86 / 160
11-2
しおりを挟む◇◇◇
王都ロンド。その中心地に建つ王宮の一室で、ブリトン王国の行く末を左右する重要な会議が開かれていた。
「どうしたものか……」
立派な法衣をまとった老人が呟いた。ブリトン聖教会の大主教である。
老人は呟きに対する返答を求める様に王に視線を投げた。
「うむ……」
王もまた言葉を濁す。
議題に上がっているのは建国祭の日に起きた、ある事件だった。それはリード領でおこなわれた祭での余興。リードでは祭りを統治祭と呼び、統治王ケント1世を讃えて夜空に火球を打ち上げるのが習わしだ。魔法学校がある事もあって例年、魔導士による火球の打ち上げは祭りのフィナーレを飾るにふさわしい華やかなものだった。
けれど、今年の火球は祭りの余興とは呼べないほど凄まじいものだったのだ。その火球を見た者達は口々に言い合った『ケント王の再来だ!』と。
ケント1世は絶大なる魔力でもって他を圧倒し、有無を言わせない統治を実現させた。その名残は魔力至上主義という形でいたるところに残っている。国の行政を担う者達は魔力を有する貴族がほとんどだし、序列は魔導の素質によって決まると言ってもよい。末端の役人から始まり、トップの長官、更に上には領主が立ち、そして領主達を束ねる王。上に行くにつれ魔導の才に恵まれた者が自ずと選ばれていく。だから上位に立つからには、立つだけの力を示さなくてはならない。
ブリトン王国は連合王国だ。西のカンロ国、北のスコー国、そして現在、主権を握っている中央のセントランド国。三国が争っていたのは250年以上も前の事。それぞれの国に思うところがあっても、これまでセントランドを中心に連合王国として成立してきた。表向きには。未だ派閥争いという形でどこの国が主権を握るのか、水面下で闘争は繰り広げられている。今、その三国のパワーバランスが著しく崩れようとしているのだ。
答えの出ない会議に、また老人が誰に言うでもなく呟く。
「何のための聖女降臨だったのか……」
聖女とは教会の儀式によって召喚せしむる者のこと。その魔力は他に比類なき膨大なものであるため、度々この国の歴史を陰日向に動かしてきた。
王家は上に立つ者として力を示す為、聖女を召喚し体に宿す膨大な魔力を血統に取り込んできたのだ。今回の聖女降臨もその目的を果たす為のものだった。しかし、ここに聖女と匹敵するほどの魔力を持つ者が突如として現れたのだから、動揺するのも無理はない。
「ハハッ、あの子は才能に溢れる子だとは思っていたが、ケント王の再来とは。元々うちはケントの血筋だからね。ご先祖様に気に入られたのだろうよ」
重苦しい空気を気にすることなく戯れに口を開いたのは王の右側、一番側近に座っていた人物。赤い瞳がにこやかに緩んでいる。
長テーブルを挟み、対面して座っていた大主教が釘をさす。
「笑いごとではありませぬ。」
老いているとはいえ大主教にまで上り詰めた偉才。大貴族相手にも、眼光は鋭い。けれどその視線にたじろぐ様子も無く、赤い瞳は緩んだまま応えた。
「大主教殿は大袈裟に考え過ぎではないかね?私の娘なのだ。我が家の為、ひいてはこのブリトン王国の為、大いに貢献してくれるだろう」
「そのご氏族がどこに嫁ぐかが問題だと言っているのです」
「何も問題はあるまいよ」
「貴殿は御自分の娘がどこに嫁ぐかお忘れなのか?このままではカンロ派を勢いづかせることになりかねないのですぞ!」
少しずつ語気を強くする老人を今度は赤い瞳が鋭く見据える。
「それはセントランド派の言い分でしょう。私はこのブリトン王国の事を話している。」
優秀な魔導士をどれだけ抱え込んでいるかが、国の力の目安となっているのだ。今まではセントランドが圧倒していた。だがしかし、カンロが力を付けたとなれば歴史的に見ても反目してきたかの国で分離独立の動きが出かねない。
連合王国とは例えるなら薄氷の様なもので、誤って踏み込めば簡単にヒビが入り割れてしまいかねないのだ。圧倒的な力を持つ者が現れ、その者がどの派閥に属するかは国の将来を左右する。表面上は綺麗な氷を、踏み抜かせるわけにはいかない。現状維持。それがセントランド派の意志だった。
明確な答えの出ないまま会議は閉じられた。
皆が引き上げていき部屋に残った王と、その友人はお互い小さくため息をついた。
「あのご老人には、そろそろ隠居してもらったらどうだい?」
「フッ、私には任命権はあっても解任権はないよ。王と言ってもこの国の象徴に過ぎないのだから」
「君臨するが、統治はせずって?統治王ケントが聞いたら嘆くだろうね」
「これも革命を起こしたロンド家が築いたものだ。そもそも私はロンドの家系ではない。スコーの山奥から婿入りしたに過ぎないのだから。その事もあのご老人は気に入らないのだろうよ。何としてもセントランドの血筋が主権を維持しなければと考えている」
「如何にも古い考えだ。しかし貴族の婚礼とは未だにそういうものだからね。家の為、この国の為、決められた相手と結婚をする。私も妻と結婚する時、ダンスパーティーで一度踊ったきりで父から結婚相手だと告げられたよ。小さい頃から家の為にと教えられて育ったから、そういうものだと疑いもしなかったが、妻の方も同じだろう。けど、いざ自分の娘を嫁がせるとなると複雑だね。あの子は何も言わなかったが、そのまま口をきいてくれなくなったよ、ハハ」
