捕獲大作戦

丹羽 庭子

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1巻

1-1

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 捕獲大作戦 1






 ふ‐じょし【腐女子】
 BL(ボーイズラブ)、やおい、薔薇など、男同士の恋愛を扱った漫画や小説を、こよなく愛する女性のこと。婦女子のもじり。


 二次元の男×男の恋愛模様に萌え、同人誌制作・購入などでエネルギーを充填じゅうてんする彼女達の普段の姿は、ごくごく普通の女の子。本性をひた隠しにし、学校、会社、そこかしこにひっそりと生息しているのです。
 そう、あなたの周りにも――




   1


 上司と部下のイケナイ関係……萌えですなー!
 乱雑に書類が積まれた机の隙間から、私はずり下がる眼鏡を押し上げて、こっそりと二人を眺めた。
 カチョー――はかま圭吾けいご、三十一歳、バツイチ独身。二ヶ月前まで課長代理だったけど、先月から正式に課長となった若きエリート。カチョーは大人の魅力がムンムンで、元奥さんに昔の男と逃げられたらしいっていう噂がまず信じられないハイスペックなお方。
 清水しみずセンパイ――清水博之ひろゆき、二十七歳、独身。次期係長候補の筆頭! こちらも将来有望株のイケメンだー!
 誰にも見られないよう背後を気にしつつ、談笑する二人の姿をメモ用紙の片隅に描く。ああ、たまらんですよ、この二人が……っ! くううう~。
 私はカチョーと清水センパイの二人をモデルに、めくるめく愛の世界を漫画にし、同人誌即売会やサイトにて絶賛販売中。
 私は世間でいうところの『腐女子』である。BLが大好物の、滝浪たきなみユリ子二十二歳、新入社員。三度のメシよりBLが好き、をモットーに生きている。
 女子として必要な要素――ファッションやメイクは、守るべき最低限のラインである「清潔さ」を失わないように気遣っているので、腐女子……とはバレていないはず。
 それにしても、就職試験の面接官だったカチョーを初めて見た時は衝撃を受けましたね。「これぞ理想のS彼氏!」って。きっと言葉でも体でも、技巧を尽くして相手を陥落させているに違いないですよ。
 この会社はステキ男子がたくさんいるから、まさにパラダイス。創作意欲が湧くってもんだよ!
 社内恋愛のカップルも何組か見受けられる。
 係長候補の清水センパイ、それからマメ橋……もとい高橋たかはしセンパイも職場ラブですね? 皆さん内緒にしてるつもりみたいですが、私は知ってますよ。どうして私が、こと他人の恋愛事情にさといのか? ふふーん、腐女子の観察力をなめてもらっちゃ困ります。
 ……ただ悲しいかな、私自身は彼氏いない歴イコール年齢という現実。というか、よくあるこの腐女子のテンプレがリアルに使えてしまうのも如何いかがなものでしょーか。
 恋の一つも芽生える思春期黄金時代に、ある漫画に出会ってしまったのが運命のツキでした。
 それはBLといわれる、男同士の恋愛模様を描いた漫画や小説との出会いだったのです。以来私は、西に即売会があれば小遣いとバイト代をつぎこみ、東にオフ会があれば予定最優先で参加。充実していた我が青春!
 ま、そんな訳で、彼氏を作る暇などまったくなし。したがって、Hなシーンはイメージで描くか、または絡みナシで描いているんですが……最近、ちょっとばかり悩みがあるんデス。「貴女の漫画には、ちっともリアリティがない!」と読者さんからコメントを貰いまして……アイタタ、バレてますよ世間の方々に、私がエロエロを知らんってことがね! ああ、どうしたものか。


「滝浪さん、例の資料はどこかな?」
「あ、ハイ。こちらにありまっす!」

 終業間近カチョーに言われ、私は角型0号サイズの茶封筒を取り出した。明日取引先の会社へ持って行くために、資料を揃えて入れておいたのだ。
 封筒を受け取ったカチョーは中身を確認し…… 

