106 / 147
三者1
しおりを挟む◇◇◇◇
白い大蛇の鎌首に、カワセミの体が勢いよく投げられた。
振られた力でヘビの首から引き剥がされ、白い鱗から手を滑らせた瞬間に落ちる方向を思い出した。
思わず身が凍る。
投げ飛ばされた背の落ちる方向は、百石階段。
白い少年と向き合うことに全てを注いでいたので、そこまでの距離が容易に思い浮かばない。
「っ……」
「カワセミっ」
名を呼ばれ、投げだされた体を宙で抱き留められた。
大きな腕が抱き締めるように抱え込んでくれる。その腕には、昼間に羽交い絞めされた苦い覚えがあった。
大きな腕は、投げる力の方向から娘を奪うようにして地へと着いた。
助けられたカワセミは、横抱きに抱えられたままで吽形の胸倉を掴むと、乱暴に顔を寄せた。
「「怪我はないかっ」」
吽形とカワセミが同時に互いに問う。
カワセミは、百石階段を落ち消えた吽形の身を、吽形は、ひとり荒れる場で立ち回ったカワセミの身を思い、互いが不安な目の中を探った。
「大丈夫だ、すまなかった一人にさせて」
先に吽形が答え、そっと娘を降ろしてやる。
カワセミは掴んだ胸倉をとんっと軽く叩くと、笑った。
「何てことない。ヘビに少し、お相手をしてもらっただけだ」
「……そうか」
本当に何でもないように、あっけらかんとして答えるカワセミ。それに吽形の目が和らぐ。
境内が沈むほどの何かがあったのだろうが、それでも自身の主を、大蛇になった白蛇を貶めるような事を口にしない娘に、狛犬の荒れていた胸の内が、翡翠に満たされ、慰められた。
「容易に離れてくれるな」
「阿呆。お前が勝手に階段落ちしたんだよ」
カワセミがするりと腕から抜け出し、地へと足を付けた。しかし、その肩はいまだ吽形の体からは離れていない。
触れ合える距離で、娘が狛犬を見上げる。
そんなふたりが身を寄せている所へと、吽形の背にでも隠れていたのか、赤髪の若者がひょいと現れた。
若者のまるい目が煌めき、嬉々とした明るく甘い声が、寄り添う二人へと掛けられた。
「なんと、二人は身を寄せるほどに素直になったか。良い良い、仲が良くてよろしい」
嬉しそうにふくふくと若者が笑う。
カワセミは突然の若者の出に、吽形から少し身を引いた。しかし、そんな事も気にせず、笑う赤髪の若者は吽形へと続ける。
「うーさん、わし、縁結びも担いたい。人と神獣が、互いに強く結ばれるのはとても良い。縁結びの気配も音も、この身が喜ぶ。……ふふ、縁結びの実績はうーさんとカワセミで積んだ、後は出雲に申し出ればいいのか」
赤髪を揺らし若者が嬉しそうにそう言うと、青髪を持つ吽形が頷いてやる。
「そうだな。だが、獅子の御利益と言うよりは阿形の御利益だな」
「じゃろ、じゃろ。わしは優秀なんじゃ。はじめからなんでもお見通しなんだ」
荒魂を祀る百石階段神社と縁結びとは、随分と離れてはいるが、嬉しそうに話す獅子に、狛犬は水を差さない。
ただひとり、カワセミはじっと赤髪の若者を見つめていた。
嬉々と話す口元に煌めく真珠の二本牙、
目尻だけが下がる大きく愛嬌のある目、
こちらをにこやかに伺う時に、傾げられた首からほろほろと解き戻る、渦巻く赤髪。の、……男。
(……こいつ)
カワセミの目が男を見据える。
「あーさん、縁結びの担いに関しては後でじっくり練ろう。さて、それではどうしたものか」
吽形が軽口を切り上げ、邪気と穢れに沈む境内を見れば、白い大蛇は重たい丸太の身を滑らせ、ゆっくりと動き出していた。
「まずは、主の視界に入らなくてはな、ん?」
吽形が足を進めようとしたその時、白鼠色の袖がぱっと目の前を遮り、赤髪の若者の胸倉を掴んだ。次いで乱暴に引き寄せ、吽形の目前で、カワセミと赤髪の若者が間近に顔を突き合わせる。
「っわ、なんだカワセミ」
「あぎょう、……だな」
娘の強い目が、たじろぐ鞠の目を見据える。
阿形はそのまるい目で、いつもは見上げていたカワセミを見下ろした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あやかし警察おとり捜査課
紫音みけ🐾書籍発売中
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。
しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。
反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。
煙草屋さんと小説家
男鹿七海
キャラ文芸
※プラトニックな関係のBL要素を含む日常ものです。
商店街の片隅にある小さな煙草屋を営む霧弥。日々の暮らしは静かで穏やかだが、幼馴染であり売れっ子作家の龍二が店を訪れるたびに、心の奥はざわめく。幼馴染としてでも、客としてでもない――その存在は、言葉にできないほど特別だ。
ある日、龍二の周囲に仕事仲間の女性が現れ、霧弥は初めて嫉妬を自覚する。自分の感情を否定しようとしても、触れた手の温もりや視線の距離が、心を正直にさせる。日常の中で少しずつ近づく二人の距離は、言葉ではなく、ささやかな仕草や沈黙に宿る。
そして夜――霧弥の小さな煙草屋で、龍二は初めて自分の想いを口にし、霧弥は返事として告白する。互いの手の温もりと目の奥の真剣さが、これまで言葉にできなかった気持ちを伝える瞬間。静かな日常の向こうに、確かな愛が芽吹く。
小さな煙草屋に灯る、柔らかく温かな恋の物語。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
私の守護霊さん
Masa&G
キャラ文芸
大学生活を送る彩音には、誰にも言えない秘密がある。
彼女のそばには、他人には姿の見えない“守護霊さん”がずっと寄り添っていた。
これは——二人で過ごした最後の一年を描く、かけがえのない物語。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる