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第2章
2-28「ライリーのターン」
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2-28「ライリーのターン」
「ライリー様、今、勇者様が起きられたようです」
部屋にいた私にアンスが彼の様子を知らせに来てくれた。
「分かったわ、すぐ行きます」
私は勇者様を監視するため彼と同じ修道院の一室にいた。
昨日、街中をふらふらと歩き回っていた勇者様は、日が暮れ始めるとベンチに座りそこで夜を明かすつもりだったのか横になってしまった。
そのまま夜の間も監視するわけにもいかず、彼に声をかけ教会へ連れて帰ってきたのだ。
こちらがシスターの格好をしていたこともあり、彼は警戒しつつも話を聞いてくれた。
教会では困っている人を受け入れていると言ったら、自分が目覚めた場所で心当たりもあったためか、彼はすんなり付いてきたのだった。
私達が1日中監視していたことはもちろん、素性は明かしていない。
彼の方も自分が誰なのか聞かれるのを嫌ったのか、あまり喋る事は無く「今日は歩き続けたので、サンダルが擦れて足が痛い」などと、当たり障りのない事を言って誤魔化しているようだった。
彼には言葉が通じる。
事情を丁寧に説明すれば協力してもらえるのではないかと焦る気持ちもあった。が、今のところは彼のしたいようにさせるつもりだ。
(焦ったってしょうがないわ)
気持ちを落ち着け私は勇者様の部屋の扉をノックした。
コン、コン、コン
ドアを開けると、彼はすっきりとした表情で出迎えてくれた。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「はい、おかげさまで」
(もう馴染んでいるみたいね)
彼の順応力には驚かされる。知らないところで目が覚めてなんの当ても無いというのに、目の前の彼はとても生き生きとしている。
「それはよかった。朝食の用意が出来ていますので、準備ができたら食堂までいらしてください。それでは」
「ありがとうございます」
当初の計画では、恩を売りつつ徐々に打ち解けそれから事情を説明するつもりだったのだが、恩を売るまもなく、彼は自分一人でもなんとかしてしまいそうだ。
食堂で一人、朝食を摂る彼を眺めていても不安がる様子は無かった。むしろ嬉しそうにパンを頬張っている。
(一人で食べてるのにニコニコ出来るなんて、これまでどんな生活を送ってきたのかしら?)
しかし、一人で食べていてくれるのは助かる。昨日シスター達と揃って食べた夕食は異常な雰囲気だったのだ。
シスター達には事前に彼へ無用な話しかけはしないようにと伝えてあったが、それどころか誰一人シスター同士でも雑談すらせず、全員の意識が勇者様へと向いていた。私が睨みを利かせていなかったらどうなっていたか。勇者様はシスター達に取り囲まれていたかもしれない。
そんな中、食事の途中に勇者様から喋りかけられたシスターがいた。
食事が終わると、そのシスターは何を聞かれたのか皆から質問攻めにあっていた。
(まよねーず・・・・・・か)
そのシスターは勇者様に「まよねーずを入れないのか?」と聞かれたそうだ。食事中だったから料理に関する事だと推測は出来るが、まよねーずが何を指すものなのか分からない。
だが、教会ではこういった勇者様がもたらす知識を何でもいいから欲しがっている。
このコッレの街は勇者様達がもたらした知識によって発展してきたと言ってもよい。家畜や食糧生産、住環境に上下水道、道路の整備などがそうだ。
人々の生活に余裕が生まれれば、その分モンスターに対抗する力もおのずと備わってくる。勇者様の知識はまさにモンスターに対抗する武器だった。
何か情報が得られれば、後で私がまとめて報告することになっている。まよねーずの事も部屋で報告書に書き留めておいた。
教会が彼に期待しているのは分かる。だが、無理強いをしたところで有益な情報を得られるはずはない。だから前回の降臨では教会をあげて至れり尽くせりでもてなしたのだ。
(簡単な朝食でも喜んでくれるのだから、今回はなんて楽なのかしら)
パンを嬉しそうに頬張る今回の勇者様を見て思った。
しかし、1つ気になる点もある。今回は極力関与しない方針のはずなのに、彼がこの女性だけの修道院に運び込まれた点だ。
私がいる分にはシスター達も自粛してはいるが、みな勇者様に興味津々なのは伝わってくる。
(・・・・・・あてられているのかもしれないわね)
だから教会の安直な意図が見え隠れしているようで、私は気に入らなかった。
コッレの街に来る度、この修道院には立ち寄っている。だけど今回来てみるとなじみの顔の修道女達が随分と減っていた。話によると勇者降臨の兆候が表れてから、古参の者たちは降臨に備える為ラゴの町へと召集がかけられたらしい。代わりに若い修道女達が西方教会へと集められたそうだ。
(私の気にし過ぎかしら?)