「なんだこれは?」
「え? ひ、ひゃぁぁぁぁぁっ!?」

 カチョーが手にしているもの、それは……私の趣味がモリモリに詰まったBL漫画原稿。所属するサークル『BARA☆たいむ』に送るはずの封筒を、間違えてカチョーに渡しちゃった!
 一旦手にした原稿を封筒に戻したカチョーはひと言。

「……滝浪さん? 会議室まで来てくれるかな」
「……はいぃ」

 死刑宣告のような冷たい声に逆らえるはずもなく、私はトボトボとカチョーの後についていった。


 会議室、といっても十人ほどが入れるくらいの小部屋。カチョーはパチパチッと電気のスイッチを押し、私には椅子へ座れと促したけれど、自分は行儀悪くも机に軽く腰かけた。
 こんな状況なのに、「あー、その姿、さまになるなー」なんてジックリ観察しちゃったよ。カチョーはさっきの封筒からふたたび中身を取り出し、私の力作である原稿をパラパラとめくる。
 ――くっ、何の羞恥プレイなのですかっ!

「この漫画、登場人物の名前に見覚えがあるのは気のせいか?」

 うぐっ、気づかれましたかっ!
 読み終えたらしいカチョーは、トントンと原稿を揃えて封筒にしまった。そして、腕を組んで私をとくと眺める。

「さ、さあ? 気のせいじゃありませんか?」
「袴田、清水……課長と係長……三十一のバツイチと二十七の……」

 しらばっくれてみたものの、カチョーが漫画の設定をそらんじて読み上げるから、恐怖でおののいた。

「あの……えーと……見なかったことには……」

 ギロッとひとにらみ。

「ああそうですよね、ハイ。なりませんよね、すみませんっ!」

 シュンと肩を落とす。――終わったな、私。
 上司達をモデルにコテコテなBL描いちゃ、場合によっては自己都合退職ですよね。そうなったら、これからの活動資金をどこからひねりだしたらいいんでしょーか!?

「このように私をそのまま投影したかのような創作は非常に気分が悪い。実際の私は至って健全な趣味を持ち、当然男にはまったく興味がないからな」
「はい、そうですよね……」
「これを世に出すつもりだったのか?」
「えー、えっと……これは趣味を同じくする者が集まってサークルを作り、同人誌という自費出版物を作り上げ、んーと、即売会なんかで手売りをしたり通販したり……ああ、でもこの手の漫画は腐女子が好んで読むものであり、そこまで……」
「ふじょし?」
「つまり……男性同士の恋愛がたまらなく好みな女子達です。BLの同人誌を買う人自体〝そんなに〟いるわけじゃないし、私の所属するサークルも〝そんなに〟有名ではないし、世に出回る部数も大したことがないから、なんと言うか……」

 最後はゴニョゴニョと口ごもる。そう、大したことはない。私のは、あまり……いっ、いいんだよ、好きでやってるんだからっ!
 カチョーは一つ溜息をこぼし、原稿が入った封筒で机をコンコンとノックするように叩く。

「この件に関して、本来ならば重役会議にかけた上で処分を決定するものだが……。私としては自分がモデルとなっているこの漫画を、お偉いさん方に見せる勇気はない。よってこの件は、私の胸に収めておく」
「え! いいんですかっ!?」

 まさかの不問?

「まだだ、最後まで聞け。それには『三つの条件』があるが、のめるか?」
「『三つの条件』? 何ですかソレ」 
「のむと約束できるまで言わない。のむか、それとものまないのか?」

 それ、二択のフリして一択ですよ? 拒否権ないじゃないですか! そんなご無体なっ! ……いや、まてよ?
 カチョーは確かにSキャラだけど、普段は紳士だし? だから私、『三つの条件』というのがどんな内容なのか気になりつつも、あまり深く考えずにうなずいたのデシタ。


