6 / 28
先輩のそういう優しいところも好きですけどだからって怪我するのは見過ごせませんよもう本当に嫌なんですから先輩が冷たくなっていくのを見るだけだっ
異世界に来て早数か月。岸尾が着ているのは半袖のシャツだが、野原を歩いているだけで汗が軽く滲んでくる。あのとき咲いていた紫の花は赤を通り越して黒く熟し、岸尾の脚が触れるたびにぱちんぱちんと爆ぜて種を飛ばしていく。
二人が最初に目を覚ました草原の奥には泉があった。その近くに生えるヒシモモの赤い実が『ドワーフラビット』の好物である。
罠に近づいていくと、ぴいぴいという声とガサガサと獣の暴れる音が聞こえてきた。
「お、かかってるかかってる」
名前の通り四角い実をつけるヒシモモの藪の向こうを覗くと、狙い通り茶色い『ドワーフラビット』がトラバサミにかかって暴れている。前の世界にも同名の動物がいたがそれとは完全な別種で、大きさは一メートル程度、重さは十キロ超えが普通というビッグサイズのウサちゃんだ。『ドワーフラビット』のドワーフは「ドワーフの作る鎧のように強靭な毛皮を持っている」の意であり、体の大きさは関係ないらしい。詐欺である。
「ツノウサギ」の別名のとおり、ドワーフラビットの頭にはくるりと丸まった角が生える。罠にかかったウサギの角が大振りなのを見て、よしよしと岸尾はほくそ笑んだ。タイミングを見て飛び出し、ウサギを保定する。
「佐久間くーん!」
「はいっ!」
名前を呼ぶと、ヒュン、と空気を切り裂く音とともにドワーフラビットの角が落ちる。足で罠を外し、挟まっていたウサギの脚にポーションをかけて手を放すと、逃げていくドワーフラビットの蹴りが岸尾の顎に炸裂した。
「あうっ」
「だ、大丈夫ですか先輩!」
ゴロゴロと転がり、木にぶつかって止まったところにショートソードを納めた佐久間が駆け寄ってくる。綿のような服に革製のプレートを着た佐久間も、もう立派なファンタジー世界の住人である。
「だいじょうぶ……」
何とか答えるものの、視界がくらくらしてすぐには起き上がれない。
「せ、先輩、せんぱいっ!」
「あー……ちょっと待ってって……」
なんとか上体を起こすと、泣きそうな顔の佐久間がべたべたと頭を撫でまわしてくる。
「もう! だから角だけ取ってリリースするのはやめましょうって言ったんです! 殺してから取ったほうが絶対いいですって」
「かわいそうじゃないか、食べないのに殺すのは。それに角はまた伸びてくるんだから、こうしておけばまた取れるし」
ドワーフラビットは雑食性のせいか、非常に肉が臭いのだ。一度挑戦してみたが、どう調理しても飲みこめなかった。「むう」と不満げな顔をしつついつまでも頭を撫でてくる佐久間の手は大きく包み込むようで、触れられた部分の痛みが溶けていってしまう。なんだか妙に嬉しいような、こそばゆい気持ちになってきた岸尾は、そっと肘で佐久間の腕をどかした。
「じゃあせめて、魔法で眠らせましょうよ!」
「魔石は高いだろ、無駄に使いたくない」
岸尾や佐久間のような魔法が使えない者のために、この世界には「魔石」というものがあった。小さな石の中に魔法を込めたもので、所定の呪文を唱えたり、相手に投げつけたりすることで誰でも魔法を使えるのだ。岸尾たちが最初から読み書きや会話に困らなかったのも、商店の多くが翻訳の魔石を設置しているかららしい。
「無駄じゃありません! 先輩が怪我したりするよりずっといいです! 今はちょっと蹴りくれただけだから良かったですけど、もしあいつが本気で襲い掛かって来てたらどうするんですか!」
「わ、わかったよ。気をつけるから」
「なんですかそれ……」
そんなの解決方法じゃないです、と不満そうに顔を近づけてくる佐久間から目をそらし、岸尾は立ち上がった。まだ少しくらくらする。ころりと草の上に落ちたままの角に手を伸ばすと、それよりも早く佐久間が角を拾い上げ、自分のリュックの中に入れてしまった。
「ちょ……荷物持ちは俺がやるって」
「角は重いから、僕が持ちます」
