる。光栄に思え。伝説の魔獣の力を、その身に刻めるのだから‼」(ウィン)
「………国を裏切り、その上、人の身まで捨てたか」
「人の身を捨てるに値する力だ‼このような事も出来る程に、―――――人という存在を凌駕するのだ‼」(ウィン)

 手に持っていた、子供の玩具おもちゃの様になっていたロングソードに、漆黒の禍々しい魔力を籠めて、染み込ませていく。すると、柄から鍔、そのまま剣身から切先に向かって、籠めた魔力と同じ様に、漆黒に染まっていく。そして、全てが漆黒に染まり切ると、禍々しい魔力が漆黒のロングソードを包み込み、変質したウィン騎士長の巨体と合う大きさに、変化していく。
 ウィン騎士長が、禍々しい魔力に包み込まれたままのロングソードを、軽く血払いする様に横に振るう。すると、一般的な外見だったはずのものが、禍々しい魔力に影響されたのか、外見も同じ様に、禍々しいものに変わっていた。

〈あれが、ウィン騎士長が誇らしげに言う、人を凌駕した存在の力の効果、という事ですか。変化したのは、色と外見だけではないはず。特殊な能力を備えていると、考えておいた方がいいでしょうね〉

 両手に、再びショートソードの形状の、二振りの魔力剣を生み出す。何にしても、試してみない事には、相手の能力も、弱点も割り出せない。高純度の雷属性の魔力を練り上げ、循環させて、圧縮し、身体性能をさらに底上げする。
 閃駆で一気に駆け抜けて、ウィン騎士長に連撃を放つ。

「最早、そのような貧弱な力、私には通用しないぞ」(ウィン)

 ウィン騎士長が、余裕の表情でそう言いながら、ロングソードを左薙ぎに振るう。

「――な⁉」
「――――ハァッ‼」(ウィン)
「―――‼」

 慌てた様に、閃駆で距離を取った私に、ウィン騎士長はニヤリと嗤う。それもそのはずで、一連の攻防で、僅かに回避が遅れ、左肩の部分を深く切り裂かれたからだ。そして何より、私の両手に存在したはずの魔力剣が、大本の魔力そのものから、消し去られてしまっている。
 接近したあの時、左薙ぎに振るわれたロングソードを、魔力剣で受け流そうとした。しかし、最初にロングソードに触れた雷属性の魔力剣が、強制的に、純粋な魔力の状態にまで中和されてしまい、驚きながらも、迫りくる刃を凍らせようと、氷属性の魔力剣で再度受け流そうとする。だが、ロングソードの剣身に触れると、凍らせる間もなく、氷属性の魔力剣も、雷属性の魔力剣と同じく、強制的に、純粋な魔力の状態にまで中和されてしまった。
 経験した事の無い現象に、一瞬身体と思考が鈍り、止まる事のないロングソードの剣身を必死で避けたが遅く、左肩を深く切られた。傷自体は、獣の因子を開放している影響で、回復力が上昇しているので、急速に塞がっていっている。
 だけれども、このままプレートアーマを切られ続ければ、限界が来て、いずれ修復不可能な状態になり、武具として機能しなくなるのも時間の問題だ。
 魔力剣の消失は、恐らく闇属性の魔力による、魔力に中和によるものだろう。高ランクの魔獣の力ともなれば、相手の魔力の質が、ウィン騎士長の魔力を上回らない限り、こちらの魔力が、一歩的に中和され続けるのは間違いない。

〈それならば、魔力の質が同等となる状態にまで、――――私という存在を高めるまで‼〉
「≪因子解放・獣性昇華≫〖世界を飲み込む魔狼〗。《氷雪の白姫しらひめよ、我が心身に冷徹なる凍てつきを》」

 私を中心にして、身体の芯から凍えていく様な、膨大で、暴力的なまでの冷気が、周囲に溢れ出していく。周囲の草木に霜が降りていき、大小様々な木々の枝に、太く長い氷柱が出来ていく。吐く息が白くなり、時間と共に、その色が濃くなっていく。
 ウィン騎士長は、周囲の景色と温度の変化に驚き、数秒間呆然としていた。そして、私を見てもう一度驚く。

「なんだ、その姿は⁉私の知っている、狼人族の姿と何故違う⁉」(ウィン)

 獣性を昇華した私の姿は、数秒前とは大きく違う。そして、ウィン騎士長の言う様に、私の獣性昇華は、の狼人族の獣性昇華とは一線をかくす。それは見た目もそうだが、能力の威力・範囲などにおいても、大きく差がある。
 先程まで、漆黒だった頭髪や尻尾、全身の体毛の色が、暗い青色である、藍色に変色している。瞳の色も、紅葉色と藍色が混ざり合った、やや青みの濃い紫色である、すみれ色に変化している。
 先程までの姿の名残があるとすれば、頭髪や尻尾の毛先が、僅かに黒に染まっている事だけだろう。

「……ふん、多少強くなろうとも、今の私には到底敵わない。この力は、獣王すらも屈服させられる程の、―――強大な‟力”なのだから‼」(ウィン)

 魔獣の強力な脚力での縮地で駆け、私との距離を詰めてくる。
 両腕を、肩の高さまで上げる。両手を開き、両掌を前に向ける。すると、周囲に溢れる冷気が、私の身体を囲む様に渦を巻く。それら渦を巻く冷気が、両腕それぞれを伝っていき、一気に両掌の前に集まっていく。その集まった冷気によって、空気中の水分を氷結し、氷の双剣を形作っていく。最後に、渦巻いていた冷気を、一気に圧縮して補完する事で、完全なる氷の双剣を完成させる。

「シネェ――――‼」(ウィン)

