お命ちょうだいいたします

商町9

◇◇◇◇

　猪牙舟ちょきぶねの上で菓子屋は、自分の店台から手を振るカワセミを、眩しそうに眺めて言った。

「来年の今頃には、あぁしてもらいたいなぁ……菓子屋の若女房、くぅっ最高じゃねぇか」

「や、ないよ。菓子屋の兄ぃ、分かんねぇかなぁ」

　植木屋の弟分が、カワセミへと手を振りながら続けた。

「うちの兄ぃとセミの字の姉ぇ、けっこういい感じ」

「……！？」

　植木屋とカワセミ。二人きりで店へと残してきてしまった。
　菓子屋が無言で立ち上がり舟の縁へと足を掛け、今にも川に跳びそうな勢いを見せる。弟分が慌て飛びつきそれを止めた、舟がぐらん、と大きく揺れる。

「わっ、ちょちょ……兄ぃっ待ちなって！」
「おっと、お客さん。何？　戻んの？」

　船頭が慌て櫓ろで舟を整えた。

「いえっ、このまま、すっと行っちゃってください、菓子屋の兄ぃ、嘘うそ！　ちょっとからかっただけだよぅやだなぁ、もう。こんな餓鬼の言う事、真に受けちゃぁ」

「てめぇ、本当だろうなぁっ、畜生。人の恋路を邪魔しやがったら、馬に蹴られるんだからなぁっ！　植木屋ぁっ！」

　菓子屋が怒鳴ったのは、舟が水路へと入った後、見送るカワセミの耳に届くか、届かないかのあたり。いまだ、通りに面した縁台に座っている植木屋に、届かないのは当然の事。

　ただ一つ、つながれた栗毛の馬だけは、その声に答えたのか、準備をして待つつもりなのか、氷砂糖に肩入れをしたのか……、硬い地面にかかっと蹄を立て、前掻まえかきの仕草を見せた。