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戦う理由
第11話
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入都の許可が出た。日の出とともに護衛を従えて南に向かった。
強い朝日が丘を照りつける。瓦礫だらけだ。煉瓦に大理石の塊、地面に埋もれた白い柱。神が業火を降らして滅ぼしたのかもしれない。
苦労しながら丘を上る。行く手に崩れかけの列柱がそびえていた。大隊長のヨアニスが柱を指しながらベアに話しかけている。精悍な顔つきに茶色の坊主頭。目を剥くと狭い額に深いしわが寄った。大きな鷲鼻が恐ろしい。
先頭が歓声を上げた。頂に近づくとカイにも見えた。わざと楽しげに振る舞う。こぶしを突き上げて叫ぶ。冒険者や巡礼者と肩をたたき合う。
右手に海原が広がっていた。丸っこい商船がいくつも浮かんでいる。青のブドウ酒に漂う玩具の船だ。丘がちの土地には大小の建物がびっしりと埋まっている。白い線のような囲壁が北に延びる。海沿いには不自然に四角い高地があった。あれが楽園だと巡礼者が言った。まだ遠いので神殿らしきものはうかがえない。
ケッサが両手を振り上げて飛び跳ねている。神官が癒やすと奥歯まで生えてきた。
「また来たぞう。またかじらせてえ」
リュシアンも寝不足から回復した。ずっとエミリーについている。まじめにも人の道を説いているようだった。エミリーはゾモスの修道院に入ったとたんに吐いた。いまも熱病に罹ったような顔をしている。ぶつぶつとひとりごとをつぶやいている。
ガモが後ろから呼びかけた。
「おい、そろそろやっちまおうぜ」
カイは振り向いた。冒険者たちがエミリーを取り囲む。兵士と巡礼者が怪訝そうな顔で見ている。
リュシアンがエミリーに語りかけた。
「カイはあなたを殺すつもりです。悔悛し、神の赦しを乞いましょう」
答えない。カイは輪の中に進み出た。長剣を肩から下ろす。構えを取るまでもない。
エミリーはうつろな目で見上げた。
「ぼくとおまえは、同じ豚だ。イヴォーク様は言われた。ぼくたちはずっと友達だった。産まれる前から」
カイは振り下ろした。エミリーは右手を持ち上げた。
刀身が手首から入った。骨をこすって肘まで肉を削いだ。肉が地面に落ちた。絶叫を聞きながら考えた。こいつはなんだ。どうして自分の人生にあらわれたんだ。
エミリーは震えながら叫んだ。
「おまえは、ぼくのたったひとりの友達だ。死んでもぼくの友達だ。永遠に友達だ」
左の二の腕を打った。骨を砕いた。右脚の腿を貫く。エミリーは膝をついた。つづけて左脚。膝をたたき割った。エミリーは横ざまに倒れた。カイは右の肩口に振りかぶった。
腰を入れてたたき落とした。頭蓋が割れて脳みそが飛び散った。巡礼者が悲鳴のような声を上げた。兵士たちがささやき合っている。
セルヴが手を上げて振った。
「もういい。これ以上は死ねないだろう。ところで幽鬼どもはどこにいったのかな。暑さにやられたか」
冒険者たちが笑った。アデルは背を向けている。カイは剣を下ろして息をついた。
いきなり体が震え出した。朝日が氷のように染み入ってくる。胸の奥底から黒い水が湧き出る。豚の友達。どうでもいい。もうどうでもいいんだ。豚でいい。なにも変わらなかった。永遠の友達。
ヨアニスが巡礼者を押し分けて輪の中に入った。エミリーに目を落とす。カイはどうにか震えを抑えた。
顔を上げて冒険者たちを見まわした。
「貸し家を用意いたしました。飯や女の心配は無用です。〈黒き心〉を詣でたあとはどうされますか。聖都はいつでも強い兵士を求めておりますが」
冒険者たちは答えない。ヨアニスは肩をすくめた。
「おいやなら結構。ですがそもそも旅をつづけておられるのは、財を得、ひとところに落ち着くためなのでしょう? あなたがたならすぐ副長になれる。不動産で大儲けできますよ」
ケッサが自分の顔を指した。
「放浪が好きな人もいるよ。おカネも好きだけど」
ボーモンは険しい顔で腕を組んでいる。ガモは短剣をくるくるもてあそびながら言った。
「そのわりには幸せそうに見えねえな」
「そうでしょうか」
「投資だなんだはもううんざりだ。飽きたら出てく。あとのことは知らね」
ヨアニスは神妙にうなずいた。出し抜けに振り向いてカイを見据えた。
「あなたはいかがです、カイン殿。なぜ旅をし、戦うのです」
「愛する人のためでした。まことの愛ではありませんでしたが、強くなれました」
「失礼だが強者には見えない。弱い者を切り刻み、なにも感じておられないようだ」
