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夜はジャスパーの好きなカード遊びに興じたりして、彼は満足そうでした。しかし朝になり、妹が出発する時になってまた表情は冴えません。
「ああ、メイベール……どうしても行かないといけないのかい?そんなに急ぐことも無いだろう?ここで何日かゆっくりしてからでもいいじゃないか。うん、それがいい」
ルイスが呆れて言います。
「ジャスパー、私達もいるんだぞ?早く出発させてくれ」
「そうです、お兄様。ゆっくりはしていられませんわ。お父様が帰ってくるかもしれないのですから、顔を合わす前に行きたいのです」
「そうだね……帰りは迎えに行くから、体には気を付けて。風邪などひかないように温かくして寝るんだよ」
ジャスパーは妹を抱き寄せました。
「お兄様ったら、そんなに心配しなくても、わたくしもう子供ではなくてよ?」
ジャスパーを残して馬車は出発しました。
一人いなくなった車内は少し静かになりましたが、代わりとばかりに今度はエミリーがよく喋りました。彼女は普段ルイスとは距離を取らなければならないので、こういう時間は貴重なのです。昨晩のお喋りでもまだ足りないといったように賑やかでした。
穏やかな時間と共に車外の景色も流れていきます。旅の工程は王族たちの負担にならないようにと、ゆったりとしたものでした。ケステルの街を出発して昼には次の街へと到着し、そこで一晩明かしました。
翌朝、街を出発する時にルイスは少し緊張していました。
「テオ、私達をベオルマ家に招待してはくれないだろうか?」
「?」
この街でルイスはロンドへと、テオはベオルマへと道は分かれているのです。馬車はそれぞれの道を行くはずでした。
ルイスの青い瞳は真剣な眼差しです。何かを感じ取ってテオも頷きます。
「ああ、かまわない。」
「ありがとう。」
ルイスがお付の使用人に伝えます。
「これからベオルマ家へ向かう」
「お待ちください。私共はルイス様をロンドへお連れするようにと、」
「これは大事な事なんだ。」
「しかし……」
「私が皇太子として命ずる。ベオルマへ」
命ずるとまで言われては使用人に拒否権はありません。
「はい……分かりました」
様子がおかしいと、いつもルイスとエミリーに付き添っている近侍達が駆け寄ってきました。
「何事でしょうか?」
「何でもない。これから友の家に向かうだけだ」
ルイスがベオルマ家の馬車へと乗り込みます。メイベール達にも早く乗り込む様にと促します。
「殿下!お待ちを!」
テオが御者に合図しました。
「出してくれ」
近侍達は馬を駆り、後ろからピッタリと後をついて来ます。車内ではエミリーが興奮してはしゃいでいました。
「お兄様!上手くいきましたわね!もうベオルマへと向かったのだから誰にも止められないわ!」
メイベールは訳が分からず聞きました。
「どういうことですの?」
「皇太子というのはどこへ行くにも周りに決められて自由は無いのさ。たまには我がままを言ったっていいだろう?」
ルイスが笑って応えました。エミリーも一緒に笑っています。やはりロンド兄妹の意図が読めず、メイベールは不思議がるのでした。
はしゃいでいたエミリーでしたが、フッと真顔になって言います。
「あなたはまだ自覚が無いようだけど、貴族がどこに行くのかってとても重要な事なのよ?ケステル家は流石ね。誰が来ても迎え入れてしまう。……わたくしも犬に囲まれて楽しく暮らしてみたいわ」
「本気か?」
驚く兄に妹は笑うばかりです。その顔はいたづらっぽく、兄に見せる表情にだけは幼さも残しているのでした。
夕方にはベオルマの街へと到着しました。
ベオルマ家の馬車が王族を乗せて屋敷の敷地へと入って行きます。近侍達もここがベオルマの地だという事は分かっているので事を荒立てる事は出来ません。成り行きを見守るしかありませんでした。
玄関で出迎えたバトラーが驚きます。ベオルマの紋章があしらわれた馬車からはテオ以外にもぞろぞろと出てきたのですから。
「これはいったい、どういうことでしょう?」
「爺、見ての通り客人だ。」
「客人⁉坊ちゃまの?」
(坊ちゃま!)
