Blackheart

高塚イツキ

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戦う理由

第15話

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 再び向き合う。ヨアニスは構えない。腹が立つが仕方がない。本気を出す前に仕留めろ。剣が刺さればだれでも死ぬ。
 カイは左手を柄頭から離した。踏み込みなしで顔を突く。
 次の瞬間ヨアニスの右腕が刀身に絡みついた。剣の腹が頭のてっぺんをぶん殴った。なにも見えなくなった。振り上げてもいないのに。気にするな。ヨアニスはまだ引いていない。
 左足を踏み出した。空手の左手でヨアニスの右腕に抱きついた。肘を封じた。引き寄せながら腹這いに倒れ込む。剣を離せ。腕を折るぞ。
 片手剣の刃が頬に触れた。ぞっとした。構わず倒れる。離せ。
 ヨアニスが長剣ロングソードを踏みつけた。右手からこぼれ落ちた。気にするな。右手で片手剣スパタの刃をつかむ。倒れながら外側にねじる。手から離れた。
 ヨアニスの右腕がすっぽ抜けた。手応えが消える。
 カイは左肩から地面に倒れた。起きろ。反転して膝を立てる。目だけで剣を探す。
 右に片手剣があった。手を伸ばす。柄を握る。
 長剣がごうと落ちてきた。カイはとっさに片手剣を差し出した。
 火花が散った。衝撃で尻餅をついた。腕が痺れる。肩が抜けそうだ。とにかく押し返せ。
 ふっと圧が消えた。目を上げる。ヨアニスは長剣を最上段に構えていた。
 剣を下ろした。すり足で一歩引く。大声で呼ばわる。
「わたしから剣を奪ったのはおまえがはじめてだ。強者よ、立て。剣を交換しよう」
 皇帝にも聞こえているだろう。カイは慎重に立ち上がった。ヨアニスは長剣を放った。足元にがしゃりと落ちた。丸腰で立っている。カイは息をついた。思わずベアを探した。いた。白い顔で微笑んでいる。勝った者が勝ちだ。殺してしまえ。弱虫。豚。エミリーの陰気な笑み。ぼくたちは友達なんだ。弱い者どうしで。
 片手剣を投げた。観衆がわずかに湧いた。兵士が遠くで盾を打ち鳴らす。強者を讃える。
 ヨアニスは目を上げながらゆっくりと拾った。カイも拾った。わずかだが恥の色がうかがえた。落としたのは事実だ。皇帝も宮廷の男たちも目撃した。
 相対する。いきなり仕掛けてきた。軽く踏み込む。しなやかに長剣を打つ。カイも振る。すぐさま受け止めて払った。打ち合っているように見えているのだろう。腹が立ってきた。こいつはまともな男じゃない。婚約者を毒殺した人でなしだ。ベアを渡すわけにはいかない。
 一か八かだ。カイは頭上に剣を掲げた。左から右に大きくまわす。コートの戦斧のように。右の肘を張る。右足を目いっぱい踏み出す。腰がねじれる。剣の重さで勢いに乗っている。この隙で三回は死んでいる。ふつうの決闘なら。
 右肩から袈裟に振り下ろした。受けてみろ。
 けたたましく打ち合った。十字に組んだ。まだ素人の防御だ。ちがう。長剣の勢いがどこかに逃げてしまった。ヨアニスは軽く反り返りながら切っ先を背中側に傾けている。しっかりと受けている。組まずに背のほうに流せば勝負ありだったのに。
 目が合った。にやりと笑った。弱く押している。カイもつられて笑った。まるでお遊戯会だ。おまえを殺してやる。
 カイは柄を左に動かした。剣の線がヨアニスに向く。押し下げながら突く。とたんに強く押し上げてきた。カイは右足をさらに出した。目いっぱい押しながら突く。ヨアニスはさらに強く押し上げる。
 右手を柄から離した。片手剣が跳ね上がった。勢いで長剣ががくんと後ろに寝る。かかった。長剣は右の肩に寄り添っている。カイは右手で刀身の中ほどを握った。おまえを殺してやる。
 右から強く薙ぐ。ヨアニスは跳ね上がった勢いを使って車輪のように剣をまわした。肘をたたみつつ持ち上げる。なにをやってもどうせうまく受ける。
 カイは右手を根元に滑らせた。刀身が長くなる。
 ヨアニスは受け止めた。がきんと鳴る。だが間合いが変わった。切っ先が右の手首を殴りつけた。
 すかさず引く。斬った。充分な手応え。
 構わず踏み込んできた。右の腕を長剣に巻きつけた。脇に挟み込む。格闘の間合い。片手剣がきらりと光った。ボーモンとの特訓を思い出した。左手に持ち替えるつもりだ。
 カイは長剣の柄を強引に持ち上げた。ヨアニスの右腕に内側から巻きつける。片手剣の刀身に鍔を引っかける。腕の外側にまわす。ヨアニスは顔をしかめた。
 脇を緩めた。戒めが消えた。片手剣がするりと抜ける。左足を後ろに引いて右足を寄せる。カイは長剣を引き寄せた。間合いが広がった。仕切り直しだ。敵を見る。革の手袋が切れて血が出ている。気にするそぶりも見せない。手応えはあった。かなり痛いはずだ。そのうち柄を握れなくなる。
 互いににじる。ヨアニスは右足を出した。半歩間合いを詰めた。
 剣をすっと振り上げた。隙だらけだ。カイは長剣を左の肩口に持ち上げた。
 同時に踏み込む。同時に振り下ろす。がつんと組み合った。がりがりと削り合う。押しは弱い。まだ手を抜いているのか。
 カイは右手を離した。十字に交差した部分をわしづかみにした。二本の剣を強く握る。踏み込む。右肩に引き寄せる。目の前にヨアニスの顔がある。
 右手を握ったまま左手を持ち上げた。殴るようにして柄を押し込む。鍔の先がヨアニスの右の頬に迫る。
 ヨアニスは頭を下げた。空振り。カイは右手を緩めた。長剣を切っ先あたりまで引き抜く。刀身の根元をヨアニスの頭の後ろに引っかけた。坊主頭をこそぐようにして押し下げる。裏刃が首に触れる。ヨアニスが目を上げた。狭い額にしわが寄る。ようやく色が浮かんだ。驚いている。ただ打ち合うだけが剣術じゃないんだ。
 思い切り引いた。右手から刀身が抜ける。斬った。血が飛んだ。肉と骨の手応え。やった。
 片手剣が右手から抜けた。まずい。次の瞬間右腕を殴りつけた。骨まで押す。
 前腕だ。ばきっと鳴った。折れた。
 額に頭突きをかましてきた。同時に胸に衝撃を覚えた。
 切っ先が革鎧に突き刺さっていた。肉まで届いている。深く、臓腑まで。みぞおちが冷えていく。汗が噴き出す。
 カイは左腕に力を込めた。強引に長剣を振り上げる。右手を持ち上げて切っ先をつかんだ。わめきながらたたき落とした。引かないと顔を削ぎ落とすぞ。
 ヨアニスは剣を抜いた。大きく一歩引いた。カイは空振りした。刀身が右の膝を打った。
 さらにすり足で引いた。首の後ろを押さえる。虫に刺されたかのような風情で。手のひらを見る。革手袋が血に染まっている。
「刃をつかむとはおもしろい剣術だ。さすがは手練れ。そろそろ決着をつけよう」
 カイはうなずいた。右手で刀身の根元を握る。切っ先を向ける。右腕は痛くない。みぞおちも痛くない。だがじきに痛み出す。はやく殺さなければ。
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