引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る

Greis

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第8章

第227話

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 兄さんの屋敷の中を色々と確認したが、俺が獣王国へと出発した日よりも綺麗になっていた。まあそれも当然か。エロディさんというシルキーが、この屋敷にいるからな。彼女が屋敷に住んでくれている限り、屋敷の中だけでなく庭なども汚くなる事はないだろう。
 シルキーとは、家事などをお手伝いしてくれる妖精さんだ。シルキーさんたちは有能で真面目な者たちが多く、炊事洗濯は元より、掃除片付けや暖炉の火入れ、さらには屋敷の見回りまで行ってくれる、甲斐甲斐しく働いてくれる非常にありがたい存在なのだ。
 しかしシルキーさんたちは、そんなありがたい存在ではあるが、誰に対しても友好的であるというわけではない。シルキーさんが住み着いている屋敷に招かれざる客が現れると、シルキーさんたちはあらゆる能力を駆使して追い出しにかかる。さらに言うと、その追い出し方もシルキーさん一人一人によって変わってくる。ちょっかいだけで済めば幸運な方であり、中にはさんざん翻弄した後に外へ放り出すシルキーさんもいるとか。それでも去ろうとしなければ、首を絞めて殺すことさえあると言う、かなり恐ろしい存在でもある。
 だが俺としては、姉さんたちのお世話の方に全力を注いでもらいたいのが正直な所だ。なんせこの家に侵入出来るとしたら、高位存在か超高位存在くらいに限られるからな。これらの怪物たち相手となれば、エロディさんも招かれざる客ではなく正式な客として、屋敷に迎え入れて持て成してくれるだろう。
 しかし、悪意や害意があって屋敷に侵入すれば、別の話となる。悪意や害意をもってこの屋敷に近づき侵入しようものなら、黒猫と鷲のコンビが一切の容赦なく襲い掛かる。黒猫と鷲のコンビであれば、精霊様方の様な超高位存在は無理でも、高位存在相手ならば十分にやり合える力を持っている。黒猫と鷲は、この屋敷の守護者なのだ。
 それに、超高位存在が敵意をもって攻めてきた時点で、詰みに近い状況だ。その時に取れる手段は逃走のみだ。そして、尋常ならざる怪物たちと戦う事を選択する時は、万全に万全を重ねて、十分に戦えると判断した時だけだ。

「私がこの地に召喚されてから、自分で使いやすいようにと色々と変えてしまいましたが、宜しかったでしょうか?」
「ええ、全然大丈夫です。それと姉さんたちから聞いているか分かりませんが、俺はちょっと特殊な魔道具を持っています」
「はい、聞いております。時空間属性の魔術によって空間拡張がされている、家の様なテントをお持ちだと」
「家、……まあ確かに、そう言われれば家みたいなものか。俺としては、快適な部屋を想像したんですけどね」
「快適な部屋、ですか?」
「エロディさんも直接見た方が早いと思いますし、今から見てみますか?」
「……はい、お願いいたします」

 俺はエロディさんを連れて、屋敷の庭に出る。そして、ポーチからテントを取り出して、庭の邪魔にならない位置で展開する。まだ展開しただけであるが、エロディさんは興味津々にテントを見ている。そこからテントの周りを一周し、じっくりとテントを観察していた。

「これは凄いです。私もそれなりに長い時間を生きてきましたし、色々な魔道具を見てきました。しかしどの魔道具も、魔力が漏れ出ていたり、付与された術式に歪みや無駄がありました。ですが、このテントに付与されている術式に歪みや無駄もなく、魔力も殆ど感知出来ないです。これほどの魔道具は初めて見ました」(エロディ)
「そこまで褒めていただいて光栄です」
「いえいえ、ここまでの物となると、この先もう一生お目に掛かれる可能性は低いですから。こちらこそ素晴らしいものを見せていただきました。ありがとうございます」(エロディ)
「それじゃあ、中へどうぞ」
「はい、失礼します」(エロディ)