「すまん、待たせた」

 ここはとある喫茶店で、時刻は午後七時。私は定時上がりだったけど、カチョーの残業を待っていたらこの時間になった。それでもかなり早い方らしいけどさ。
 あのおっそろしー『三つの条件』の詳細を聞くために、カチョーと社外で待ち合わせたのだ。うう……どんな要求をされるのかな。はっ! まさかあの漫画のカップリングに文句があるとか!? 清水センパイじゃえるとか!? 実は本命はマメ橋センパイだとか!? 奉仕キャラが好みですかカチョー! そっちルートでしたかカチョー! それはそれでアリですな! とネタ帳に書き付けようとしていたら、ピンッとオデコを指で弾かれた。

「痛っ! 何するんですか!」
「お前いま、話聞いてなかっただろ。いいか、その腐った耳でよく聞け」

 わーん、何気に失礼!

「まず一つ目の条件。お前のその時代錯誤な見た目をすべて変えろ」
「え、えええっ!?」
「今時どこで売ってるのか探すのも大変な、ガラス製の太枠黒縁眼鏡。いた形跡の見当たらない重たい髪を真ん中分けにし、かつ二つ縛りにした昭和な髪型。そして化粧っけゼロの顔。彩りが一つもなく、可哀相にすら思えるその残念な服装。どれもこれも最初から気に食わなかったんだ。変えろ」

 ちょ、私をまるっと全否定!? ナチュラル志向と言ってください!
 猛然と抗議したものの、カチョーは「これが条件その一、わかったな」と譲らず。くっそー、パワハラだぁぁ!
 私の反論を何事もなかったかのように聞き流したカチョーは、続けて二つ目を切り出す。

「条件その二、私の家に住み込み、家事全般をやること」
「ちょ……住み込むってことは囲われ――! ぐむむ」
「阿呆! 人聞きの悪いことを言うな!」

 慌てて私の口をふさぐカチョー。ええー、だって住み込むだなんて、そんなぁぁ。

「いいか、腐った意識を現実に戻せ!」

 と、脳内で妄想が暴走しがちな私を理解した(?)カチョーは、鋭い視線で私をギッチギチに縛りながら、ようやく口から手を離してくれた。っていうか、カチョーの手は大きくて硬いんですね。いい手です。これをアレすれば萌えますね。それでもって、こう……

「言ったそばからこれか!」
「イダダダダダッ!」

 カチョーひどいです! 耳、引っ張らないで。私の耳はそんなに伸びませんて! あまりの痛さにじんわりと涙が出ちゃったよ、もうっ! 耳をさすりながら、視線に抗議を込めてカチョーを見たら、敵はどこか少しひるんだ様子だった。

「とにかく話を聞け! 住み込みで家政婦をする期限は一ヶ月と定める。理由はお前も知っているだろう? 私は今、独り身であり、残業続きのため家事まで手が回らず、非常に困っているからだ」
「ああ、奥さんに逃げられ……イタタタタッ! は、はい。そうデスね、そうデスね!」
「一ヶ月後に……大切な客が来るんだ。それなりの部屋にして迎えるには、人手がいる。だからちょうどいいかと思ってな」
「えー、家事代行サービスを使えばいいじゃないですか」
「却下」

 即答デスかっ!

「まあ、ちょうどいいタイミングで、お前が条件をのむと言ってくれたから、任せることにした」

 のむっていうか、のまされましたケドね!
 注文した紅茶はとっくに飲み終えている。水滴がびっちょりついたグラスを掴み、水を一口飲んで、はああっと、これみよがしに溜息を吐いた。

「だけど、なんで住み込みなんですか?」
「簡単。通勤の時間が省けるからだ。時間のあるかぎり、目一杯働け」
「暴君め!」

 なんてこったい、どんだけ散らかしたんだカチョー!



