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15 咆哮
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何だろう。不審に思った柊斗が立ち止まると、車の扉が開いて黒服の男が降りてくる。
一瞬だけ街灯に照らされた顔に柊斗が既視感を覚えた瞬間、目の前の男は柊斗に向かって駆け出してきた。反射的に元来た方へと走るものの、横から飛び出してきた別の男に羽交い絞めにされ、あっけなく捕まってしまう。手足を振り回し、全身で抵抗を試みるも全く歯が立たない。
「たす……!」
叫ぼうとした口は塞がれ、あっという間に柊斗はワンボックスの中に引きずり込まれていた。
(何? 誘拐? 何で? 俺が?)
突然の出来事に頭が追いつかない。柊斗が呆然としているうちに車が走り出し――
ガオオオオオオオオ!
地面が割れるかのような獣の咆哮が響いた。何かがぶつかったかのように車体が大きく揺れ、バウンドする。それでもなお走り続けようとした車のボンネットが爆発音を立てて勢いよく跳ね上がった。
「――っ!」
蛇行する車の中で、柊斗は声にならない叫びをあげた。車内の男の誰かが何かを叫んでいるが聞き取れない。再度の衝撃と破壊音とともに車が止まると、外側から車の扉が引きちぎられた。
ガオオオオオ、ともう一度吼える声が響く。車内にいた男たちが黒い何かに引っ張られ、外に放り出されていった。
「おいっ、お前こいつが」
唯一残った、柊斗を羽交い絞めにしていた男がそう言った瞬間、柊斗の頭をかすめて光球が飛んできた。命中したらしく、声もなく男の腕から力が抜ける。
(な、何が起こっているんだ……?)
一連の流れについて行けずに柊斗が車の中に座り込んでいると、取れてしまった扉から黒い山のような影が車内を覗き込んできた。あまりにも場違いなその生き物に、柊斗は思わず目を瞬かせた。だが見間違いではない。
漆黒の豊かなたてがみに丸い耳、鋭い牙に夜明け空を思わせる青い目。まごうことなき黒ライオンが、そこにいた。
「……アル?」
柊斗が呟くと、「柊斗」と黒ライオンが唸る。
「アル!」
叫んだ柊斗はライオンの首筋に抱きつき、たてがみに顔を埋めた。日向のような匂いを胸いっぱいに吸い込むと、ようやく今起きているのが現実なんだと認識できた。
「こ、怖っ、怖かった……!」
ビロードのような毛の生えそろった顔を、たてがみを、何度も触れて確かめる。確かにアルハヴトンがここにいる。それ以上に嬉しいことはなかった。
アルハヴトンのたてがみに縋りつくようにしながら車外に出ると、そこではマナギナが先程車外に放り出された男たちを縛り上げている最中だった。
「真島さん、ご無事ですか?」
そう首を傾げるマナギナの周りには小さな火の玉が漂っていた。先ほど飛んできたのはこれだろう。はい、と頷きながら柊斗が恐る恐る振り返ると、ボンネットが開き、車体に鋭い爪痕の残ったワンボックスが電柱にぶつかって止まっていた。
「落ちてましたよ」
マナギナに差し出されたサコッシュを受け取ると、当然の疑問が柊斗の心の中に浮かんできた。
なぜ柊斗が誘拐の標的になったのか。そしてなぜアルハヴトンたちはそれを知っていたのか。
「ねえアル、なんで……」
柊斗が言いかけると、「分かってる」とアルハヴトンは頷いた。
「詳しく説明しよう。家に来てもらってもいいか?」
(これは軽車両扱いになるのだろうか)
黒ライオンの背中に乗った柊斗がぼうっとそんなことを考えているうちに、三週間前に訪れたタワーマンションに着いていた。共用部の明かりだけが煌々とつく中を通り抜け、アルハヴトンの部屋に案内される。
さっぱりするだけでも落ち着くだろう、と風呂を促され、バイト先のせいで煙草と酒の匂いが染みつき、先程の一件のせいで土埃と砂利にまみれた体を柊斗は洗い流した。用意されていたパジャマを着て戻ると、人の姿に戻ったアルハヴトンがコーヒーを準備して待っていた。着ているのはどうも柊斗とサイズ違いのパジャマのようである。
手渡されたコーヒーを両手で包み、柔らかな香りを胸に吸い込む。口をつけると、甘い苦みが体中に広がった。斜め向かいに座るアルハヴトンを見ると、すっとその目が机の上に落とされた。
「それで、えっと……どういうことなの、アルハヴトン。教えてほしい」
「……全部、私のせいなんだ。申し訳ない。ただ、その、どこから話していいか……」
先に柊斗が口を開くと、アルハヴトンは眉根を寄せてコーヒーカップを持ち上げた。柊斗が持っているのと同じサイズのようだが、彼の手にあるとおもちゃのように小さく見える。数秒さまよったのち、柊斗のほうに戻ってきた視線は何かを覚悟したようだった。
「まず……私の名前は、本当は『アルハヴトン・リアリージュ』だ。グラルガグラ王国の第二王子に当たる」
「……」
一瞬だけ街灯に照らされた顔に柊斗が既視感を覚えた瞬間、目の前の男は柊斗に向かって駆け出してきた。反射的に元来た方へと走るものの、横から飛び出してきた別の男に羽交い絞めにされ、あっけなく捕まってしまう。手足を振り回し、全身で抵抗を試みるも全く歯が立たない。
「たす……!」
叫ぼうとした口は塞がれ、あっという間に柊斗はワンボックスの中に引きずり込まれていた。
(何? 誘拐? 何で? 俺が?)
