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7 水とお菓子
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どうしよう。お菓子までだめにしてしまった。柊斗が小さく声を上げると、険しい表情のままアルハヴトンが体を起こした。
「柊斗」
「あのっ、本当に……」
「今の、飲んでないよな?」
並んで座っていたときはそんなに感じなかったが、立ったまま見下されると体格と身長差のせいで威圧感が半端ない。思わず黙り込んでしまうと「柊斗?」と更にアルハヴトンの眉間のしわが深くなる。頬に手を当てられ、体がビクリとなる。
「あ、う、うん、飲んでない……」
図書館に入る前に買った水だが、館内が涼しく、また勉強に集中していたので開封したのはさっきがはじめてだ。
「……なら、いいんだ」
「も、もしかして、水の飲み方のマナーとかあった……?」
「ん? いや特にそんなものはないが?」
不思議そうにアルハヴトンが首を傾げる。その耳がくるりと動いたかと思うと、「すいませーん」とマナギナが部屋の扉を開けた。手に新しいペットボトルを持っている。
「マナギナさん、せっかく分けていただいたお菓子に申し訳ありません!」
慌てて柊斗が頭を下げると、「ふへっ」とマナギナは吹き出したようだった。
「突然こんなに辛いの出されたら誰だってびっくりしますって。アルに合わせてこの味にしましたけど、自分も食べられませんよ」
「あ、そうなんですか……?」
「ええ、ええ。こちらこそ忠告もせず申し訳ない。次はちゃんとおいしいの作ってきますから」
にこやかに差し出された水を飲むと、口の中がようやく落ち着いてくる。ぷは、とペットボトルから口を離したところで、「それでは」とアルハヴトンは軽く手を叩いた。
「今日の授業を始めようか、柊斗」
柊斗は「グラルガグラ語で挨拶や自己紹介ができるくらいになればいいなあ」くらいの軽い気持ちでアルハヴトンに教えを乞うたのだが、どうもアルハヴトンの方はそうは受け取らなかったらしい。
頼んだ翌週から始まったのは、アルハヴトンによる「グラルガグラ語の講義」だった。グラルガグラ語——グラルスのアルファベットの書き方に始まり、格変化に動詞の活用、時制、前置詞など、高校時代を思わせる文法問題と、発音・会話練習。グラルガグラ語の教科書と辞書を渡されたときに「そんなに本格的にしなくても」と申し出はしたのだが、「正確に話せるようになるためには文法と単語の知識は欠かせない」とアルハヴトンに断言されて今に至っている。
「それにしても、柊斗は上達が早くて素晴らしいな。以前から勉強していたのか?」
柊斗が前回の宿題を出すと、赤ボールペンを持ったアルハヴトンが嬉々としてチェックを入れていく。
「いや、はじめてだけど……アルの教え方がうまいからだよ」
たわいない誉め言葉だと思うのに、それだけで柊斗の顔のにやけが止まらなくなる。まさか、そんな風に褒めてもらえるのが嬉しいから頑張っている、なんてことは言えない。
「あ、でも、文法や単語が英語に結構似てるってのは大きいかもしれない」
例えば、英語なら動詞の過去形は-edになるが、グラルスなら-stになる。形は違えども、基本的に操作としてすることは同じなのだ。ご丁寧に不規則動詞が存在するところまで一緒だが、それすらも「来る」「存在する」など英語と大体一緒だったりする。
「ああ、なるほどな。私もヨーロッパ言語の方が習得しやすかったな」
「え? アル、他の言葉もできるの?」
「まあ日常会話程度だが。英語、中国語、スペイン語、アラビア語……話者の多い人間語は大体学んだかな」
考え込むように上を見上げ、指を折るアルハヴトン。凄いな、とその青い目を見つめた柊斗にふと疑問が浮かんだ。
「……それなのに、なんでこんな……この大学に来たんだ?」
英語の方が楽というのなら、アメリカの大学に行ったらよかったのではないだろうか。言っては悪いが偏差値が高いわけでもなく、取り立てて特色があるわけでもないこの大学に来る意味が分からなかった。
「ん? そりゃあここが日本で、千葉県だからだな」
教えを受けてみたい教授もいたしな、とアルハヴトンは笑った。
「どういうこと?」
「日本はグラルガグラの隣国で、これから人間界と交流するにあたって最大のキー国となってくるだろうと思ったんだ。特に千葉県はその窓口となる場所に位置するわけだから、よく知っておきたくてね。大体アメリカなどはグラルガグラをまだ国と認めていない」
「……そ、うなんだ」
「私はね、柊斗。人間の国と獣人の国が手を携えて発展できる未来を作りたいんだ」
予想していたのの何倍も真面目な回答が返ってきて、柊斗はたじろいだ。きりりと引き締まった視線にまっすぐ見つめられ、格好いいと思うと同時に、柊斗はなんだかアルハヴトンに叱責されているような息苦しさを感じた。