   2


「研修のため、一ヶ月合宿をすることになりました」

 って家族には伝えました。私は実家暮らしなので、時には嘘も必要なんです。カチョーのサインが入ったそれっぽい書類を見せたら、家族はアッサリ納得してくれました……
 ほんとカチョーって、私の見立て通りのSキャラで俺様です。こんなの当たっても嬉しくないやい、妄想だからこそ楽しいキャラクターなんだい!
 コミケやオフ会参加のために持っていた、無駄にでかいキャスター付きのスーツケースをゴロゴロと引きずりながら辿たどり着いたのは、一戸建ての立派なおうちでした。
 ――で、でか!
 駅前の繁華街に程近く、それでいて閑静な住宅街。会社まで、徒歩で二十分かからないかも。カチョーの長いおみ足ならば、十分もあれば着いてしまうでしょーね。
 そんなカチョーのおうちの玄関の前に、私は今、たたずんでいる。例の取り引きから数日経った土曜日。本日から一ヶ月、ワタクシこちらに住み込むことになりました。トホホ。何風だかよくわからないけど、とにかくオサレな玄関の表札を見れば間違いなくカチョー宅ですね。袴田って書いてあるしね。間違いないですね。
 ……回れ右して帰りたいよマミー! しかしここで帰ったら私の原稿がぁぁっ! そう、あの原稿はカチョーに没収されてしまったのだった。生活指導の先生かっ! 幸い、締め切りにはうんと余裕を持っていたから、一ヶ月後の提出期限には間に合うだろう。つい筆が進んで早めに描き上げたのが幸いしたというか何というか……いや、そもそもそれが原因でこうなった訳であり……
 ゴッ。

「いったああああああああ」
「遅い」
「ちょっとぉぉ! いきなりドアを開けるだなんてひどいじゃないデスか!」
「早く入れ、そして仕事しろ」

 人の話聞けって、昨日おっしゃってませんでしたかカチョー!
 いやいや、それにしても。休日のカチョーは何というか、THE☆色男デスねっ! 眼福デスねっ! ……これが妄想の中だけなら最高なんですけどねぇ。仕事中のカチョーは、スーツをバリッと着こなし、髪は綺麗に整えられ、靴だってぴかぴかに輝いて、どこをとっても一流の男性スタイル。でもって、オフモードは大人の余裕を感じさせつつ、それでいて少し隙のあるような……
 ハッと気づいたら、目の前にデコピン発射一秒前の指がありました! 慌ててうしろに下がり、オデコをガードしましたよ! 危ない危ない。

「妄想にふけるのも結構だが、時と場所を選べ」
「は、はひっ! 失礼致しました~」

 カチョーの先導でお邪魔しましたお宅の中は、まだ新しい匂いがした。広々とした玄関、上がりかまちは低く、造りつけの飾り棚があって。どれをとってもオサレで、ほおおっと見惚みとれてしまった……って、あれ? まだ玄関しか見てないけど、変なニオイはないし家の中キレイみたいですけど? と不審に思いつつ、カチョーに案内されて二階へ上がり、カチョーがドアを開けた階段すぐ横の部屋をのぞく。

「一ヶ月、この部屋で寝起きしてもらう」

 そこは八畳ほどの洋間で、ベランダへと続く掃出し窓と出窓が付いていて、とても日当たりがいい。客用と思われる布団一式と、小さな折り畳みテーブルが片隅に置かれていた。
 ――あ、あれ? なんか待遇いいっすね? 私のイメージでは階段下とか物置とか……暗い部屋でひっそりと過ごすのかと思ってましたよ。なんてったって専属メイドですからね!
 カチョーは腕時計を見て、「あぁ」と声を洩らした。

「もうこんな時間か。今日は条件その一をクリアしてもらおう。行くぞ」
「えええ、どこへっ?」
「……トリミング」
「?」


「――着いたぞ、降りろ」

 言われるがままシートベルトを外し、降り立ったそこは、なんともセレブ臭の漂う店構えの美容室。私はまだ見たことありませんが、カリスマ美容師というものが生息していそうだよ。
 カチョーは私のことなどお構いなしに、慣れた動作で店のドアを開ける。うをぅっ! こっちはまだ心の準備が!
 すると、「お待ちしておりました、袴田様。ご来店ありがとうございます――そちらの方が、ご予約時におっしゃっていらした……?」との声が。

「ああ、よろしく頼むよ、店長。見られる髪型にしてくれ」
「かしこまりました」

 そしてカチョーは、私の首根っこを捕まえて店長に引き渡した。ぺ、ペット扱い!?


