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エピローグ 再 会《Reunion》

132 この手の温もりがある限り

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 聞き覚えのある低音の声。

 でも、それは、耳に聞こえてくる音声ではなく、直接頭に響いてきた。

――ような気がする。

「まさか……ね」

 そんな、漫画みたいなこと、あるわけない。

 そう思いながらも、優花は体を起こし、周囲に視線をめぐらせる。

 楽しげに遊ぶ家族連れ。

 犬の散歩をしている、老夫婦。

 デート中の、若い恋人たち。

 ゆるゆると、さまよわせた視線は、一点で止まった。

 髪の人々の中にあって、異彩を放つ、金色の頭髪。

 さらさらとなびく、柔らかそうな髪をかきあげながら、確かな足取りで歩み寄ってくる人物。

 足元は、白いスニーカー。

 ブラックジーンズに、白いシャツ。

 右耳には、銀のイヤーカーフ。

 そして、風になびく金色の髪。

 色素の薄いライトブラウンの、まっすぐな瞳が、優花を捉える。

 きゅっと、笑いの形に、上がる口角。

 その人物を、視界に捕らえた、瞬間。優花は、レジャーシートから飛び起きて、大地を蹴った。

「晃ちゃんっ!」

 全速力で駆け寄り、有無を言わせず、その首っ玉にかじり付くように、抱きつく。

「お、おわっ!?」

 思わぬもう攻撃に不意を付かれたその人物、御堂晃一郎は、不覚にもバランスを崩してそのまま優花を抱えるように尻餅をついた。

 封印したはずの記憶が戻っているのか、それとも、こちらの世界の晃一郎と認識しているのか。

「お前、なんで――」

 驚きに、開きかけた唇が、優花のそれで塞がれる。

 長い長い口付けの後、優花は、してやったりと会心の笑みを浮かべた。

「ふっふっふっ。会っていきなりだけど、前渡しで、餞別にもらっておくよ!」

「おまっ……。俺が、誰だか、わかってるのか?」

 半信半疑で問う晃一郎に、優花は、にっこり笑みを深める。

「もちろん。わかってるよ。グリフォン」

 優花は、甘いささやきを、晃一郎の耳元に落とす。

 あの時。晃一郎に、力と記憶を封印されたあの刹那。優花は自らに、暗示をかけたのだ。

 もう一度、もしもこの人に会うことが叶うならば、その瞬間に、すべての記憶をよみがえらせる。玲子ならたぶん『恋の魔法』とでも称するだろう、強力な自己暗示を。

「種明かしは、後でゆっくりしてあげる」

 優花は、少し大人びたけぶるような笑みを、その顔に浮かべる。

 晃一郎は、まぶしげに、目を眇めた。

「で、今回は、どうしたの? またグリードの残党?」

 少女めいた仕草で上目遣いに見つめられて、晃一郎は、うっと言葉につまってしまう。

「……なんで、わかった?」
「だって、そうなんでしょ?」

 実際、そうなのだから、反論の余地はない。

 二年前の事件以来、この世界の座標がグリードだけではなく他の犯罪組織にも流れてしまい、幾度となく同様の事件が起きていた。

 政府も重い腰を上げ、お抱えエスパーを正式に送り込む決定がなされ、その責任者として晃一郎が任に当たっている。いつもなら、晃一郎一人で対応に当たるのだが、今回は少しやっかいな能力者がいててこずっていた。

 それだけでなく、どうも優花の身辺にまで類が及びそうなのだ。

 何も知らないで巻き込まれるより事実をしらせて協力を仰いだ方が、結果的に優花の身の安全を確保できると判断し、こうして会いにきた。

 苦肉の策とは言え、平和に暮らす、それも惚れた女に頼むのは非常に情けないが。

「……悪い。又、協力を頼めるか?」

 申し訳なさそうに頭をかく晃一郎に、「了解、ボス!」と、優花は満面の笑顔で応える。

 晃一郎の手を取り、自分の指を絡めた。

 手のひらからじんわりと伝わる温もりは、優花の心の中にぽっかりと開いていた穴を塞いでくれる。

『あなたの世界に一緒に行く』と言ったら、この頑固者はきっと反対するだろう。

 でも、もう二度と、この手を放さない。

「私ね、晃ちゃんのことが好き」
「……えっ?」

 唐突な愛の告白に、晃一郎は目を丸めている。

「それは、この世界の……?」

 半信半疑で問う晃一郎に、優花は笑顔で愛の言葉をささやく。

「今、私の目の前にいる晃ちゃんが、好きなの」
「……物好きだな」

 ボソリとつぶやく晃一郎の耳が赤く染まっていることに、優花は気づいて笑みを深める。

 たとえそれがどんな道でも、この手の温もりがあるかぎり、きっと前を向いて歩いていける。

 やっと手にした大切なもの。

 優花は、その存在を確かめるように、繋いだ手に、ぎゅっと力をこめた。





   ―完結―




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