 ウィン騎士長は、ロングソードの剣身に、闇属性の魔力を籠めて圧縮し、長大な魔刃を作り出し、唐竹割を放ち、私の身体を左右に分かとうとする。ロングソードの剣身が、私に触れる直前に、氷の双剣と身体に、紫色の雷がバチバチと放電し纏わりつき、一気に加速して掻き消える。

「――――――《雷氷雪華らいひょうせっか》‼」
「――――――ガァア‼」(ウィン)

 ウィン騎士長の背後に、私は氷の双剣を振り抜いた状態で立っている。
 ウィン騎士長の鳩尾に、雪華模様のつの花が咲く。上半分は、雷で三枚の模様の形が刻まれ、下半分は、氷で三枚の模様の形が刻まれる。ウィン騎士長は、自身に刻まれた雪華模様の痛みに耐えながら、背後にいる私に向けて、再び魔刃を纏わせ、振り返りながら右薙ぎの一振りを放とうとする。

「―――な⁉」(ウィン)

 禍々しい魔力に染まっていたロングソードの剣身は、私の一撃によって既にボロボロになっており、それに気づかぬままに、ウィン騎士長の放った、音速の一振りに剣身が耐えきる事が出来ずに、粉々に砕け散っていく。

「………ならば‼――――【微睡みに誘いし暗闇シュラーフ・ソンブル】‼」(ウィン)

 それぞれの手の爪を長大に伸ばし、闇属性と風属性の魔力を混ぜ合わせ、二属性の魔力を籠め、その魔力を圧縮して強化する。両腕を斜め上に広げて、タイミングを合わせて、斜め十字になる様に重ね合わせて、同時に振り下ろす。

「――――――《雷氷雪華・二連》‼」

 ウィン騎士長に向けて、再び氷の双剣を振るう。雷速で振るわれた氷の双剣の刃は、二属性の魔力を混ぜ合わせて強化した、長大な十本の爪を全て切り裂き、鳩尾に雪華模様を刻み込む。その数、十二枚。先程刻み込んだ雪華模様よりも細かく、間隔の狭い十二の剣撃。右半分は、雷で五枚の模様が刻まれ、左半分は、氷で五枚の模様が刻まれる。一番上と下の模様は、雷と氷が、縦で半分ずつ合わさった模様が刻まれる。

「……………消し炭となれ‼」(ウィン)

 ウィン騎士長の喉元に、闇属性と風属性、そして火属性の、三属性の魔力の高まりを感知する。それら三属性の魔力が混ざり合い、超高熱の漆黒の炎に変わる。大きく口を開き、漆黒の炎を広範囲に放つ。

「凍えよ、―――そして砕け散れ」

 左右の氷の剣で、右薙ぎ、左薙ぎの剣撃を、同時に放つ。その二つの剣撃が、漆黒の炎に触れると、漆黒の炎そのものを飲み込んでいくかの様に、その全てを氷結させていく。そして最後に、大きな氷壁となったそれが、音を立てて砕け散る。

「私の…………全てを燃やす炎が……」(ウィン)
「―――――――《雷氷雪華・ついの華》‼」

 最後の切り札であった、漆黒の炎すらも通じず、呆然とするウィン騎士長に向けて、終の剣撃を放つ。その数、二十四枚。二連の時よりも、さらに細かく、さらに間隔が狭い二十四の剣撃。終の剣撃は、雷と氷が、順々となって一つ一つの模様を刻み、一つの雪華模様を生み出す。
 最初に刻み込んだ、六枚の雪華模様。次に刻み込んだ、十二枚の雪華模様。最後に刻み込んだ、二十四枚の雪華模様。それら全てが合わさって、一つの大きな雪華模様となる。そして最後に、刻まれた三つ全ての雪華模様が輝き、ウィン騎士長の身体により深く刻み込まれ、血の華を咲かせる。
 ウィン騎士長は最後まで、自らが負けた事を認められぬ、といった表情のまま、前のめりに地面に倒れこんでいく。刻まれた雪華模様から、地面に血が流れていき、ウィン騎士長の身体を中心にして、綺麗な六つの花の形を描いた。

「……姫様の元に向かわなければ」

 最後に、何時か自分が同じ道を辿らない様に、愚か者にならないために、ウィン騎士長の死に様を目に焼き付けて、その場を後にした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

放逐された転生貴族は、自由にやらせてもらいます

長尾 隆生
ファンタジー
旧題:放逐された転生貴族は冒険者として生きることにしました ★第2回次世代ファンタジーカップ『痛快大逆転賞』受賞★ ★現在4巻まで絶賛発売中!★ 「穀潰しをこのまま養う気は無い。お前には家名も名乗らせるつもりはない。とっとと出て行け!」 苦労の末、突然死の果てに異世界の貴族家に転生した山崎翔亜は、そこでも危険な辺境へ幼くして送られてしまう。それから十年。久しぶりに会った兄に貴族家を放逐されたトーアだったが、十年間の命をかけた修行によって誰にも負けない最強の力を手に入れていた。 トーアは貴族家に自分から三行半を突きつけると憧れの冒険者になるためギルドへ向かう。しかしそこで待ち受けていたのはギルドに潜む暗殺者たちだった。かるく暗殺者を一蹴したトーアは、その裏事情を知り更に貴族社会への失望を覚えることになる。そんな彼の前に冒険者ギルド会員試験の前に出会った少女ニッカが現れ、成り行きで彼女の親友を助けに新しく発見されたというダンジョンに向かうことになったのだが―― 俺に暗殺者なんて送っても意味ないよ? ※22/02/21 ファンタジーランキング1位 HOTランキング1位 ありがとうございます!

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。