重いと言ってもさほどのものではない。それでは荷物持ちの意味がないような気がするのだが、と思いながら手を引っ込めると、「それじゃ、次はシロガシ鳥の尾羽ですね」とどこか拗ねたように佐久間が歩き出す。
「……そうだね」
二人が最初に目を覚ました草原の奥には泉があった。その近くに生えるヒシモモの赤い実が『ドワーフラビット』の好物である。
罠に近づいていくと、ぴいぴいという声とガサガサと獣の暴れる音が聞こえてきた。
「お、かかってるかかってる」
名前の通り四角い実をつけるヒシモモの藪の向こうを覗くと、狙い通り茶色い『ドワーフラビット』がトラバサミにかかって暴れている。前の世界にも同名の動物がいたがそれとは完全な別種で、大きさは一メートル程度、重さは十キロ超えが普通というビッグサイズのウサちゃんだ。『ドワーフラビット』のドワーフは「ドワーフの作る鎧のように強靭な毛皮を持っている」の意であり、体の大きさは関係ないらしい。詐欺である。
「ツノウサギ」の別名のとおり、ドワーフラビットの頭にはくるりと丸まった角が生える。罠にかかったウサギの角が大振りなのを見て、よしよしと岸尾はほくそ笑んだ。タイミングを見て飛び出し、ウサギを保定する。
「佐久間くーん!」
「はいっ!」
名前を呼ぶと、ヒュン、と空気を切り裂く音とともにドワーフラビットの角が落ちる。足で罠を外し、挟まっていたウサギの脚にポーションをかけて手を放すと、逃げていくドワーフラビットの蹴りが岸尾の顎に炸裂した。
「あうっ」
「だ、大丈夫ですか先輩!」
ゴロゴロと転がり、木にぶつかって止まったところにショートソードを納めた佐久間が駆け寄ってくる。綿のような服に革製のプレートを着た佐久間も、もう立派なファンタジー世界の住人である。
「だいじょうぶ……」
何とか答えるものの、視界がくらくらしてすぐには起き上がれない。
「せ、先輩、せんぱいっ!」
「あー……ちょっと待ってって……」
なんとか上体を起こすと、泣きそうな顔の佐久間がべたべたと頭を撫でまわしてくる。
「もう! だから角だけ取ってリリースするのはやめましょうって言ったんです! 殺してから取ったほうが絶対いいですって」
「かわいそうじゃないか、食べないのに殺すのは。それに角はまた伸びてくるんだから、こうしておけばまた取れるし」
ドワーフラビットは雑食性のせいか、非常に肉が臭いのだ。一度挑戦してみたが、どう調理しても飲みこめなかった。「むう」と不満げな顔をしつついつまでも頭を撫でてくる佐久間の手は大きく包み込むようで、触れられた部分の痛みが溶けていってしまう。なんだか妙に嬉しいような、こそばゆい気持ちになってきた岸尾は、そっと肘で佐久間の腕をどかした。
「じゃあせめて、魔法で眠らせましょうよ!」
「魔石は高いだろ、無駄に使いたくない」
岸尾や佐久間のような魔法が使えない者のために、この世界には「魔石」というものがあった。小さな石の中に魔法を込めたもので、所定の呪文を唱えたり、相手に投げつけたりすることで誰でも魔法を使えるのだ。岸尾たちが最初から読み書きや会話に困らなかったのも、商店の多くが翻訳の魔石を設置しているかららしい。
「無駄じゃありません! 先輩が怪我したりするよりずっといいです! 今はちょっと蹴りくれただけだから良かったですけど、もしあいつが本気で襲い掛かって来てたらどうするんですか!」
「わ、わかったよ。気をつけるから」
「なんですかそれ……」
そんなの解決方法じゃないです、と不満そうに顔を近づけてくる佐久間から目をそらし、岸尾は立ち上がった。まだ少しくらくらする。ころりと草の上に落ちたままの角に手を伸ばすと、それよりも早く佐久間が角を拾い上げ、自分のリュックの中に入れてしまった。
「ちょ……荷物持ちは俺がやるって」
「角は重いから、僕が持ちます」
重いと言ってもさほどのものではない。それでは荷物持ちの意味がないような気がするのだが、と思いながら手を引っ込めると、「それじゃ、次はシロガシ鳥の尾羽ですね」とどこか拗ねたように佐久間が歩き出す。
「……そうだね」
