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これで先輩死ぬわけにいかなくなったし僕から離れられなくなりましたよねもっといっぱい子供産ませてあげますからみんなで末永く幸せになりましょうね
「おめでとうございます、妊娠してますよ」
医者の言葉に、岸尾はただ瞬きした。
頭をぶつけた傷は大したことはなく、ポーションをちょっと振りかけたらどこが傷口か分からなくなってしまう程度だった。だが、大事を取って休憩している間にクラティアが佐久間を呼んでしまったのだ。すっ飛んできた佐久間に「ちょっとめまいがして……」と言ってしまったが最後、「大袈裟だ」と主張しても取り合ってもらえず、早退した岸尾は病院に連れてこられていた。
「妊娠、ですか」
ぽかんとしたままオウム返しをすると、「はい」と目の前の医者が微笑んだ。
(……えっ?)
頭がついて行かない。ああ、だから妙に眠かったのか、という理解が頭の中を上すべりしていく。
病院の外に出ると、キラキラと輝く陽光が海と石畳の道を照らしていた。
(……妊娠?)
確かに、オメガの場合は男でも子供ができる、と最初に聞いた。心当たりもある。体調に異変だって起きている。だが、それでもどこか信じられない自分がいた。
岸尾の足がゆっくりになり、そして止まる。右側にいた佐久間が不思議そうな顔をして振り返ってきた。
「諒くん……俺、赤ちゃん、できたって……」
そっと下腹部に手をやる。まだぺたんとしていて、中に何かがいるとは到底信じられない。だが、恐る恐る見上げると、佐久間は「そうじゃないかなあとは思ってました」とあっさりと言った。
「最近、僕より朝起きられなくなってましたし、ずっとぼーっとしてたじゃないですか。発情期でもないのに食欲も落ちてるようだったんで、これは何かあるなと」
「……そうなの?」
はい、と頷いた佐久間の右手が、岸尾の手に重なった。ほっとしたように、その顔が笑みで彩られていく。
「でも……ずっと、病気だったらどうしようとも思ってたんで……さっきはっきり言われて、凄く嬉しいです」
医者に言われた言葉より、佐久間が何かあると思っていた、ということの方が岸尾には響いた。
「そ……そっか」
じんわりと重なった手から、体が温かくなっていく。自分の中に新たな命が生まれたのだということが、すとんと心の中に落ちてきた。
子供。佐久間と。自分の。
そう考えた瞬間、岸尾の胸で何かが弾けた。とにかく大声で叫びたいような、駆け出したいような気持ちで一杯になる。
そして次の瞬間――岸尾の頭に、母の顔が浮かんだ。
(あの人は「生まなきゃよかった」と俺に言ったけれども)
自分を妊娠した時、母はどう感じていたのだろうか。もしかしたら、自分もいつか同じように、子供に呪詛の言葉を投げかける日が来てしまうのではないだろうか。
「俺……ちゃんと、親に、なれるかな」
救いを求めるように、佐久間の顔を見る。嬉しい。けれども、怖い。二つの大きな感情が岸尾の中でぶつかり合い、せめぎ合っていた。
「どうでしょうね」
「えっ」
満面の笑みを浮かべたまま首を傾げた佐久間に、岸尾は衝撃を受けた。うざったいかもしれないが、ここは大丈夫と言ってほしかった。何もそんな突き放すようなこと言わなくてもいいじゃないか、酷くないか?
そのまま岸尾が固まっていると、佐久間は「いや、先輩には無理って意味じゃないですよ」と慌てて言葉を続けた。
「っていうか、そんなこと分かりませんって、僕だって。良い親かどうかなんて、子供が大きくなってから結果論でしか見えてこないんですし。でも、もう親になるしかない――というか、すでになっちゃってるわけですよ。なら、やるしかないでしょ」
お腹の上に重ねた手を握られる。
「一緒に悩みましょう、春人さん。この子にとって何が最善か、僕たちが親として何ができるか」
「そっ……そっか、そうだね」
びっくりした、と思いながら岸尾も手を握り返す。安易に肯定してこないのは、佐久間なりに考えてのことだったらしい。安易に安心を求めてしまった自分がむしろ恥ずかしくなってくる。
「……ありがとう」
大きく息を吸って、岸尾は前を向いた。
(二人なら、きっと大丈夫……だよな)
また歩き始めようとして、一緒に動くと思っていた佐久間の胸に顔がぶつかった。その両手が腰に回されてきて、ふへ、と岸尾は変な笑い声を上げた。
「そ、その格好でされると恥ずかしいんだけど……っていうか、人前だし……」
よほど急いで飛び出してきたのか、キュビリエ騎士団の鎧も剣もそのままだ。道行く人からちらちらと見られているのが恥ずかしい。
「ちょっとだけです」
耳元に当たる声に、顔が赤くなる。
「もう……」
小さく呟いた岸尾も、佐久間の背中に左腕を回した。頭を鎧の胸元に当てる。その表面はひやりと冷たいが、きっと中では心臓が早鐘を打っているに違いない。
だって、手のひらからその熱が伝わってくるから。
軽く目を閉じると、佐久間の匂いの向こうに、甘い花の香りが混じっているのを感じた。
【終】
医者の言葉に、岸尾はただ瞬きした。
頭をぶつけた傷は大したことはなく、ポーションをちょっと振りかけたらどこが傷口か分からなくなってしまう程度だった。だが、大事を取って休憩している間にクラティアが佐久間を呼んでしまったのだ。すっ飛んできた佐久間に「ちょっとめまいがして……」と言ってしまったが最後、「大袈裟だ」と主張しても取り合ってもらえず、早退した岸尾は病院に連れてこられていた。
「妊娠、ですか」
ぽかんとしたままオウム返しをすると、「はい」と目の前の医者が微笑んだ。
(……えっ?)
