イトムシ    〜 幼少期〜

夜束牡牛

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夜4

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○○○○○

 小石丸は目を覚ました。
 切り落とした指の痛みが消えている。そのかわり、何か別の痛みが、彼の胸を締めつけていた。
 それは、波のように絶えず聞こえる歌声。糸を弾く指が愛でる、ふさふさとした愛犬の耳。互いに手を取り踊る祭りの夜。そして、水車の音と花の香り。――生きる事を精一杯つとめた、イトムシ達のせつない痛み。

「気分はどうだ?」

 側で胡坐をかいた者が、小石丸を覗き込んでくる。
 小石丸は黒い目で、紫水晶の瞳を見上げた。

「……夢を見た。悪い夢だ」
「その夢は、特別に君へととっておいたものだ」

 言いながらねむりは自分の姿を見て、「やれやれ、またこの姿か」と可笑しそうに笑った。

「君が見たのは、君が殺したイトムシたちの夢だ。幸せの色が見えたか? 君は涙で焼けるほど、その目に悲しみを宿したことはあるか?」
「……」

 小石丸は何も答えず起き上がると、ヒノデの姿を借りたねむりを見た。その目は夜の沼のように重たく、自身の感情を閉じ込めている。
 ねむりはヒノデの姿で、紫水晶の目を細めた。

「君だって、本当は良い子なんだよ」

 ねむりは香しいため息をつくと、茂みの側に眠るヒノデと、そこに抱かれるキイトを指さした。

「……」

 それを見た小石丸の目に、驚きと、安堵、後悔、そして、疲れが浮かぶ。
 ねむりが優しく続ける。

「君が殺したイトムシたちの欠片かけらを、あの子に詰めた。命を補うのは命しかなくてね。
君は四原則を犯して、数少ないイトムシを殺し、数の多い人間を無力化しようとしたのだろう? しかし、奪われた命のおかげで、あの子は助かった。
そして糸はつながり、巡り、君の罪は許された」
「……」

 小石丸は眠る親子を見つめた。

 国中の人間を殺すより、少ないイトムシを皆殺しにする方がたやすい。そして、イトムシが奴隷のように仕え続ける、忌まわしい国の歴史を止めるはずだった。

(しかし、なのに、あぁ……疲れた)

 小石丸は無意識のうちに、小指をなくした手が拳を作っていたのに気がつくと、それを緩やかに開いた。
 糸傷が古い水脈のように走る手の平。たくさんのものを見送ってきた手。
 最後に人間と手を重ねたのは、いつだろうか? 

「……イトムシは、人が豊かに暮らすためだけに生かされている。人間よ、他の地を探せ。私達を開放しろ」

 深いため息が零れる。

 疲れきった小石丸を、ねむりがさっと抱き締め、重たげに開かれた目を覗き込んだ。

「悲しい子。疑い疲れ、何も見えない。
 君は、君を豊かにするために生きているのだよ」

 ねむりの目から涙が流れ、夜の沼へと落ちてゆく。
 小石丸はもう一度、今度は、自分の幸せな夢の中へと、緩やかに沈められた。
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