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第五話 【再会】懐かしき友。
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しおりを挟む土曜日は、今にも泣き出しそうな空模様だった。もう、八月になるのに、少し肌寒く感じる。
都内のアパートから北関東にある実家へは、電車とバスを乗り継いで約二時間半。はっきり言って、実家は田舎だ。
周りは、田んぼと畑と雑木林。隣の家にある従弟の浩二の家まで、車でゆうに十分はかかってしまう。それくらいの、ど田舎。
実化は県北にあり、目的地の陽花が入院している中央病院は、その名の通り県の中央にある。
つまり、アパートから病院に直行すれば一番近いわけで、実家に帰る必要はなかった。だけどこの時、私は無性に実家に帰りたかった。
強いて言えば、この辺のホームシック的な感情が、直也に対する後ろめたさの一因かも知れない。
いったん実家に戻った私は、久々に母の手料理でお昼をすませたあと、浩二の運転する車で中央病院に向かった。
浩二に会うのは、お正月以来。まだ半年くらいしか経っていないのに、少しばかり浩二の雰囲気が変わったような気がする。
サッカーで鍛えただけあって元々太っている方じゃないけど、頬のラインがシャープになっているし、何だか全体的に一回り痩せたような、そんな感じ。
髪を、短くしたせいもあるのかもしれないけど。短いツンツン頭は、まるで高校生の頃に戻ったみたいな錯覚を覚える。『にやけた顔をしている垂れ目のツンツン頭』って言えば、大抵の同級生には浩二だって分かったものだ。
それにしたって、やっぱり大分スリムになっているような気がする。
「何だか、浩二、痩せたんじゃない?」
思わず、そう聞いてしまった。
「サッカーやらなくなってから、下っ腹に肉が付いてなー。女の子がぽっちゃりしているのは好きだけど、男のぽっちゃりは許せないんだ、俺。だから、ダイエットしてんの」
と、浩二は、もともと垂れ加減の目尻に笑いじわを寄せて、カラカラと笑った。
でも、その笑顔にも、いつもの覇気がない。
「何よ、それ。どこに肉なんか付いてんのよ?」
助手席から、運転席の浩二の下腹部にチラリと視線を走らせたら、「見るなよ、亜弓の、エッチー!」と、言われてしまった。
二十五歳のいい年した大人の男が言うセリフかい?
ああ、もう。こう言うヤツだった、こいつは。
具合でも悪いのかと、心配して損した。
ため息を付きつつ視線を上げると、フロントガラスにポツリと水滴が落ちてきた。それを皮切りに、次々に落ちてくる雨の粒。
「あーあ。とうとう降り出しちゃったね、雨」
「ああ……」
パタパタと、フロントガラスに大きめの雨粒が丸い模様を描いていく。
動き出したワイパーの向こうに見えてきたのは、県下でも一、二の規模を誇る『中央病院』。地下二階地上四階建てのこの白い建物は、最近建て直しされたばかりで、見るからに真新しい。
ここには、国内でも名医と名高い心臓外科のお医者様がいるのだそうだ。ハルカは、そのお医者様の執刀で、心臓の手術を受けることになっているのだとか。
あまりに大きな、立派すぎるその佇まいに、なんだか、怖いような感覚に襲われてしまう。
子供の頃から、病院って何だか苦手だ。
病院が好きな子供の方が少ないだろうけど、私の場合は、八歳の時に亡くなった祖母が、入院して病気で苦しむ姿を見ていたから、よけいにそう思うのかしれない。
まるで枯れ木のように、病院のベッドの上で息を引き取った祖母の姿が目に浮かんでしまう。私は、来る途中に花屋で買ってきたミニ向日葵とかすみ草の花束を、潰さないようにそっと胸に抱え込んだ。
フワリと、微かなに優しい香りが鼻腔に届く。
――向日葵って、なんだかお日様の匂いがする。
私は、静かに目を閉じて、懐かしい友の顔を思い浮かべた。
色素の薄い、サラサラのストレートヘア。
長いまつげに縁取られた、ライト・ブラウンの大きな瞳。
丸みを帯びた白皙の頬。
可憐なピンクの唇が、私の名前を呼ぶ。
『あーちゃん』
少し、舌っ足らずなハイトーンの澄んだ声。
ここに、陽花がいる。
心臓の病を抱えて、入院している。
――私は、はたして。
ハルカに会ったときに、笑顔になれるのだろうか?
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