夢綴II

瀬戸口 大河

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解かれた雲

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解かれた雲
 「腹減ったし、ハンバーガー食べようぜ」と富岡選手は朝食を欲していたようだった。時刻は朝の十時。皆んなが賛成の声を上げた。ハンバーガーショップのドライブスルーで富岡選手は
「ハンバーガー十個、チーズバーガー十個。あとコーラのLサイズも十個ください」と五人には余るほどの食べ物を注文した。富岡選手がお金を出すと紙袋にたんまり入ったハンバーガーが渡された。皆に配った後、羽田がハンバーガーの包み紙を剥いて富岡選手に渡す。富岡選手は
「ありがとう」と答えハンバーガーに食らいつきながらあてもなく運転をする。羽田は全身に走った痺れの中ハンバーガーを口にした。濃い味が脳を突き刺し、これまで食べたことのない衝撃のインパクトに高揚していた。もう羽田に理性などなかった。目をかっぴらきながら獣のようにハンバーガーを貪り食べる。
 道なりにマイクロバスを走らせる富岡選手は途中
「この道行くと遠回りだから、駐車場横切ろうぜ」と羽田に提案をした。狭い駐車場だったがSUVタイプの車とセダンタイプの車が通路に対して垂直に、間隔をあけて左の壁際に停められていただけだった。
「いいんじゃないですか。このまま突っ切っちゃいましょうよ」と羽田が軽く提案に乗る。さっき吸ったもののせいか羽田の目は遠近感を失っていた。きっと富岡選手も同じだろう。駐車場を直進すれば駐車車両になどにぶつかることは絶対になかった。駐車場を通過しようとしたその時、富岡選手はなぜかハンドルを目一杯左に切り二台の車の間にある二メートルの隙間に突っ込んでいった。富岡選手は
「あれ、なんでだろう」ととぼけた顔をしていた。その姿を見ながら羽田は笑い転げた。二台の車のサイドミラーがたまらず吹き飛ばされていく光景が今の羽田には滑稽でしかなかった。後ろの席に座っていた三人は心配そうに窓の外を見守る。
 すると、セダンから一人の男が出てきた。身長は百七十センチ程度、細身で短髪、サングラスをかけていたものの迫力などない。羽田は真っ先に車を降りた。羽田とセダン男は互いにジリジリと近寄り手を伸ばせば届くほどの距離で向かい合った。
「なにしてくれてんだよ」セダン男が檄を飛ばす。羽田はふらふらする自分の身体を真っ直ぐに保ちながら何も答えられなかった。自分の脳が快楽物質に操られていることに羽田は気づいておりヘタに手を出しては歯止めが効かないとわかっていたからだ。羽田は自分が野生的本能に操られただけの傀儡《くぐつ》だと気づいていた。羽田が黙っていると「ピピーッ」と笛の音が駐車場に響いた。
 近くの交番にいた二人の警察官が騒ぎを聞きつけてやってきた。
「とにかく落ち着いてください」と羽田とセダン男の間に割って入った。するとマイクロバスを運転していた富岡選手が降りてきた。にやけ面で警察官の元へ歩み寄る。すると
「僕が車ぶつけました」といつものトーンで警察に伝える。あんなものを吸ったのに浮き足立つ様子もなく、意識を保っている。それに口元を少し緩めているほどでなんの変化もない。羽田は不思議に思った。確かに隣で同じ物に火をつけたはずだった。富岡選手にとってはあんなものを吸ったところで何も変化など起きないのか、ただの気晴らしの一つに過ぎず、ただ飲み込まれていった自分との格の違いを羽田は感じ取っていた。
 富岡選手はそのまま警察署で事情聴取を受けることとなり、四人は警察署の前でトグロを巻いていた。これからどうするかを考えながていた。富岡選手という台風の目を失った四つの雲たちはまとまりなく彷徨い続けるしかない。チーママと千葉先輩は早々に身を引きたいと思っていたのだろう。羽田に
「俺たちは帰るわ」と千葉先輩が口に出すとチーママも
「もう十分遊んだし今日も夕方から仕事があるから」とばつの悪そうな顔をする。二人とも流石にやり過ぎたと感じたに違いない。
 羽田は久しぶりに羽目を外して見たものの、こんなものかと落胆していた。昼時になっても天気は一向に回復せず、しとしとと柔らかい雨が降り始める。羽田は雨に邪魔される景色に鬱陶しさを感じていた。
 妻が「これからどうするの?」と聞いてくる一言すら忌々しかった。もう吸い込んだ快楽物質の効き目もなくなっていた。ポケットの中の煙草を咥え火をつける。雨で高まった湿度と調和して、いつになく煙が滑らかであった。自分の肺を満たす緩い煙はいつになく心地よいはずなのにその心地よさも受け入れられない。ただ周囲のものに踊らされ何も成せない自分が羽田は何より嫌いだった。
 羽田は妻に言葉を返すことなく先ほどまで富岡選手が運転していたマイクロバスへと足を進めた。妻はただついてゆく。妻の目には考えなく進む羽田の姿が目的なく宙を彷徨う小さな蛾のように目障りで弱々しくも儚げに映っていた。
 羽田がマイクロバスの運転席に座ると妻は助手性に座った。妻は羽田の目を真っ直ぐとと見つめながら手を握り
「私はあなたについて行くと決めたから、何があっても側にいるからね」と包み込むように言った。
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