お願い先輩、死なないで ‐こじらせリーマン、転生したらアルファになった後輩に愛される‐

二ッ木ヨウカ

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先輩だけが僕にまっすぐ向き合ってくれたんですだからもう一回先輩に出会うために「おまじない」があるって聞いてダメもとでやってみたんですよそうし

 最初に「自分は邪魔者なんだ」と思ったのがいつかは定かではない。ただ、母に「あんたのせいで私の人生がめちゃくちゃになった」と言われたことは覚えている。返してよ、とも。離婚したあたりの話だろうから、多分幼稚園の終わりごろか、小学校に上がったころ。小さいころの記憶は他にほとんどないが、その場面だけ切り取ったように鮮明に思い出すことができる。

 岸尾の母には、ずっと思いを寄せている人がいた。だが、その相手はあっさりと他の人と結婚してしまった。悲嘆に暮れる母に「二番手でいい、好きじゃなくていい」とプロポーズしたのが父だった。
 最初、結婚生活は上手くいっていたように思う。幼い岸尾の断片的な記憶でも、父と母は仲良しに見えた。二人ともいつも穏やかで、言い争っていたことなど一度もなかった。
 それが一変したのは、母の想い人が離婚したからだった。「やっぱりあの人が忘れられない」と言い出した母は父と離婚。だが、今度こそ結婚できると思っていた相手にはあっさりと振られてしまったらしい。

 その理由が「他の男との子供がいる人は嫌」ということだった――というのは、後に大きくなった岸尾がそれまでの情報の断片を繋ぎ合わせて自分で出した答えである。
 それでも親としての責任感はあった、と思う。だから、暴力を振るわれることも、食事を抜かれたりすることもなかった。そんなに裕福ではなかったが必要なものは買ってくれたし、搾取されたわけでもない。
 だが、時折こぼれ出てくる「あなたさえいなければ」という言葉は、心の奥深くにゆっくりと沈殿し、そしてこびりついていった。

 その通りだなんて、思いたくなかった。

 だから、岸尾は自分にできることはとにかくなんでも、がむしゃらにやった。そうすれば、母が「あなたがいてよかった」と見直してくれるかも、と思ったのだ。母でなくとも、とにかく誰かに必要としてもらえればそれでよかった。

 そして、「自分にはどうやらどちらも無理らしい」ということを薄々感じながらも、そこにだけは目を向けず生きてきた。
 勉強はどんなにあがいてもそこそこ、より下。運動神経は更になく、背が低いくせに間違えて入ったバレー部では球出しだけ上手くなった。
 他人が普通にできることに、なぜか何倍も時間がかかる。その上ミスが多い。とにかく要領が悪いのだろうと思う。だが、自分ではどこが悪いのか分からない。必要とされる人間になるどころではない。人並みのふりをするだけで精一杯だった。

「努力は裏切らない」
「頑張っているところは誰かが見ている」

 そんなの全部嘘だ、と気づきつつも、それでも甘い夢を諦められないままに岸尾が社会人になって三年目。新人だからと甘く見てもらえていたことも許されなくなり、岸尾が本格的にお荷物扱いされ始めた頃。
 その年に入社してきたのが佐久間だった。

 社長の知り合いの息子、という縁故採用だった佐久間は、ずっと引きこもっていた、という前情報を証明するかのように長髪とパーカーで入社式に現れた。しかも遅れて。

 最初は、違う人が教育係になった。入社二十年超のベテラン、谷嶋さん。だが彼が匙を投げ、次に担当になった温厚さが取り柄の矢野さんが取っ組み合いの喧嘩を佐久間と始めたことで、岸尾にお鉢が回ってきた。

「問題児同士を組ませれば、他者への被害を最小限にできるのではないか。あわよくばどちらか辞めてほしい」

 何となくそんな思惑が透けて見える采配である。
 だが、この組み合わせは意外にも上手くいった。
 最初、佐久間は岸尾の指示など何一つ聞かなかった。だが、社内カースト最下位に何か言われても従うはずがないことなんて岸尾だって織り込み済みである、その点については何も言わなかった。

 代わりに、諦めなかった。

 なぜそれがよくないのか、佐久間にとってどう不利益なのか。同じことを何度でも言い、社内マニュアルも整備した。佐久間が送るメール、作成したデザインもすべてチェックし、それでも出てくるクレームやミスの後始末に奔走した。

 朝に弱い佐久間が定刻に出てこれるようモーニングコールだってしたし、頑なにパーカーにジーンズで出社してくる理由を聞いたら「スーツを持っていない、でも服屋は怖い」などと言い出すので休日にスーツを一緒に買いに行ったこともある。

 今回も熱心に職務をこなそうと思った――わけではない。

 単純に、自分よりできない奴が目の前にいて嬉しかったのだ。

 そんな人間は、岸尾の今までの人生でほとんどいなかった。しかも自分がその面倒を見るというシチュエーションである。佐久間のミスを指摘したり、やらかして落ち込む佐久間を励ましたりするたび、優越感に浸れて幸せだった。電話を取っても硬直するだけでロクに受け答えができず、敬語も使えなかった佐久間はとにかくかわいくて、自分だけのペットを手に入れたような気さえした。

 そして、佐久間の常時喧嘩腰だった態度がおとなしくなってきて、岸尾の言うことは聞くようになってきたある日。佐久間は腰まであった長髪をバッサリと切って出社してきた。

「お、おお……?」

 服屋と同じく美容院や床屋も怖い、と聞いていた岸尾が目を丸くしていると、「が、頑張りました」と佐久間は恥ずかしそうに短くなった髪の先を摘まんだ。

「どうですかね、これ……」
「似合ってるよ、すごく」

 事実だった。それまでともすると妖怪の仲間のような雰囲気だったのが、髪の毛を切ってちょっと整えただけでイケメンになるとは思わなかった。

「よかったぁ」

 ぱあっと花開くように笑顔を浮かべた佐久間は、その日から彼の才能も開花させた。何のことはない、佐久間に欠けていたのはやる気と知識で、岸尾のように能力ではなかったのである。
 あっという間に追い抜かれた岸尾は、それでも「これが自分の功績として評価されないだろうか」と少し期待したりもした。だが、「あまりの岸尾のヤバさに佐久間が覚醒した」で片づけられて終わった、苦い記憶でもある。
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