お願い先輩、死なないで ‐こじらせリーマン、転生したらアルファになった後輩に愛される‐

二ッ木ヨウカ

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ここまで来て何を言っているんですか思い知ればいい僕がどんな気持ちだったか何も理解していないくせに呑気にねえ残されてみろよお前だけでこの世界に

 門の外に出ると、ひゅうぅ、と強い風がコートの裾をはためかせていった。

「寒っ」

 岸尾はそう呟いてコートの襟元を合わせた。幸いにして晴れてはいるが、その弱々しい光ではこの寒さを打ち消すには至らない。
 ――翌日。適当な依頼を見繕って街道への通行許可を得た二人は、ついに町の外へと踏み出していた。

「それにしても、依頼があれば通行許可が出るとは知りませんでしたね」

 山越える必要なかったじゃないですか、と恨めし気に佐久間は城壁を振り返った。ふふ、と笑うと、「そもそも先輩が出てったりしなければ、キュビリエに来る必要もなかったんですけどね」とじとりとした負のオーラが漂ってくる。

「ごめんて……」
「許してませんよ、僕は」

 佐久間の言葉は、白い跡を残して消えていく。もう一度「ごめん」ともそもそと呟くと、その左腕を佐久間が取った。

「謝らなくていいです。ただ……二度としないでください」

 ふん、と佐久間は街道を逸れて歩き始めた。カサカサと足元で枯れ草が音を立てる。

「方向はこっちでいいんですよね?」
「うん」

 小走りに後を追った岸尾が横に並ぶ。
 計画は至ってシンプルである。
 姿隠しのマントを身に付け、罠を解除して撤退。それだけである。本当は眠らせられればいいのだが、ドラゴンは魔法耐性も高い。熟練の魔術師ならいざ知らず、市販の魔石ではほぼ効果がないだろうというのが二人の共通意見だった。「RPGのボスに状態異常が効かない奴が多いのって、こういうことなんでしょうね」とは佐久間の言だ。

 あの時辿った道のりは覚えていないが、湖に出た箇所からの逆算で「このあたりだろう」というルートを進む。道迷いの心配をするまでもなく、じきに黒い岩のようなものが見えてきた。
 少しでも身軽になるために荷物を下ろす。しゃがみながらそうっと藪をかき分け、葉の落ちた木々の向こうにいるドラゴンを覗く。

「……話には聞いてましたけど……デカいっすね」
「そうだね……」

 四トントラックと同じくらいだろうか。改めてその姿をしみじみと見た岸尾は、その大きさと美しさに息を呑んだ。艶やかだが鋭い、黒曜石のような鱗、滑らかに伸びた蝙蝠のような羽。長く伸びた尻尾や堂々とした体の割に手足は短いが、代わりにその先には鉈のような爪が生えている。
 親らしき大きなドラゴンは丸まり、尾と羽で小さなドラゴンを抱擁するようにくるんでいた。寝ているのか目は閉じられていて、大きな石の彫刻のようにも見える。

「……どうしようか」

 きっと寒いのだろう。遠くから見るには微笑ましくすらある光景ではあるが、これでは親が邪魔で子供に近づけない。マントのせいで姿が見えないので、なんとなく佐久間がいるだろうあたりを振り仰ぐ。思ったより近くで「そんなこったろうと思いましたよ」と囁き声が聞こえた。

「移動するまで待つ?」
「春になっても知りませんよ」

 ひゅん、と風を切る音が背後からして、大きなドラゴンの額あたりで白色の光が弾けた。

「えっ?」

 振り向くと、ダメ元で持ってきていた催眠の魔石が目の前を掠めていった。パァンという破裂音を立ててまたドラゴンの額に光が散り、ゆっくりとその下の赤い目が開く。

「あ、気づいた。やっぱ効かねーな」
「ちょっと、何して……」
「僕が囮になって引きつけますから。さっさと罠解除してくださいね」
「えっ、はあ? 危な」

 岸尾の言葉が終わる前に、山が震えた。目覚めたドラゴンが雄叫びを上げたのである。

「ッ……!」

 脳を揺るがすようなドラゴンの咆哮に、思わず岸尾は耳を塞いだ。ビリビリと全身に衝撃が響く中、マントを脱ぎ捨てた佐久間が剣を抜いてひらりと跳んでいく。
 待って、という言葉は口にできたか分からなかった。
 ふわりふわりと重力を無視したかのように舞う佐久間の姿は、あっという間に藪の向こうへ小さくなっていく。

(な、何考えてんだ馬鹿!)

 性急にもほどがある。唖然とした岸尾の目の前で、のそりと黒い山が動いた。ゆっくりと立ち上がった黒竜がもう一度羽を広げていななき、佐久間を追ってどすどすと移動を始める。
 あとに残った子竜はもそもそと体を動かし、それからしょぼしょぼと目を開けた。こちらは少し催眠の魔法が効いているのかもしれない。その後ろ足は相変わらず罠に引っかかっているようだ。そこだけ艶がなく、不自然にビクビクと動いている。

「むぎゅう……」
(急げ急げ)

 寒い。でも二度寝したい。朝方の佐久間のような顔をした子竜に駆け寄る。
 罠の構造は簡単だ。ハサミ部分の横にある板バネを踏めば歯の部分が開く。案の定、ツノウサギ用の罠のようだ。近づいていくと、家の回りでするのと同じ、饐えた匂いがした。かなり傷が悪化しているらしい。すん、と子ドラゴンが鼻を上げる。

「きゅう?」

 姿は見えずとも、匂いがするのだろう。不思議そうに鼻をあちこちに向けている。二股に分かれた舌が身体のすぐ横を通り過ぎていき、岸尾は冷や汗をかいた。ちらりと佐久間の方に目をやるが、親ドラゴンの体に隠れてどうなっているのか全く見えない。
 焦る気持ちを抑えながら、バネ部に足をかけ、思いっきり踏み抜く。ゆっくりと歯が開いたところにストッパーをかけ、骨まで見えてしまっているドラゴンの足にポーションをかける。こんなひどい傷に効くのか不安に思いながら見つめるが、シュワシュワと薄緑の光に包まれた脚はすっかり元通りのようだ。

「ぎゃ……ぎゃお?」

 ドラゴンの方も足の異変に気づいたらしい。そわそわと爪先を動かし、それから足首のあたりを回して、様子を確かめている。大丈夫そうだ。佐久間を呼ぼうと立ち上がった瞬間、バチッと岸尾の手首から衝撃が走った。
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