「感じていますよ。気持ちよかった」
ベアがささやく。耳に温かな吐息を感じる。いつまでも待っているからね。あなたを救えるのはわたしだけ。
強い朝日が丘を照りつける。瓦礫だらけだ。煉瓦に大理石の塊、地面に埋もれた白い柱。神が業火を降らして滅ぼしたのかもしれない。
苦労しながら丘を上る。行く手に崩れかけの列柱がそびえていた。大隊長のヨアニスが柱を指しながらベアに話しかけている。精悍な顔つきに茶色の坊主頭。目を剥くと狭い額に深いしわが寄った。大きな鷲鼻が恐ろしい。
先頭が歓声を上げた。頂に近づくとカイにも見えた。わざと楽しげに振る舞う。こぶしを突き上げて叫ぶ。冒険者や巡礼者と肩をたたき合う。
右手に海原が広がっていた。丸っこい商船がいくつも浮かんでいる。青のブドウ酒に漂う玩具の船だ。丘がちの土地には大小の建物がびっしりと埋まっている。白い線のような囲壁が北に延びる。海沿いには不自然に四角い高地があった。あれが楽園だと巡礼者が言った。まだ遠いので神殿らしきものはうかがえない。
ケッサが両手を振り上げて飛び跳ねている。神官が癒やすと奥歯まで生えてきた。
「また来たぞう。またかじらせてえ」
リュシアンも寝不足から回復した。ずっとエミリーについている。まじめにも人の道を説いているようだった。エミリーはゾモスの修道院に入ったとたんに吐いた。いまも熱病に罹ったような顔をしている。ぶつぶつとひとりごとをつぶやいている。
ガモが後ろから呼びかけた。
「おい、そろそろやっちまおうぜ」
カイは振り向いた。冒険者たちがエミリーを取り囲む。兵士と巡礼者が怪訝そうな顔で見ている。
リュシアンがエミリーに語りかけた。
「カイはあなたを殺すつもりです。悔悛し、神の赦しを乞いましょう」
答えない。カイは輪の中に進み出た。長剣を肩から下ろす。構えを取るまでもない。
エミリーはうつろな目で見上げた。
「ぼくとおまえは、同じ豚だ。イヴォーク様は言われた。ぼくたちはずっと友達だった。産まれる前から」
カイは振り下ろした。エミリーは右手を持ち上げた。
刀身が手首から入った。骨をこすって肘まで肉を削いだ。肉が地面に落ちた。絶叫を聞きながら考えた。こいつはなんだ。どうして自分の人生にあらわれたんだ。
エミリーは震えながら叫んだ。
「おまえは、ぼくのたったひとりの友達だ。死んでもぼくの友達だ。永遠に友達だ」
左の二の腕を打った。骨を砕いた。右脚の腿を貫く。エミリーは膝をついた。つづけて左脚。膝をたたき割った。エミリーは横ざまに倒れた。カイは右の肩口に振りかぶった。
腰を入れてたたき落とした。頭蓋が割れて脳みそが飛び散った。巡礼者が悲鳴のような声を上げた。兵士たちがささやき合っている。
セルヴが手を上げて振った。
「もういい。これ以上は死ねないだろう。ところで幽鬼どもはどこにいったのかな。暑さにやられたか」
冒険者たちが笑った。アデルは背を向けている。カイは剣を下ろして息をついた。
いきなり体が震え出した。朝日が氷のように染み入ってくる。胸の奥底から黒い水が湧き出る。豚の友達。どうでもいい。もうどうでもいいんだ。豚でいい。なにも変わらなかった。永遠の友達。
ヨアニスが巡礼者を押し分けて輪の中に入った。エミリーに目を落とす。カイはどうにか震えを抑えた。
顔を上げて冒険者たちを見まわした。
「貸し家を用意いたしました。飯や女の心配は無用です。〈黒き心〉を詣でたあとはどうされますか。聖都はいつでも強い兵士を求めておりますが」
冒険者たちは答えない。ヨアニスは肩をすくめた。
「おいやなら結構。ですがそもそも旅をつづけておられるのは、財を得、ひとところに落ち着くためなのでしょう? あなたがたならすぐ副長になれる。不動産で大儲けできますよ」
ケッサが自分の顔を指した。
「放浪が好きな人もいるよ。おカネも好きだけど」
ボーモンは険しい顔で腕を組んでいる。ガモは短剣をくるくるもてあそびながら言った。
「そのわりには幸せそうに見えねえな」
「そうでしょうか」
「投資だなんだはもううんざりだ。飽きたら出てく。あとのことは知らね」
ヨアニスは神妙にうなずいた。出し抜けに振り向いてカイを見据えた。
「あなたはいかがです、カイン殿。なぜ旅をし、戦うのです」
「愛する人のためでした。まことの愛ではありませんでしたが、強くなれました」
「失礼だが強者には見えない。弱い者を切り刻み、なにも感じておられないようだ」
「感じていますよ。気持ちよかった」
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