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救護室の一幕 【蓮の葉の斑から】
しおりを挟む医術者は、ぐっと息を吞んだ弟を、耳の後ろ辺りを叩き撫で落ち着かせた。
「お前さんは打撲だけだ。ただ少しトラの魔力に干渉されて目を回したようだからね、神経が狂わされていないか確認するだけだよ」
リカオンの魔獣体をとった弟は、始祖モデルよりも大きい二メートルほどの体長だった。
小麦色と黒の大きな斑ぶちの体に、前後に動く大きな耳がぺたりと下がっている。砂灰色の四つ足はまるでチタン製のように硬くぴかぴかとし、時々、床に擦られ澄んだ高い音が響いた。
「……ん?」
治療を受ける弟を眺めていた兄が、人型のまま、耳に音を拾い救護室の扉を振り返った。廊下を何者かが怒鳴り合いながらやって来る。すぐにその声が先ほど出て行った、バシリオとジゼルだと分かった。
兄が扉へと寄ってそこを開けようと手を掛けた時、扉が勢いよく開いた。
「うわっ! ジゼル?」
突然、バシリオの手によって放り投げられたジゼルが部屋へと転がり込んで来た。
ジゼルは人型のまま床に両の爪を引きたて、部屋の中央に踏みとどまると、怒りをあらわに怒鳴った。
「ってぇな! 投げるしか能がねぇのかよクソ野郎っ、まさしく脳筋だなてめぇはよぉ!」
素早く体を起こし、ジゼルが歯を見せ怒鳴る。
バシリオが険しい顔で扉へと仁王立ちし、医術者へと低い声で言った。
「せんせ。悪いがその子ネコに鎮静剤を打ってくれ。どうにも聞き分けが悪くて仕方ねぇや」
その低く静かな怒りの声に、弟のリカオンが思わず身を低くし、防御の姿勢をとった。
医術者は眉を顰め、バシリオとジゼル、静動の姿を見た。
「ダメだ。ジゼルへの鎮静剤の使用は緊急時を除き、トラの承認がいる」
言い終わるかどうかのタイミングで、ジゼルがトラへと転化した。
体高(地面から肩までの高さ)二メートルほどもあるトラの魔獣が、目に飛び込んでくる金糸味の強い橙色と黒色の模様を躍らせ、バシリオへと飛び掛かる。
対するバシリオは人型のまま、抱え込むようにしてトラの首を捕えるが、後ろ足で弾かれトラは後方へと逃げた。その拍子に大きな音を立て棚が倒され、トラのしなる尾で薬品棚も横薙ぎに倒される。
硝子の破砕音と薬品の刺激臭が部屋へと満ちた。
そんな暴れ方をする大きすぎるトラの魔獣に、部屋の魔法たちが悲鳴をあげた。それを黙らせるようにトラが低く唸る。
「やめろジゼル! 場所ぐらい選べよっ」
リカオンの兄が魔獣体に転化し、バシリオへと着いた。
それを見たトラが人型に転化し口を開く。
「また邪魔すんのか犬っころがよ、俺はただ、自分の玩具を取りに行くだけだぜ、てめぇなんぞそこの腰抜けと一緒に震えてろよ」
「は? てめぇまだ諦めてなかったのかよ、しつけぇんだよネコ科!」
腰抜けと揶揄された弟が言い返す為に人型になり、そしてすぐに魔獣体へと戻ると、兄とバシリオの側へとついた。
医術者が酷く迷惑そうに「まったく、若者は血の気が多くてかなわん」と言うと、キンシコウという美しいサルに転化し、その豊かな毛並みをなびかせ高窓へと避難した。
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