「袴田様、お待たせいたしました。仕上がりのご確認をお願いします」

 トリミングされた私はふたたび、カチョーの手に戻されました。
 ――ちょ、髪を縛れる方が楽なんデスよ! 切らないでぇぇ!
 ――「条件その一」、そう伺っております。
 ――ぎょええ!
 死闘の末に完成した姿を鏡で見て、私の心臓は飛び上がりましたね! 誰よコレ!

「ふむ。大分マシになったな」
「かっかっかっ……かちょぉぉぉ……」

 なんとびっくり、鏡の前の私はステキ女子風に仕上がっている。どうやったらこんなサラサラな『風をもてあそびヘアー』になるんですかね? 
 そういえば、こういう髪型は受けのタイプに多い。逆に攻めタイプにはモチロン、黒髪短髪の硬派な感じがよろしくて―― 
 ベチッ!

「いったーーーーーーーい!!」
「次行くぞ、阿呆」

 くっ! 折角いい波が来てたのに! またもやデコピンされて、どうやらまたどこかに連れて行かれるらしい。私は売られた仔牛のように、荷馬車もといカチョーの車に揺られて行く……ううう。
 そして――

「が、眼科?」
「保険証、持ってるだろ。出せ」

 着いた先は何故か眼科。もういいですケドね。逆らったところで敵いませんから、今さらとやかく言いませんが……一体ワタクシめはここで何をされるのでしょーか。
 先に長椅子へ私を座らせ、受付を済ませたカチョーは私の隣に腰をおろした。
 ――なんだろ、この扱いは! まるで保護者に連れられてきた子供みたいじゃないのさ。
 何人か先に待っているので、当分は私の順番にならない。待合室にあるテレビをぼんやりと見ていて、ふと思い出した。

「カチョー、三つ目の条件って何ですか?」

 二つの条件はもう聞いた。でも、あまりの傍若無人っぷりにおののくあまり、三つ目を聞きそびれていたのだ。そりゃー聞くのはおっかない。けれど、知らずに過ごすのは、後々もっと怖いことになりそうですよ!

「三つ目、か」

 うっ……その口の端をニヤリと上げて笑うの、オッソロシーよカチョー!

「それは……そうだな、一ヶ月後に言う」

 まさかの時間差攻撃! 流石ですね、流石はSキャラですね。私をてのひらの上で転がすことなど朝飯前ですか。くっそー、うまいこともてあそばれてますよっ!
 とはいえ一ヶ月後、メイド苦行が終わるその時にって、なんでだろう?

「滝浪さーん、お待たせしました」

 この状況から目一杯想像力を膨らませ、頭の中で『俺様上司に放置される部下男子』というシチュエーションで妄想を展開しようとしていたその時、診察の呼び出しがかかってしまった。むおー、タイミング悪すぎ! メモらせてぇぇ。


 診察室へ向かう私に、何故かカチョーまでついて来る。

「か、かちょお?」
「いいから」

 ――いいからって、ナンデスカ?
 とにかく二人で診察室に入ると、中には白衣に身を包んだ謎の美女が待ち構えていた……って、単に女医さんがいただけなんだけどねっ!
 看護師さんに案内され、診察机の横の椅子にちょこんと座る。

「あら、久し振りね?」
「ああ」

 私を見て、それからカチョーを見た女医さんは口角をくっと上げた――二人はお知り合いでしたか! おそらく三十代前半の知的な雰囲気の美女で、シルバーフレームのオサレ眼鏡がとてもお似合いです。

「あなた……こんなチンチクリンとつきあってるの? それともペット?」

 い、い、い、イマドキそんな、チンチクリンなんて言う人いるんだ!? っていうか口悪いーっ! それはさておきペット扱いはその通りですよ。なんせトリミングされちゃいましたからねっ、と言ってやろうかと口をパクパクしてたら、カチョーが私の頭をポコンとグーで小突いた。
 しかしカチョーは私には目もくれず、不機嫌そうに女医さんに言う。

「俺のことはいいから、早くろ」

 ていうかカ、カチョーが「俺」って言いましたよっ! 俺? 俺!? 俺様キャラが言うと、ホントばっちり似合いますねー、って萌えてる場合じゃないよ私!