突然の出来事に頭が追いつかない。柊斗が呆然としているうちに車が走り出し――
ガオオオオオオオオ!
地面が割れるかのような獣の咆哮が響いた。何かがぶつかったかのように車体が大きく揺れ、バウンドする。それでもなお走り続けようとした車のボンネットが爆発音を立てて勢いよく跳ね上がった。
「――っ!」
蛇行する車の中で、柊斗は声にならない叫びをあげた。車内の男の誰かが何かを叫んでいるが聞き取れない。再度の衝撃と破壊音とともに車が止まると、外側から車の扉が引きちぎられた。
ガオオオオオ、ともう一度吼える声が響く。車内にいた男たちが黒い何かに引っ張られ、外に放り出されていった。
「おいっ、お前こいつが」
唯一残った、柊斗を羽交い絞めにしていた男がそう言った瞬間、柊斗の頭をかすめて光球が飛んできた。命中したらしく、声もなく男の腕から力が抜ける。
(な、何が起こっているんだ……?)
一連の流れについて行けずに柊斗が車の中に座り込んでいると、取れてしまった扉から黒い山のような影が車内を覗き込んできた。あまりにも場違いなその生き物に、柊斗は思わず目を瞬かせた。だが見間違いではない。
漆黒の豊かなたてがみに丸い耳、鋭い牙に夜明け空を思わせる青い目。まごうことなき黒ライオンが、そこにいた。
「……アル?」
柊斗が呟くと、「柊斗」と黒ライオンが唸る。
「アル!」
叫んだ柊斗はライオンの首筋に抱きつき、たてがみに顔を埋めた。日向のような匂いを胸いっぱいに吸い込むと、ようやく今起きているのが現実なんだと認識できた。
「こ、怖っ、怖かった……!」
ビロードのような毛の生えそろった顔を、たてがみを、何度も触れて確かめる。確かにアルハヴトンがここにいる。それ以上に嬉しいことはなかった。
アルハヴトンのたてがみに縋りつくようにしながら車外に出ると、そこではマナギナが先程車外に放り出された男たちを縛り上げている最中だった。
「真島さん、ご無事ですか?」
そう首を傾げるマナギナの周りには小さな火の玉が漂っていた。先ほど飛んできたのはこれだろう。はい、と頷きながら柊斗が恐る恐る振り返ると、ボンネットが開き、車体に鋭い爪痕の残ったワンボックスが電柱にぶつかって止まっていた。
「落ちてましたよ」
マナギナに差し出されたサコッシュを受け取ると、当然の疑問が柊斗の心の中に浮かんできた。
なぜ柊斗が誘拐の標的になったのか。そしてなぜアルハヴトンたちはそれを知っていたのか。
「ねえアル、なんで……」
柊斗が言いかけると、「分かってる」とアルハヴトンは頷いた。
「詳しく説明しよう。家に来てもらってもいいか?」
(これは軽車両扱いになるのだろうか)
黒ライオンの背中に乗った柊斗がぼうっとそんなことを考えているうちに、三週間前に訪れたタワーマンションに着いていた。共用部の明かりだけが煌々とつく中を通り抜け、アルハヴトンの部屋に案内される。
さっぱりするだけでも落ち着くだろう、と風呂を促され、バイト先のせいで煙草と酒の匂いが染みつき、先程の一件のせいで土埃と砂利にまみれた体を柊斗は洗い流した。用意されていたパジャマを着て戻ると、人の姿に戻ったアルハヴトンがコーヒーを準備して待っていた。着ているのはどうも柊斗とサイズ違いのパジャマのようである。
手渡されたコーヒーを両手で包み、柔らかな香りを胸に吸い込む。口をつけると、甘い苦みが体中に広がった。斜め向かいに座るアルハヴトンを見ると、すっとその目が机の上に落とされた。
「それで、えっと……どういうことなの、アルハヴトン。教えてほしい」
「……全部、私のせいなんだ。申し訳ない。ただ、その、どこから話していいか……」
先に柊斗が口を開くと、アルハヴトンは眉根を寄せてコーヒーカップを持ち上げた。柊斗が持っているのと同じサイズのようだが、彼の手にあるとおもちゃのように小さく見える。数秒さまよったのち、柊斗のほうに戻ってきた視線は何かを覚悟したようだった。
「まず……私の名前は、本当は『アルハヴトン・リアリージュ』だ。グラルガグラ王国の第二王子に当たる」
「……」
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