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エピローグ 好きだと、言って。
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しおりを挟む私は一週間ほど前、伊藤君に一通の手紙を送った。
概略は、
『大切なお話しがあります。
もしも、お時間が取れるようでしたら、神社のお祭りの日に会えませんか?
夜の七時。神社の境内でお待ちしています』
と言うような、用件のみの、極短い手紙だ。
この短い文面の手紙には、更に短い返事が送られてきた。
『了解しました』
前置きも何もなく、これだけがポツリと書かれていて、その文面を見たとき、思わず笑ってしまったのは誰にも内緒だ。
「陽花。私、行って来るよ」
私はもう一度、墓前に手を合わせて、ゆっくりと立ち上がった。
まだ、自分の未来図が、はっきりと見えるワケじゃない。
まだ、ほんの夢の途中だけど、それでも。今なら私は、伊藤君に思いを伝えられるような気がする。
だから、そこで見ていてね。陽花――。
傾き始めた夕日は、赤く染まる大地の底に呑み込まれ、上空には白い満月が顔を覗かせる。
その淡い月光の下。私の視線の先には、あの日と同じ、賑やかな祭りの灯りが揺れていた。
遠くで聞こえる、祭り囃子の太鼓の音。
賑やかに、行き交う人の群れ。
そこここで上がる、楽しげな笑い声。
食欲をそそる、屋台の美味しそうな匂い。
鮮やかに甦る、遠いあの日の光景を胸に抱きながら、私は、青い水風船を一つ買って、右手の中指にゴムを通す。
左手には、店で一番大きいリンゴ飴。
カプリと、一口かじりつくと、あの日と変わらない素朴な甘酸っぱい味が、口いっぱいに広がった。
もしかしたら。伊藤くんには、もう既に、心に決めた女性がいるかもしれない。
例えそう言う人がいなくても、私を友達以上には思えないかも知れない。もしもそうなら。私は、友達と言う心地よい居場所さえ無くしてしまうかも――。
わき上がってくる不安に、思わず足が止まる。
「怖いよ、陽花……」
思いを伝えることが、こんなにも、怖いことだったなんて。
悪い結果だけが次々に浮かんできて、止まった足をすくませる。
静かに目を閉じ、あの日の陽花を思い出す。
私と色違いの、裾に赤い金魚柄が入った濃紺の浴衣から出た手足は、白くて折れそうに華奢なのに、しゃんと伸ばした背筋と真っ直ぐな眼差しは、とても力強くて。
そう。その姿はまるで、太陽を凛と見つめ続ける、向日葵の花を思わせる。
向日葵は、どんなに強い日の光に焼かれたって、太陽を見つめるのを絶対やめない。とても、とても、強い花――。
「陽花……」
胸に忍ばせてある陽花の手紙に、そっと右手をのせた。振られた水風船が、今の私の心のように、ユラユラと揺れる。
『大丈夫だよ。っと伊藤君だって、あーちゃんのこと嫌いじゃないって、ほら、行ってきな!』
ポン! と、優しい風が、励ますように私の背中を押し出した。
陽花……。
そこで、見ていてくれているよね。
きっと、不甲斐ない私に、やきもきしているかも。
込み上げる熱いものを押しとどめようと、振り仰いだ夜空には、綺麗な丸い月と満天の星屑。
そこで、陽花が笑っているような気がした。
『頑張れ、あーちゃん!』
心の中に、懐かしい友の、澄んだハイトーンの声が優しく響く。
そう。
たとえ、思いが叶わなくても。
もう立ち止まったりしない。
私は、一番の友達に、大切なものを貰ったから。
もう、何もせずに、最初から諦めたりしない。
大きく息を吸い込み、息を止めて。
背筋をしゃんと伸ばして、頭を真っ直ぐ上げる。
「うん。玉砕覚悟で行って来るね!」
私を待っている、あの人の元へ。
大好きな、あの人の元へ。
せいいっぱいの、この思いを届けるために。
今、私は一歩、足を踏み出した。
――了――
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