勇者様にいらない情報を吹き込まないため、前回の降臨を知らないシスターを集めてくれたという見方も出来る。アデリナやココだって、勇者様については何も知らないようなのだから。
そんな事を考えつつパンを頬張る勇者様を眺めていると、彼の服装が気になりはじめた。
(ちょっとまずいわね)
私が着せたものだが、遠くから彼を見ていているとノースリーブの肩口から、動くたびに胸がチラチラと見えている。修道女達には刺激が強すぎるかもしれない。
(確か、倉庫に信徒からの寄進があるはず)
彼に服を見繕ってあげようと私は考えた。
「あの」
「ぶっ!!ゴホッ!ゴホッ!」
彼は急に声をかけられて驚いたのか、むせてしまった。
「大丈夫ですか?」
「ええ、ゴホッ・・・・・・大丈夫です」
むせかえる彼にオレンジジュースを差し出してあげると、ゴクゴクと喉を鳴らしながら一気に飲み干した。
落ち着いた彼が尋ねる。
「あの、なにか?」
「食事が済んだら少しお時間よろしいですか?」
「ええ、いいですけど・・・・・・?」
「じゃあ、教会の裏で待ってます」
私は教会裏の倉庫へと向かった。
「ライリー様、今、勇者様が起きられたようです」
部屋にいた私にアンスが彼の様子を知らせに来てくれた。
「分かったわ、すぐ行きます」
私は勇者様を監視するため彼と同じ修道院の一室にいた。
昨日、街中をふらふらと歩き回っていた勇者様は、日が暮れ始めるとベンチに座りそこで夜を明かすつもりだったのか横になってしまった。
そのまま夜の間も監視するわけにもいかず、彼に声をかけ教会へ連れて帰ってきたのだ。
こちらがシスターの格好をしていたこともあり、彼は警戒しつつも話を聞いてくれた。
教会では困っている人を受け入れていると言ったら、自分が目覚めた場所で心当たりもあったためか、彼はすんなり付いてきたのだった。
私達が1日中監視していたことはもちろん、素性は明かしていない。
彼の方も自分が誰なのか聞かれるのを嫌ったのか、あまり喋る事は無く「今日は歩き続けたので、サンダルが擦れて足が痛い」などと、当たり障りのない事を言って誤魔化しているようだった。
彼には言葉が通じる。
事情を丁寧に説明すれば協力してもらえるのではないかと焦る気持ちもあった。が、今のところは彼のしたいようにさせるつもりだ。
(焦ったってしょうがないわ)
気持ちを落ち着け私は勇者様の部屋の扉をノックした。
コン、コン、コン
ドアを開けると、彼はすっきりとした表情で出迎えてくれた。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「はい、おかげさまで」
(もう馴染んでいるみたいね)
彼の順応力には驚かされる。知らないところで目が覚めてなんの当ても無いというのに、目の前の彼はとても生き生きとしている。
「それはよかった。朝食の用意が出来ていますので、準備ができたら食堂までいらしてください。それでは」
「ありがとうございます」
当初の計画では、恩を売りつつ徐々に打ち解けそれから事情を説明するつもりだったのだが、恩を売るまもなく、彼は自分一人でもなんとかしてしまいそうだ。
食堂で一人、朝食を摂る彼を眺めていても不安がる様子は無かった。むしろ嬉しそうにパンを頬張っている。
(一人で食べてるのにニコニコ出来るなんて、これまでどんな生活を送ってきたのかしら?)