(……俺、なんでこの学校にしたんだっけ)
「柊斗」
「あのっ、本当に……」
「今の、飲んでないよな?」
並んで座っていたときはそんなに感じなかったが、立ったまま見下されると体格と身長差のせいで威圧感が半端ない。思わず黙り込んでしまうと「柊斗?」と更にアルハヴトンの眉間のしわが深くなる。頬に手を当てられ、体がビクリとなる。
「あ、う、うん、飲んでない……」
図書館に入る前に買った水だが、館内が涼しく、また勉強に集中していたので開封したのはさっきがはじめてだ。
「……なら、いいんだ」
「も、もしかして、水の飲み方のマナーとかあった……?」
「ん? いや特にそんなものはないが?」
不思議そうにアルハヴトンが首を傾げる。その耳がくるりと動いたかと思うと、「すいませーん」とマナギナが部屋の扉を開けた。手に新しいペットボトルを持っている。
「マナギナさん、せっかく分けていただいたお菓子に申し訳ありません!」
慌てて柊斗が頭を下げると、「ふへっ」とマナギナは吹き出したようだった。
「突然こんなに辛いの出されたら誰だってびっくりしますって。アルに合わせてこの味にしましたけど、自分も食べられませんよ」
「あ、そうなんですか……?」
「ええ、ええ。こちらこそ忠告もせず申し訳ない。次はちゃんとおいしいの作ってきますから」
にこやかに差し出された水を飲むと、口の中がようやく落ち着いてくる。ぷは、とペットボトルから口を離したところで、「それでは」とアルハヴトンは軽く手を叩いた。
「今日の授業を始めようか、柊斗」
柊斗は「グラルガグラ語で挨拶や自己紹介ができるくらいになればいいなあ」くらいの軽い気持ちでアルハヴトンに教えを乞うたのだが、どうもアルハヴトンの方はそうは受け取らなかったらしい。
頼んだ翌週から始まったのは、アルハヴトンによる「グラルガグラ語の講義」だった。グラルガグラ語——グラルスのアルファベットの書き方に始まり、格変化に動詞の活用、時制、前置詞など、高校時代を思わせる文法問題と、発音・会話練習。グラルガグラ語の教科書と辞書を渡されたときに「そんなに本格的にしなくても」と申し出はしたのだが、「正確に話せるようになるためには文法と単語の知識は欠かせない」とアルハヴトンに断言されて今に至っている。
「それにしても、柊斗は上達が早くて素晴らしいな。以前から勉強していたのか?」
柊斗が前回の宿題を出すと、赤ボールペンを持ったアルハヴトンが嬉々としてチェックを入れていく。
「いや、はじめてだけど……アルの教え方がうまいからだよ」
たわいない誉め言葉だと思うのに、それだけで柊斗の顔のにやけが止まらなくなる。まさか、そんな風に褒めてもらえるのが嬉しいから頑張っている、なんてことは言えない。
「あ、でも、文法や単語が英語に結構似てるってのは大きいかもしれない」
例えば、英語なら動詞の過去形は-edになるが、グラルスなら-stになる。形は違えども、基本的に操作としてすることは同じなのだ。ご丁寧に不規則動詞が存在するところまで一緒だが、それすらも「来る」「存在する」など英語と大体一緒だったりする。
「ああ、なるほどな。私もヨーロッパ言語の方が習得しやすかったな」
「え? アル、他の言葉もできるの?」
「まあ日常会話程度だが。英語、中国語、スペイン語、アラビア語……話者の多い人間語は大体学んだかな」
考え込むように上を見上げ、指を折るアルハヴトン。凄いな、とその青い目を見つめた柊斗にふと疑問が浮かんだ。
「……それなのに、なんでこんな……この大学に来たんだ?」
英語の方が楽というのなら、アメリカの大学に行ったらよかったのではないだろうか。言っては悪いが偏差値が高いわけでもなく、取り立てて特色があるわけでもないこの大学に来る意味が分からなかった。
「ん? そりゃあここが日本で、千葉県だからだな」
教えを受けてみたい教授もいたしな、とアルハヴトンは笑った。
「どういうこと?」
「日本はグラルガグラの隣国で、これから人間界と交流するにあたって最大のキー国となってくるだろうと思ったんだ。特に千葉県はその窓口となる場所に位置するわけだから、よく知っておきたくてね。大体アメリカなどはグラルガグラをまだ国と認めていない」
「……そ、うなんだ」
「私はね、柊斗。人間の国と獣人の国が手を携えて発展できる未来を作りたいんだ」
予想していたのの何倍も真面目な回答が返ってきて、柊斗はたじろいだ。きりりと引き締まった視線にまっすぐ見つめられ、格好いいと思うと同時に、柊斗はなんだかアルハヴトンに叱責されているような息苦しさを感じた。
(……俺、なんでこの学校にしたんだっけ)
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