「ほら、こっち向いて。トロトロしてないで、速やかにあごをここに乗せなさいよ」

 ひぇぇぇぇ、この女医さんもSデシタか!
 私は前門の虎、後門の狼という状況で抵抗などできるはずもなく、ただ黙って眼鏡を外し、なんだかよくわからない医療機器の上に顎を乗せた。
 それにしても、このシチュ使えそうです。知的イケメン医師が、暗い密室で患者を言葉責めデスよ。シルバーフレームの眼鏡をゆっくりと外しながら、患者の顎に手をかけ……
 ゴスッ!

「んぎゃっ!」
「顔に出てる、顔に」

 カチョーの裏拳が私の頭に落ちてきたでありマスよっ! キ、キビチー!
 右目、左目を調べ、何事かカルテに書きつけたS女医は、私を不躾ぶしつけな視線でじーろじーろとめ回した末、かたわらで見守っていたカチョーを見てニヤニヤ笑った。

「袴田君、やっとなの?」
「……まあな」

 挑戦的に見上げるS女医の視線と、挑発的に見下ろすカチョーの視線がっ……視線がぁぁっ! ひ、火花が見えますよーー! 誰か、誰かぁぁぁ! 間に挟まれている私を助けてぇぇ!
 しかし戦いは一瞬で収束した。S女医がふい、と視線を逸らしたのだ。

「その話はまたいつか聞かせて。じゃ後は視力を測って、装着の仕方を習っておしまいよ」

 じゃあね、とS女医は机に向かって仕事を始めた。もうこれ以上は話す気がなさそうで、机上の書類を見たまま、左手をこちらに向けてヒラヒラと振った。

「世話になった」

 カチョーは女医サマを振り返りもせず、診察室を出た。い、いいの?
 どうやらカチョーは、私のコンタクトレンズを作るためにここへ連れて来たようだ。初心者だから、一日使い捨てタイプのソフトレンズ。
 むおっ、なんだこの柔らかい物体は。まるでクラゲを相手にしているかのようなっ!? 慣れない……。目の中にウロコを入れて、よく平気だな、みんな。おぉぉ、目がショボショボするぅ!
 私が装着の説明を受けている間、カチョーは外で待っていた。

「か、かちょお。終わりマシタ……」

 ヨロヨロと辿たどりつけば、カチョーは何故か、じいいっと私を見る。
 ――ん? へ、変なのデスカ!?
 ひょっとしてコンタクトの表と裏、間違えたかな?(んなこたない)

「似合うぞ」

 えっ。褒められた――のですか?
 カチョーはふんわりと柔らかく笑い、私の肩をぽんぽんと叩いて、受付カウンターへ向かった。
 そんなカチョーの表情に、嬉しいようなくすぐったいような、初めて抱く感情で胸がきゅうっと締めつけられた。


 次にやって来たのは、デパートメントストア!(正式名称)
 キラッキラとまぶしいですね、デッカイですね! 
 デパートの駐車場に車を停めると思いきや、裏口に回りまして……んなっ!?

「お待ちしておりました。袴田様、どうぞこちらへ」
「車を頼む」

「かしこまりました」と、うしろに控えた人が運転交代ですよっ! なにこのおセレブ待遇!
 車から降りたカチョーと私は、執事ちっくな案内人に先導されて歩き出す。えー、えー、ここで何するんですかカチョー! はっ、まさかここで執事プレイ、主従関係でGOデスか? ナルホドそう来ましたか。

「お電話でお伺いしたのは、そちらのお嬢様の件で?」
「そうだ、よろしく頼む」

 またしても引き渡されたーっ! 私、何されるんデスかカチョーォォォッ!


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