獣人国の留学生

二ッ木ヨウカ

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9 兄弟説

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「言葉も似ているし、似たような話も伝わっているし、もしかしたら、人間の国と獣人の国も、昔は一つだったのかもしれないね!」

 なんだか歴史的な大発見をしてしまった気がして、柊斗の声が少し大きくなる。その二つだけを根拠にするのは性急だ。それは分かっていたが、アルハヴトンの国が「ゲートの向こうにある謎の存在」から「昔生き別れた兄弟」に変わった気がしたのだ。

「そうかもしれないな」

 柊斗の言葉を否定せず鷹揚に笑ったアルハヴトンは、にやりと口角を上げた。覗いた牙に、柊斗の首筋がざわりとする。

「なら、これから人間界と獣人界は互いに離れがたくなるわけだ。あるいは……人間と、獣人が」
「ん、ふふっ、そうだといいな」

「人間と獣人」と言われただけなのだが、その瞬間柊斗の頭に浮かんだのはアルハヴトンと自分の姿だった。思わず妙な声で笑ってしまい、余計に恥ずかしくなって俯く。手の甲で頬を押さえると、ぽっぽっと熱くなっているのが分かった。

「えっと、それじゃあ次の質問! 『-ne』って呼びかけのときに使う語尾らしいけど、これは命令って考えていいの?」
「そうだなあ……命令、の時もあるがそれよりも柔らかい……『持っといて』とか『食べてみて』みたいな感じのニュアンスのほうが近いな」
「じゃあ、『pesphene』なら『待ってて』みたいな?」
「その通りだ」

 頷いたアルハヴトンは「もう柊斗はいつグラルガグラに来ても大丈夫そうだな」と目を細めた。まっすぐに柊斗を見る目は真摯で、その言葉が本気であることがわかる。

「んなっ……は、早いよ! それは!」
「そうかな」
「そ、っ、そうだよ……それに、俺がグラルガグラなんて、いつ行けるかわかんないし」
「そんな事ないさ、こうして私が来たんだから」

 吸い込まれてしまいそうな青い瞳に、心が舞い上がる。さっきといい今といい、べた褒めが過ぎる。分かっていても、鼓動が早くなる心臓を抑えられない。
 満更でもない表情を取り繕えていないのはアルハヴトンから丸わかりに違いない。チョロいやつだと思われていそうだ。

「じゃあさ、いつか……いつか、俺がグラルガグラに行くことがあったら、アルハヴトン、案内してくれる?」
「勿論だとも」

 柊斗の頭の中にあるイメージは、写真や影像でしか見たことのないグラルガグラの街をアルハヴトンと二人で歩くものになっていた。

(……いつか、そんな日が来るのかな)

 ゲートの向こうの未知の国に思いを馳せ、つい緩みがちになる頬を引き締めているうちに今日の「授業」が終わる。

「それじゃあ、今日はここまで。続きは次回だな」

 アルハヴトンがポンと手を打ったときには、辺りは薄暮が迫っていた。

「ありがとうございました!」

 柊斗が頭を下げると、「毎回よく頑張ってますね」と窓際に座っていたマナギナが立ち上がった。

「あ、す、すいませんマナギナさん……」

 いつの間にか、マナギナの存在をすっかり忘れていたことにドギマギしながら返答する。

「いえいえ、真島さんが我々の国に興味を持ってくださって嬉しい限りですよ」
(正直、どこかで暇をつぶしててくれたほうが嬉しいんだけどな)

 マナギナには驚くほど存在感というものがない。だから忘れがちなのだが、柊斗とアルハヴトンがこうして勉強を教えあっている間も、マナギナは常にアルハヴトンのそばにいた。じっと黙ってまるで影のようなのだが、気づいてしまうとなんだか居心地が悪い。

「柊斗、次はまた来週の同じ時間でいいか?」
「うん! ……あ、ちょっと待ってダメかも」

 アルハヴトンに聞かれた柊斗は、バッグの中からチラシの束を取り出した。ガサガサとめくってガイダンスの日時を確認すると、案の定時間が被っていた。

「就、活、ガイダンス? 就活とはなんだ?」
「あ、そっか。んっと……就職活動……職業選択みたいな?」
「ほお。私も出てみようかな」

 目を眇めるアルハヴトンの尻尾がぴょこりと上がる。

「え、アルこっちで就職するの?」
「いや、そうではないが、日本の就職システムというものには興味がある」
「へえ……?」

 ちょっといいかな、と机の上にチラシを置いたアルハヴトンはポケットからスマホを取り出した。アルハヴトンの大きな手の中にすっぽりと納まってしまうそれを、お爺ちゃんのようにたどたどしく操作する。グラルガグラでは魔法が発展しており、スマホではなく通信球という魔道具を利用しているらしい。

「……柊斗、これで写真を撮るにはどうすればいいんだ」
「ん? このマークをタップして……そうそう。撮った写真を見返したい時はこっちから見られるから」

 返してもらったチラシとノートをまとめ、トートバッグの中に戻す。連れ立って三号館を出ると、むっと熱気のこもった薄闇が押し寄せてきた。

「……ねえ、アルハヴトン」
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