頭がついて行かない。ああ、だから妙に眠かったのか、という理解が頭の中を上すべりしていく。
病院の外に出ると、キラキラと輝く陽光が海と石畳の道を照らしていた。
(……妊娠?)
確かに、オメガの場合は男でも子供ができる、と最初に聞いた。心当たりもある。体調に異変だって起きている。だが、それでもどこか信じられない自分がいた。
岸尾の足がゆっくりになり、そして止まる。右側にいた佐久間が不思議そうな顔をして振り返ってきた。
「諒くん……俺、赤ちゃん、できたって……」
そっと下腹部に手をやる。まだぺたんとしていて、中に何かがいるとは到底信じられない。だが、恐る恐る見上げると、佐久間は「そうじゃないかなあとは思ってました」とあっさりと言った。
「最近、僕より朝起きられなくなってましたし、ずっとぼーっとしてたじゃないですか。発情期でもないのに食欲も落ちてるようだったんで、これは何かあるなと」
「……そうなの?」
はい、と頷いた佐久間の右手が、岸尾の手に重なった。ほっとしたように、その顔が笑みで彩られていく。
「でも……ずっと、病気だったらどうしようとも思ってたんで……さっきはっきり言われて、凄く嬉しいです」
医者に言われた言葉より、佐久間が何かあると思っていた、ということの方が岸尾には響いた。
「そ……そっか」
じんわりと重なった手から、体が温かくなっていく。自分の中に新たな命が生まれたのだということが、すとんと心の中に落ちてきた。
子供。佐久間と。自分の。
そう考えた瞬間、岸尾の胸で何かが弾けた。とにかく大声で叫びたいような、駆け出したいような気持ちで一杯になる。
そして次の瞬間――岸尾の頭に、母の顔が浮かんだ。
(あの人は「生まなきゃよかった」と俺に言ったけれども)
自分を妊娠した時、母はどう感じていたのだろうか。もしかしたら、自分もいつか同じように、子供に呪詛の言葉を投げかける日が来てしまうのではないだろうか。
「俺……ちゃんと、親に、なれるかな」
救いを求めるように、佐久間の顔を見る。嬉しい。けれども、怖い。二つの大きな感情が岸尾の中でぶつかり合い、せめぎ合っていた。
「どうでしょうね」
「えっ」
満面の笑みを浮かべたまま首を傾げた佐久間に、岸尾は衝撃を受けた。うざったいかもしれないが、ここは大丈夫と言ってほしかった。何もそんな突き放すようなこと言わなくてもいいじゃないか、酷くないか?
そのまま岸尾が固まっていると、佐久間は「いや、先輩には無理って意味じゃないですよ」と慌てて言葉を続けた。
「っていうか、そんなこと分かりませんって、僕だって。良い親かどうかなんて、子供が大きくなってから結果論でしか見えてこないんですし。でも、もう親になるしかない――というか、すでになっちゃってるわけですよ。なら、やるしかないでしょ」
お腹の上に重ねた手を握られる。
「一緒に悩みましょう、春人さん。この子にとって何が最善か、僕たちが親として何ができるか」
「そっ……そっか、そうだね」
びっくりした、と思いながら岸尾も手を握り返す。安易に肯定してこないのは、佐久間なりに考えてのことだったらしい。安易に安心を求めてしまった自分がむしろ恥ずかしくなってくる。
「……ありがとう」
大きく息を吸って、岸尾は前を向いた。
(二人なら、きっと大丈夫……だよな)
また歩き始めようとして、一緒に動くと思っていた佐久間の胸に顔がぶつかった。その両手が腰に回されてきて、ふへ、と岸尾は変な笑い声を上げた。
「そ、その格好でされると恥ずかしいんだけど……っていうか、人前だし……」
よほど急いで飛び出してきたのか、キュビリエ騎士団の鎧も剣もそのままだ。道行く人からちらちらと見られているのが恥ずかしい。
「ちょっとだけです」
耳元に当たる声に、顔が赤くなる。
「もう……」
小さく呟いた岸尾も、佐久間の背中に左腕を回した。頭を鎧の胸元に当てる。その表面はひやりと冷たいが、きっと中では心臓が早鐘を打っているに違いない。
だって、手のひらからその熱が伝わってくるから。
軽く目を閉じると、佐久間の匂いの向こうに、甘い花の香りが混じっているのを感じた。
【終】
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