あなたにおすすめの小説
処刑される悪役令息に転生したらなぜか推しの騎士団長がグイグイ近づいてくる
猫に小判
BL
交通事故で死んだはずの会社員・田中悠人は、気がつくとBL小説『恋と陰謀~はじまりは夜に~』の世界に転生していた。
しかも転生先は、原作で処刑される悪役令息エリオット。
当然そんな未来は回避したい。
原作知識を頼りに慎重に立ち回るつもりだったのに、気づけば王宮を揺るがす事件に巻き込まれていき――。
さらに困ったことに、原作で一番の推しだった騎士団長ガイウスがやたらと距離を詰めてきて……?
平穏に生きたい元悪役令息と、過保護な騎士団長がじれじれ距離を縮める話。
ガイウス(騎士団長)×エリオット(元悪役令息)
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
ただのハイスペックなモブだと思ってた
はぴねこ
BL
神乃遥翔(じんの はると)は自分のことをモブだと思っていた。
少年漫画ではいつだって、平凡に見えて何か一つに秀でている人物が主人公だったから。
その点、遥翔は眉目秀麗文武両道、家も財閥の超お金持ち。
一通りのことがなんでも簡単にできる自分は夢中になれるものもなくて、きっと漫画のモブみたいに輝く主人公を引き立てるモブのように生きるのだと、そう遥翔は思っていた。
けれど、そんな遥翔に勉強を教わりに来ている葛城星 (かつらぎ ほし)は言った。
「BL漫画の中では、神乃くんみたいな人がいつだって主人公なんだよ?」
そう言って、星が貸してくれた一冊のBL漫画が遥翔の人生を一変させた。
自分にも輝ける人生を歩むことができるのかもしれないと希望を持った遥翔は、そのことを教えてくれた星に恋をする。
だけど、恋をした途端、星には思い人がいることに気づいてしまって……
眉目秀麗文武両道で完璧だけど漫画脳な遥翔が、お人好しで気弱な星の心に少しずつ少しずつ近づこうと頑張るお話です。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
オメガだと隠して地味なベータとして生きてきた俺が、なぜか学園最強で傲慢な次期公爵様と『運命の番』になって、強制的にペアを組まされる羽目に
水凪しおん
BL
この世界では、性は三つに分かたれる。支配者たるアルファ、それに庇護されるオメガ、そして大多数を占めるベータ。
誇り高き魔法使いユキは、オメガという性を隠し、ベータとして魔法学園の門をくぐった。誰にも見下されず、己の力だけで認められるために。
しかし彼の平穏は、一人の男との最悪の出会いによって打ち砕かれる。
学園の頂点に君臨する、傲慢不遜なアルファ――カイ・フォン・エーレンベルク。
反発しあう二人が模擬戦で激突したその瞬間、伝説の証『運命の印』が彼らの首筋に発現する。
それは、決して抗うことのできない魂の繋がり、『運命の番』の証だった。
「お前は俺の所有物だ」
傲慢に告げるカイと、それに激しく反発するユキ。
強制的にペアを組まされた学園対抗トーナメント『双星杯』を舞台に、二人の歯車は軋みを上げながらも回り出す。
孤独を隠す最強のアルファと、運命に抗う気高きオメガ。
これは、反発しあう二つの魂がやがて唯一無二のパートナーとなり、世界の理をも変える絆を結ぶまでの、愛と戦いの物語。
【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話
降魔 鬼灯
BL
ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。
両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。
しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。
コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。