「君には嫌な役回りをさせてしまったな。娘を政争の道具とするなど」
「キミの息子だって同じようなものじゃないか。誰を娶るのか国の思惑でコロコロと変えられてしまう。今回も”あの者”に頼るしかあるまい……せめて王妃が存命なら、」
赤い瞳は惜しむ様に天を仰ぎ見た。
王も同じように椅子の背もたれに体を預け、何もない天井を見つめながらぽつりと言った。
「……君はまだソフィアの事を、」
フッと笑って赤い瞳が緩む。
「何を言っているんだい。ソフィアとはただの幼馴染だ。そりゃあ、近しい者として特別な想いが無かったとは言わないが、若者にありがちな淡い感情さ。変な事を言わせないでくれ。何もないのだとしても、こんなのはお互いの妻に対して失礼だ」
「そうか……そうだな、悪かった。君がソフィアと同じくこの私を友と呼んでくれることを心強く思う。これからも頼りにしている」
「これかからも、か……」
男は席を立ち、窓際に立った。冬空は鉛色に曇っている。
「私もそろそろ隠居して、余生は狩を愉しみながらのんびり暮らしたいと考えているのだがね」
「おいおい、冗談はよしてくれ。隠居するような歳でもないだろう」
「キミだって来年には王位を譲る気でいるんだろ?私を新王のお目付け役にさせるつもりかい?それこそ冗談じゃない。年寄なんてサッサと若い世代に席を譲った方が世の為さ。どこかの老人みたく権力に固執するなんて、見苦しいったらありゃしない。長い年月かけて凝り固まった思考が対立を生んでいるんだ。それを指摘したところで変える気も、変える能力も失われている」
「手厳しいな。それでも暫くは若者を導く先達は必要だろう?」
「私に出来る事など限られるよ。大貴族として周囲の縁故に縛られている。だからこそ若い世代に譲って、自分は後ろから睨みを利かせるんだ。子供達が自由に動けるようにね」
「君にはかなわないな。よほど私より王にふさわしい、」
「ハハ、再びケントの血筋を王にでも?笑えない冗談だ」
2
あなたにおすすめの小説
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?
行枝ローザ
ファンタジー
美しき侯爵令嬢の側には、強面・高背・剛腕と揃った『狂犬戦士』と恐れられる偉丈夫がいる。
貧乏男爵家の五人兄弟末子が養子に入った魔力を誇る伯爵家で彼を待ち受けていたのは、五歳下の義妹と二歳上の義兄、そして王都随一の魔術後方支援警護兵たち。
元・家族の誰からも愛されなかった少年は、新しい家族から愛されることと癒されることを知って強くなる。
これは不遇な微魔力持ち魔剣士が凄惨な乳幼児期から幸福な少年期を経て、成長していく物語。
※見切り発車で書いていきます(通常運転。笑)
※エブリスタでも同時連載。2021/6/5よりカクヨムでも後追い連載しています。
※2021/9/15けっこう前に追いついて、カクヨムでも現在は同時掲載です。
婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた
夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。
そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。
婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
無能妃候補は辞退したい
水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。
しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。
帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。
誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。
果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか?
誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。
辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします
雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました!
(書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です)
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる