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第十二話 【沈黙】愛は盲目。

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「はい」
 直也は、静かに頷く。

「亜弓には、好きな男がいます」

 なっ!?

「こ、浩二っ!?」

 いきなり、何を言い出すんだこのバカタレはっ!?

 前置きなしの浩二の爆弾発言に、私は思わず声を荒げてイスを鳴らして立ち上がった。

 私は、浩二がどうしてハルカの婚約者なのか、その説明を聞きたかっただけだ。

 なのに。なのに!

 浩二は、私が一番触れられたくない心の奥に秘めているものを、よりによってそれを一番知られたくない人の前で暴露してくれた。

 いくら従弟でも、アンタに、そんなことをする権利があるのっ!?

「浩……二っ……」

 一気に上昇した感情メーターのおかげで、返って言いたいことが出てこない。

 それに。今、直也はいったいどんな表情をしているのか。怖くて。立ち上がったまま、私は、直也の方が見られない――。

「……たぶん、その人は、さっき君たちが連絡を取る取らないでもめていた、『伊藤君』のことじゃないかと思うんだが……、違うかな?」

「……えっ?」

 私と浩二は二人同時に、驚きの声をあげた。

 直也は、確かに勘が鋭い人だ。でも、いくらなんでも、浩二の話を聞いただけで、私の好きな人が伊藤君だなんて推測出来るはずがない。

 驚きのあまり直也の方に視線を走らせた私は、メガネ越しの瞳と視線がかち合って、ビクリと身を強ばらせた。

 直也の瞳に、怒りの表情はない。いつもと同じに、澄んだ穏やかな瞳。ただ少し、そこには苦笑めいたものがミックスされている。

「……亜弓から、聞いたんですか?」

 まさか、浩二も直也から伊藤君の名前が出てくるとは思っていなかったのか、さすがに驚きの色が隠せないようだ。

「ええ、まあ……。聞いたと言えば聞いたことになるのかな?」
「え、うそっ!? 私、そんなこと言ってないよっ!」

 今度は、ハッキリと苦笑を浮かべて言う直也に、思わず私は言い返してしまった。だって、私自身、自分の気持ちに気付いたのは、昨日の夜だ。直也に限らず誰にも言ってないんから、断言できる。

「寝言をね、何度か聞いたんだ」

「は……?」

 ポソリと、苦笑混じりに落とされた直也の言葉に、またもや私と浩二は同時に間抜けな声をあげた。

 ……寝言?

 寝言を、言った?

 えええええーーーーーーーうそっ!?

『ブッ!』

 浩二も、直也の言わんとしていることの意味が理解できたのか、吹き出した後、視線を有らぬ方に彷徨わせて肩を振るわせている。

 今は、その浩二の態度を怒る気力も湧かない。

 ううん。

 怒る資格もない。

 ――ああ、私って。

 私って。

 史上最低の、大馬鹿女だ……。

 
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