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第1章

1-23

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1-23「クレリックのターン」

勇者様は馬車乗り場から歩き続け、街の外へ繋がる門に向かっているようだった。
(もしかして、街の外に出るつもり?)
彼は私が着させてあげたチュニック1枚だけで、防具を身に着けておらず軽装だ。
「まずいわね」
今はモンスターの数が激減しているとはいえ、万が一という事もある。街の外へ出るのならそれなりの装備をしなくては危険だ。

武器も持たない彼を見て、思い出した事があった。
(そういえば、聞いた話によるとニホンジンは”カラテ”とかいう武術をマスターしているとか・・・・・・)
きょろきょろしながら前を歩いていく彼は戦士の顔とはかけ離れた人当たりの良さそうな顔つきをしている。
(あの優しそうな顔で武術を心得ているのかしら?)
そんな疑問も浮かぶ。

(けど、人は見かけによらないというし)
私は隣で並んで歩くアンスをちらりと見た。
アンスはピコ族の出身だ。彼女達一族は成人済みでもみな小柄な体型をしている。何も言わなければヒューマンの子供と間違われるのが常で、それでいてプライドが高いものだから子供扱いしようものなら痛い目を見ることになる。
ピコ族はその小柄な体に似合わず筋力が異常に発達しているのだ。体格差など関係なくヒューマンの男性を軽々と負かしてしまうほどだ。

アンスはピコ族だがヒューマンとのハーフだと聞いたことがある。そのためか私と隣に並んでも、小柄には見えない。
その恵まれた体格とピコ族の筋力の強さを併せ持ち、武術の心得もあると言うのだから余程のつわ者でないと勝つことはできないだろう。

見た目は当てにならない。そう思い直し勇者様を見直した。
(もしかして彼は本当に武術の達人でとっくに私たちの尾行に気付いていたとしたら?フラフラ歩き回っているのもこちらの出方を伺っているんじゃ・・・・・・)
そんな事まで考えてしまったが、彼はどう見ても戦いとは無縁なお人好しといった雰囲気を醸し出している。

裏があるのかないのか、見定めているうちに彼は街の防壁まで来てしまった。
その風貌からはカラテ使いかどうかは分からない。が、どちらにしても外には出さない方が良いと考え、私はアンスに尋ねた。
「アンス、」
「ハイ」
「勇者様を外へ出させないようにする為に、あなたならどうする?」
「力づくで!」
そう言うとアンスは握りこぶしを胸の前に掲げた。

「プッ!」
アンスらしい真っ直ぐな答えに思わず笑ってしまった。
「彼には気付かれないように、隠密でよ」
「分かってます。冗談です」
普段から冗談を言わないアンスが言っても冗談には聞こえない。

彼女は少し考えてから、門の横で見張りをしている門番を指さして答えた。
「門番に勇者様を出させないようにします」
「具体的には?」
「ボアが出たので、気を付けた方がいいと知らせます」
街のそばにはほとんどスライムぐらいしか現れない、ボアはスライムに比べれば珍しいが、たまに見かけるモンスターだ。猛烈な勢いで向かってきて体当たりしてくるので、一般人にとっては危ない。そんなモンスターが表れたとなれば気軽に外へ出ることは出来なくなる。

アンスは補足した。
「勇者様は武器を持っていないので、外に出ようとすれば止められるでしょう」
「いいわ、ここはあなたに任せます。行ってきなさい」
「ハイ!」
アンスは小走りに駆けていくと、勇者様を追い越し門の方へと向かった

アンスが行ってすぐ、勇者様は門から少し離れた場所で腰を下ろすと、行きかう人々をながめはじめた。
(勘付かれた?)
彼は妙に勘が鋭い気がする。そういえば、朝の教会でも何か感じ取ったのか中へは入ってこなかった。
やはり鍛錬を積んだ戦士なのだろうか?
(ニホンジン、あなどれないわね)

暫くしてアンスが私たちの元へ帰ってくると、ちょうど勇者様が立ち上がり門へと向かって行った。
アンスが何か小細工をしても関係ないといった感じに見える。

注意して見ていると、彼は通りがかった冒険者達の後ろへ静かに忍び寄り、そのまま歩調を合わせ紛れ込んでしまった。
「なっ!」
その様子を見ていたアンスが、思惑が外れたといった感じに声を上げる。
「彼はこちらの思惑通りには動いてくれないのよ」
私はアンスの肩をポン、ポン、と叩いた。

しかし、そのまま冒険者に紛れ込んで門を出ていくと思った時、門番が勇者様を呼び止めた。
それを見てアンスが胸をなで下ろしたのが、彼女の肩にかけていた手から伝わる。

門番の呼びかけに止まった勇者様は何か話している。
「アデリナ、通訳を頼むわ」
「えーっと、少しここからでは見にくいのですが・・・・・・」
そう言いつつもアデリナは勇者様の唇の動きを読む。

「散歩ですよ・・・足腰には自信があるので・・・全力で・・・はっはっはっー」
(散歩気分でモンスター狩り!?)
アデリナの通訳によると勇者様は足腰に相当の自信があるらしい。やはりカラテマスターなのか?
(ニホンジン、恐ろしいわね)
もしアンスが力ずくで捕らえようとしても、いい勝負をするのかもしれない。このまま勇者様が外へ出たらモンスターとどれだけ渡り合えるのか私は興味が湧いてきた。

だが、彼は門番と話し終えるとあっさり街へ引き返して来た。やはり装備を整えてからの方がいいと判断したのだろうか?自分の力を過信しないその潔さに私の中で彼の評価が高まっていく。
(さすがね、ニホンジン)
彼は誰かの助けなど必要ないのではないか?私達が隠密で力を貸す必要も無く、このまま見守っていても平気なのでは?私はそう思いはじめていた。

彼自身の目で、耳で、手で、この世界の事を知ってもらうのだ。
自分で体験した事なら、いきなり私達が現れて説明するよりも納得できるかもしれない。
次はどこへ向かうのだろう?私たちは勇者様の後をまた追いかけた。
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