朝日は笑いだしそうになるのを堪えました。明星がジト目で見てきます。
「突然に失礼する。私はルイス・ロンドだ。」
「ロンド⁉」
爺がまたまた驚きます。この老人はオーバーに驚き、テオとルイスの顔を交互に見て目を白黒させるのでした。ケステル家のバトラーとは違い、その振る舞いは大袈裟です。
「わたくしはエミリー・ロンドです」
「メイベール・ケステルです」
爺の驚きは困惑へと変わっていきました。ベオルマ家の置かれている立場を使用人とはいえ知らないわけがありません。むしろ執事長として家内の事情を誰よりも把握しているのです。
先ほどまでの仰々しい態度は失せ、バトラーは背筋を正し胸に手を当ててから頭を下げました。
「急な事で取り乱し、お見苦しいところを見せました。皆様方が揃っておいでになった理由は何でございましょうか?只今、当家の主は所用で留守にしておりますゆえ、ご用件の内容によっては早馬を出し、主に連絡したいと思います」
ルイスがにこやかに応えます。
「ご当主が不在なのは知っている。むしろ留守なのを承知で来たのだ。いや、そんなに警戒しないでくれ。私は友人の招きに預かったまでだ。ご当主が居ては余計な気を使わせかねないのでな」
頭を上げたバトラーはテオの方を見ました。彼が頷きます。爺の顔は和らぎました。
「そうでしたか。坊ちゃまのご友人……そういう事ですか。ええ、この爺すべて承知しましたゆえ、どうぞごゆるりとお寛ぎくださいませ」
テオがそれまで皆の後ろに隠れるようにしていたアイラを前に出る様に促します。アイラの顔を認めた途端、爺は息をのみました。
「もしや⁉」
テオが首を振ります。
「爺、何も言うな」
「ええ、ええ、心得ております。心得ておりますとも……今はこの言葉だけ、」
爺は深々と頭を下げました。
「おかえりなさいませ。」
「ああ、メイベール……どうしても行かないといけないのかい?そんなに急ぐことも無いだろう?ここで何日かゆっくりしてからでもいいじゃないか。うん、それがいい」
ルイスが呆れて言います。
「ジャスパー、私達もいるんだぞ?早く出発させてくれ」
「そうです、お兄様。ゆっくりはしていられませんわ。お父様が帰ってくるかもしれないのですから、顔を合わす前に行きたいのです」
「そうだね……帰りは迎えに行くから、体には気を付けて。風邪などひかないように温かくして寝るんだよ」
ジャスパーは妹を抱き寄せました。
「お兄様ったら、そんなに心配しなくても、わたくしもう子供ではなくてよ?」
ジャスパーを残して馬車は出発しました。
一人いなくなった車内は少し静かになりましたが、代わりとばかりに今度はエミリーがよく喋りました。彼女は普段ルイスとは距離を取らなければならないので、こういう時間は貴重なのです。昨晩のお喋りでもまだ足りないといったように賑やかでした。
穏やかな時間と共に車外の景色も流れていきます。旅の工程は王族たちの負担にならないようにと、ゆったりとしたものでした。ケステルの街を出発して昼には次の街へと到着し、そこで一晩明かしました。
翌朝、街を出発する時にルイスは少し緊張していました。
「テオ、私達をベオルマ家に招待してはくれないだろうか?」
「?」
この街でルイスはロンドへと、テオはベオルマへと道は分かれているのです。馬車はそれぞれの道を行くはずでした。
ルイスの青い瞳は真剣な眼差しです。何かを感じ取ってテオも頷きます。
「ああ、かまわない。」
「ありがとう。」
ルイスがお付の使用人に伝えます。
「これからベオルマ家へ向かう」
「お待ちください。私共はルイス様をロンドへお連れするようにと、」
「これは大事な事なんだ。」
「しかし……」
「私が皇太子として命ずる。ベオルマへ」
命ずるとまで言われては使用人に拒否権はありません。
「はい……分かりました」