しかし、一人で食べていてくれるのは助かる。昨日シスター達と揃って食べた夕食は異常な雰囲気だったのだ。
シスター達には事前に彼へ無用な話しかけはしないようにと伝えてあったが、それどころか誰一人シスター同士でも雑談すらせず、全員の意識が勇者様へと向いていた。私が睨みを利かせていなかったらどうなっていたか。勇者様はシスター達に取り囲まれていたかもしれない。
そんな中、食事の途中に勇者様から喋りかけられたシスターがいた。
食事が終わると、そのシスターは何を聞かれたのか皆から質問攻めにあっていた。
(まよねーず・・・・・・か)
そのシスターは勇者様に「まよねーずを入れないのか?」と聞かれたそうだ。食事中だったから料理に関する事だと推測は出来るが、まよねーずが何を指すものなのか分からない。
だが、教会ではこういった勇者様がもたらす知識を何でもいいから欲しがっている。
このコッレの街は勇者様達がもたらした知識によって発展してきたと言ってもよい。家畜や食糧生産、住環境に上下水道、道路の整備などがそうだ。
人々の生活に余裕が生まれれば、その分モンスターに対抗する力もおのずと備わってくる。勇者様の知識はまさにモンスターに対抗する武器だった。
何か情報が得られれば、後で私がまとめて報告することになっている。まよねーずの事も部屋で報告書に書き留めておいた。
教会が彼に期待しているのは分かる。だが、無理強いをしたところで有益な情報を得られるはずはない。だから前回の降臨では教会をあげて至れり尽くせりでもてなしたのだ。
(簡単な朝食でも喜んでくれるのだから、今回はなんて楽なのかしら)
パンを嬉しそうに頬張る今回の勇者様を見て思った。
しかし、1つ気になる点もある。今回は極力関与しない方針のはずなのに、彼がこの女性だけの修道院に運び込まれた点だ。
私がいる分にはシスター達も自粛してはいるが、みな勇者様に興味津々なのは伝わってくる。
(・・・・・・あてられているのかもしれないわね)
だから教会の安直な意図が見え隠れしているようで、私は気に入らなかった。
コッレの街に来る度、この修道院には立ち寄っている。だけど今回来てみるとなじみの顔の修道女達が随分と減っていた。話によると勇者降臨の兆候が表れてから、古参の者たちは降臨に備える為ラゴの町へと召集がかけられたらしい。代わりに若い修道女達が西方教会へと集められたそうだ。
(私の気にし過ぎかしら?)
勇者様にいらない情報を吹き込まないため、前回の降臨を知らないシスターを集めてくれたという見方も出来る。アデリナやココだって、勇者様については何も知らないようなのだから。
そんな事を考えつつパンを頬張る勇者様を眺めていると、彼の服装が気になりはじめた。
(ちょっとまずいわね)
私が着せたものだが、遠くから彼を見ていているとノースリーブの肩口から、動くたびに胸がチラチラと見えている。修道女達には刺激が強すぎるかもしれない。
(確か、倉庫に信徒からの寄進があるはず)
彼に服を見繕ってあげようと私は考えた。
「あの」
「ぶっ!!ゴホッ!ゴホッ!」
彼は急に声をかけられて驚いたのか、むせてしまった。
「大丈夫ですか?」
「ええ、ゴホッ・・・・・・大丈夫です」
むせかえる彼にオレンジジュースを差し出してあげると、ゴクゴクと喉を鳴らしながら一気に飲み干した。
落ち着いた彼が尋ねる。
「あの、なにか?」
「食事が済んだら少しお時間よろしいですか?」
「ええ、いいですけど・・・・・・?」
「じゃあ、教会の裏で待ってます」
私は教会裏の倉庫へと向かった。
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