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第五章 記 憶 《Memory-3》

80 奈落の底

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「え? イレギュラーの摘発!? ここに、イレギュラーがいるんですか!? 誰です!?  どこにいるんですか!?」

 と、玲子は玲子で、野次馬根性丸出しのちょっとネジの飛んだOLを演じ、こちらもまた更なる追求の手を逃れた。

 リュウに至っては、何を聞かれても例の『嘘なんか絶対つきそうもない』エンジェルスマイル全開で、知らぬ存ぜずを押し通し。

「通報があるたびに、現場へ急行するのは大変ですよね。ええ、分かります。ボクも公僕の端くれですから。心中お察しします」

 などと、巧みに会話の流れをカウンセリングパターンに誘導して、とうとう担当官を煙に巻いてしまった。

 そこで、公安の至った結論は、『誤通報』。

 リュウが、担当官から漏れ聞いた情報を整理してみると、どうやら通報は匿名の女性からのもので、内容も『今朝、エレベーターの中でイレギュラー体と思われる女性を見かけた。これこれこういう人物が同乗していた」というような、大雑把なものだったようだ。

 これで、リュウの、黒田マリアのリーク説は限りなく濃厚になった。

 黒田マリアの超能力が弱く、イレギュラーであることしか読み取れなかったと考えるのが順当だろう。だがもしも、すべてを読んでいたにも関わらずリークする情報を選んでいたとすれば――。

 考え過ぎかもしれない。

 それでも、拍子抜けするくらいのあっけない幕切れに、リュウは安堵するよりも、むしろ得体のしれない不安を感じていた。




 リュウたちが、各々の技量を凝らして公安の担当官と対峙していたその頃。晃一郎と優花は、ちょうど長い螺旋階段を降り切っていた。

 円筒状にくり貫かれた最低部。

 そこは、がらんとしたドーム状の空洞になっていて、階段を降りた正面の壁にはナンバリングされた大きな鉄製の扉がいくつも並んでいた。その異様さに、思わず優花の足が止まる。

――ここが、避難シェルターなんだ……。

 この扉が開けられる事態をチラリと想像して、優花はすぐにその想像を打ち消した。

 縁起でもない。

 こんなものは、使われないことに越したことはないのだ。

「優花、こっちだ」
「あ、うん!」

 少し離れた所から晃一郎の声がかかり、その距離感が急に心細くなってしまった優花は、慌てて声のした方へ足を踏み出す。

 こんな、奈落の底みたいな人気のない場所ではぐれたら、きっと一生のトラウマものだ。

 一歩二歩、三歩。

 小走りに足を進め、上げた視線の先に、居るはずの晃一郎の姿がなかった。

「え……?」
 
 ドキン、と、優花の鼓動が、嫌な音を立てて大きく跳ね上がる。


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