 テントに入る前からあそこまで絶賛されてしまったので、テントの中を見て何と言われるのか少し怖い。だけど、外だけ見せて中を見せないのは、不自然だし失礼だ。それに自分から見てみますかと言ったのだ、腹を括ろう。家事のプロであるシルキーの目にどう映るのかを不安に感じながら、エロディさんをテントの中に招き入れる。
 俺はテントの中にある物を、分かりやすい様に使い方を実践しながら、エロディさんに一つ一つ説明していく。エロディさんは、外でテントを観察していた時と同じ様に、俺の説明を聞きながらジッと観察し続けている。その中でもエロディさんの興味を強く惹いたのは、予想通りに魔力起動式の魔道具たちだった。真剣な表情でジッと観察し続けているのだが、魔力起動式の魔道具を実際に起動して見せると、エロディさんの瞳が子供の様にキラキラと輝いていた。
 シルキーさんたちにも個人の好みがあるらしく、エロディさんの場合は料理の様だ。一通りテントの中を説明し終わると、自然と魔力起動式システムキッチンの方へと向かって移動していく。

「カイルさん、私がこれを起動させても宜しいですか?」(エロディ)
「ええ、どうぞ」
「ありがとうございます」(エロディ)

 エロディさんはそう言うと、魔力起動式システムキッチンに自分の魔力を流し込む。流し込まれた魔力によって、魔力起動式システムキッチンが起動する。そして、先程説明の際に俺が実践して見せた事を、今度は自分で一通り試している。その姿は傍から見ると、新しい玩具を手に入れた子供の様で、とても微笑ましいものだった。そのまま数分が経ち、一通り試し終えたエロディさんは、もの凄く興奮して鼻息を荒くしている。

「カイルさん、これは本当に素晴らしい魔道具です。私の実家にも一台、いえ、私の故郷で一家に一台欲しいくらいです」(エロディ)
「あ、ありがとうございます」
「……はぁ、いいな~。これを使って毎日料理が出来るなんて、なんて羨ましいのよ」(エロディ)

 本人は小声で言っているつもりの様だが、俺にはモロに聞こえてしまっている。確かに、このキッチンの使い勝手は最高だと言ってもいい。一度これを使ってしまうと、もう他のキッチンに戻る事が出来ないだろう。エロディさんも家事のプロとしてそれが分かっているからこそ、ここまで羨ましがってくれているのだ。

「エロディさん、今日の夕食はこれを使って作ってみますか?」
「いいんですか⁉」(エロディ)
「はい、いいですよ。十分にこの魔道具を堪能してください」
「……あ、ありがとうございます‼今日の夕食は、腕によりかけてお作りしますから、楽しみにしていてください‼」(エロディ)
「ええ、楽しみにしています」

 エロディさんは咲いた花のような華やかな笑顔を浮かべて、夕食に何を作ろうかと嬉しそうに悩んでいる。そんなエロディさんを見て、和やかな気持ちになっていると、屋敷に近づいてくる五つの魔力を感知した。それはエロディさんも同様であり、プロとして直ぐに意識を切り替えて、テントの外に出て出迎えの為に玄関へと向かう。俺もテントを縮小させてポーチに仕舞いこみ、エロディさんの後に続いて、皆を出迎えるために玄関へと向かう。
 俺とエロディさんが玄関に到着すると、屋敷の門の向こう側から、賑やかな女性たちの声が聞こえてくる。その女性たちの声はとても嬉しそうであり、天星祭の為の軍資金を、ダンジョンでガッツリと稼いできたのだろう。それを、黒猫や鷲に報告しているのかもな。
 暫くすると、女性たちの一際大きな声が聞こえてきた。恐らく、黒猫と鷲から俺の帰還を知らされたのだろう。女性たちが、足早に玄関まで接近してくるのが分かる。それに合わせて、エロディさんが玄関を開けて女性たち、上機嫌な姉さんたちを出迎える。

「皆さま、お帰りなさいませ」(エロディ)
「皆お帰り、それとただいま」
「ただいま、エロディ。そしてカイル、お帰り。獣王国に美味い料理はあったか?」(レイア)
「カイル君、お帰りなさい~。獣王国に良いワインはあった?」(リナ)
「カイル君とエロディが力を合わせれば、いいお酒のおつまみが生まれるかもしれないわね。夜の楽しみがまた増えるわ‼」(ユリア)
「ようやく帰って来たか。明日からは、エロディとカイル、料理上手が二人に増えるのか‼嬉しい限りだぜ‼」(モイラ)
「カイルお帰り、また新しい書籍を貸して」(セイン)

 俺は、姉さんたちの賑やかな様子を目にして、またいつもの日常へと戻って来た事を実感する。それにしても、姉さんやモイラさんの食欲、ユリアさんとリナさんのお酒好き、セインさんの読書好きなど、姉さんたちは相変わらずの様だ。五人共変わりがない様で、俺としてもホッと一安心だ。
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