様子がおかしいと、いつもルイスとエミリーに付き添っている近侍達が駆け寄ってきました。
「何事でしょうか?」
「何でもない。これから友の家に向かうだけだ」
ルイスがベオルマ家の馬車へと乗り込みます。メイベール達にも早く乗り込む様にと促します。
「殿下!お待ちを!」
テオが御者に合図しました。
「出してくれ」
近侍達は馬を駆り、後ろからピッタリと後をついて来ます。車内ではエミリーが興奮してはしゃいでいました。
「お兄様!上手くいきましたわね!もうベオルマへと向かったのだから誰にも止められないわ!」
メイベールは訳が分からず聞きました。
「どういうことですの?」
「皇太子というのはどこへ行くにも周りに決められて自由は無いのさ。たまには我がままを言ったっていいだろう?」
ルイスが笑って応えました。エミリーも一緒に笑っています。やはりロンド兄妹の意図が読めず、メイベールは不思議がるのでした。
はしゃいでいたエミリーでしたが、フッと真顔になって言います。
「あなたはまだ自覚が無いようだけど、貴族がどこに行くのかってとても重要な事なのよ?ケステル家は流石ね。誰が来ても迎え入れてしまう。……わたくしも犬に囲まれて楽しく暮らしてみたいわ」
「本気か?」
驚く兄に妹は笑うばかりです。その顔はいたづらっぽく、兄に見せる表情にだけは幼さも残しているのでした。
夕方にはベオルマの街へと到着しました。
ベオルマ家の馬車が王族を乗せて屋敷の敷地へと入って行きます。近侍達もここがベオルマの地だという事は分かっているので事を荒立てる事は出来ません。成り行きを見守るしかありませんでした。
玄関で出迎えたバトラーが驚きます。ベオルマの紋章があしらわれた馬車からはテオ以外にもぞろぞろと出てきたのですから。
「これはいったい、どういうことでしょう?」
「爺、見ての通り客人だ。」
「客人⁉坊ちゃまの?」
(坊ちゃま!)
朝日は笑いだしそうになるのを堪えました。明星がジト目で見てきます。
「突然に失礼する。私はルイス・ロンドだ。」
「ロンド⁉」
爺がまたまた驚きます。この老人はオーバーに驚き、テオとルイスの顔を交互に見て目を白黒させるのでした。ケステル家のバトラーとは違い、その振る舞いは大袈裟です。
「わたくしはエミリー・ロンドです」
「メイベール・ケステルです」
爺の驚きは困惑へと変わっていきました。ベオルマ家の置かれている立場を使用人とはいえ知らないわけがありません。むしろ執事長として家内の事情を誰よりも把握しているのです。
先ほどまでの仰々しい態度は失せ、バトラーは背筋を正し胸に手を当ててから頭を下げました。
「急な事で取り乱し、お見苦しいところを見せました。皆様方が揃っておいでになった理由は何でございましょうか?只今、当家の主は所用で留守にしておりますゆえ、ご用件の内容によっては早馬を出し、主に連絡したいと思います」
ルイスがにこやかに応えます。
「ご当主が不在なのは知っている。むしろ留守なのを承知で来たのだ。いや、そんなに警戒しないでくれ。私は友人の招きに預かったまでだ。ご当主が居ては余計な気を使わせかねないのでな」
頭を上げたバトラーはテオの方を見ました。彼が頷きます。爺の顔は和らぎました。
「そうでしたか。坊ちゃまのご友人……そういう事ですか。ええ、この爺すべて承知しましたゆえ、どうぞごゆるりとお寛ぎくださいませ」
テオがそれまで皆の後ろに隠れるようにしていたアイラを前に出る様に促します。アイラの顔を認めた途端、爺は息をのみました。
「もしや⁉」
テオが首を振ります。
「爺、何も言うな」
「ええ、ええ、心得ております。心得ておりますとも……今はこの言葉だけ、」
爺は深々と頭を下げました。
「おかえりなさいませ。」
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