巡る季節に育つ葦 ー夏の高鳴りー

瀬戸口 大河

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芒種【partⅣ】

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芒種 【partⅣ】
 その時、女子部員が掃除の時に言っていた言葉が海斗の脳裏をよぎる。
 ―「私の従兄弟の元担任で相当な暴力教師だったみたいよ。最近、由依は最近よく顧問に呼び出されてるみたいだし、この間も二人でプールに行くための階段を登ってるところ見たし。今度は暴力じゃなくてエロいことでもしてるんじゃない」―
 顧問が女子生徒に手を出すようなゲス野郎ではない。海斗は顧問が潔白であると信じていた。しかし、あんな話を聞かされてはその真偽を確かめたいと思うのは当然だ。海斗は理科準備室の引き戸に耳をそば立てる。理科室には登り切った太陽の光が差し込む一方、海斗の足元から暗い影が伸びていた。
 静寂の中、扉から微かに聞こえる顧問と由依の発する声が微かに響く。ほんの数秒の時間が海斗は数分のように長く感じた。集中して声を聞くも何と言っているかほとんど聞きとれなかった。
 次の瞬間、足音が理科準備室に向かって聞こえ出した。すると、一言だけ海斗の耳に明確に聞こえた。
「このことは誰にも言わないでください」
 明らかに由依の声だった。海斗は中で何が行われていたがわからなかったが、引き戸に耳をつけて話を聞いていたことがバレてはまずい。いくら興味本位とはいえ、人の話を盗み聞きするなんてどう考えても人としてご法度だ。
 足音から逃げるように扉を離れた。理科室から素早く出て、そのまま廊下を走りながら階段前の死角に隠れる。海斗の心臓は激しく波打った。由依と顧問は理科準備室を出ずにしばらく話していたのか、海斗が隠れて三十秒ほど時間が経ってから理科室の扉が開く音が聞こえた。
 海斗は偶然を装って廊下に出た。理科室の前には顧問と由依の姿があった。やはり理科準備室にいたのは二人だ。
「山下先生、ここにいたんですね」
 海斗は荒くなった息を押し込め、何も知らなかったかのように顧問に声をかける。二人は素早く海斗に目を向けた。海斗の目にはあっけにとられた表情をする顧問の顔と瞳を潤ませた由依の姿が映った。
 どういうことだ。海斗は疑問に思う。その瞬間に由依の言葉が脳内をこだまする。
 ―「このことは誰にも言わないでください」―
 まさか、あの噂話は本当だったのか。顧問が由依に何かしらの性的な行為を強要し、誰にも言わないでと由依が念押ししていたのか。
 海斗の頭がパニックに陥る。そんなはずはない。顧問が。そんな。海斗は言葉を失った。由依はポケットからハンカチを取り出し、潤んだ瞳を拭った。すると、海斗に背を向けて歩き出した。
 顧問は立ち去ってゆく由依に目もくれず、海斗に「ジャージ似合うじゃないか。海斗に渡してよかったよ」といつもの笑顔で言い放った。
 由依の涙と反対にこの顧問の笑顔……。海斗はその笑顔がまやかしに感じてしまった。
 顧問の目の前に立つと海斗は「ジャージありがとうございます。掃除終わりました」と引き攣った笑顔で答えた。
 まだ顧問が由依に手を出したと決まったわけではない。海斗は自分に言い聞かせる。
 顧問は「そうか。じゃあプールに向かうよ」と言って海斗と一緒にプールに向かって歩き出した。
 職員室の前を通りがかると顧問が「一瞬だけ職員室に寄りたいんだ。ちょっと待っててくれないか。」と職員室入った。
 海斗が廊下で顧問を待つ中、無意識にポケットに手を入れようとするとさっき拾った髪留めに手が触れた。
 もしや、この髪留めがプールに落ちていたのも何か関係があるのか。女子部員もプールに向かうのを見たと言っていし……
 顧問はすぐにビニール袋を持って出てきた。
 また歩き出す顧問と海斗。混乱して何も言わない海斗に顧問が気さくに話しかける。
「なんだか怖い顔してるな。何か嫌なことでもあったのか?もしかして、ジャージ、気に入らなかったのか?ごめんな。俺も歳だしあまり若い人が着るような派手な服は気ないもんでな」
 海斗は「そんなことないですよ。このジャージすごいカッコいいです」と繕った笑顔で顧問に返す。
 本当にこの人が由依に……。海斗は何を信じればいいのかわからなくなった。
 顧問とともにプールに入ると部員たちは各々談笑しているのか、三つほどのグループになって話をしていた。顧問の姿が見えると三年生の部員だけは顧問を嫌な顔で見ていた。
「おっ、プールすごく綺麗になったじゃないか。みんなありがとう。今日はもう解散だ。ご苦労さん」と顧問が部員を労いビニール袋から棒アイスを取り出した。
 部員たちは喜びながら顧問の取り出したアイスを受け取って帰る。
 そんな中、さっき噂話をしていた女子部員が顧問に声をかける。
「先生、由依はどこに行ったの?」
 顧問は「体調が悪いみたいで先に帰ったよ」と答えた。
「先生が呼び出したのに先に帰ったとかある?先生が帰らせたんじゃないの?」
 女子部員が口にする。確かにその通りだ。普通、体調なら自分から申し出て帰るものだが、顧問が呼び出したのに体調不良?どういうことだ。海斗は不審に思った。
 顧問は「余計な詮索するな。人にはいろんな事情がある」と毅然と言い放った。海斗は余計に怪しく感じた。確かに由依は少し涙を流していたがあれは体調不良なのか?いや、絶対に違う。海斗はあそこで何かがあったのは間違いないと確信した。
 海斗も顧問からアイスをもらった。海斗はモヤモヤした気持ちを抱えながら、更衣室に洗ったジャージを取りに向かった。ジャージを取り下駄箱へと向かいながら、思考を巡らせるが、もう何を考えても悪い想像しか浮かばない。下駄箱につくと三年生の部員たちがたむろしていた。海斗を見つけた女子部員が海斗に声をかける。
「先生のこと見つけたの海斗でしょ。由依はいなかったの?」と海斗に尋ねた。
「由依は一緒にいたけど、帰っていったよ」と答える。
「まじ?じゃあやっぱりあの二人変なことでもしてたんじゃないの。ずっと二人でいたってことでしょ?」と女子部員は疑っていた。周りの部員たちも海斗の返答を待ち構えるように海斗の顔を真っ直ぐと見ていた。
「どうだろうね。由依も体調悪そうだったし、顧問が言ってたことは間違ってないと思うよ」
 海斗はこの女の口の軽さを知っていた。だからこそ余計なことは言わないようにした。それにそんな事実がなかったとしたら、あの二人の不利益でしかない。噂話や不確かな情報で二人が学校に居られなくなるのは話が違う。しかし、理科準備室で何かがあったのは確かだ。
 海斗の疑念は深まる一方だった。
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