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第3章

3-5

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3-5「ユウのターン」

「ラビット・インか」
昨日は疲れ果てて気にも止めなかったが、改めて宿の看板を見てオレは納得した。
(ウサギの肉が入ってたもんな)
「ユウ、はやく」
看板を眺めて「直球なネーミングだなぁ」と、呆けているオレをチェアリーが呼ぶ。

おかみさんにお使いを頼まれたのだが、何を買ってくればいいのかオレは聞かされていない。
(もしかしてウサギか?)
チェアリーが詳しい事を聞いているはずだ。オレが聞いたところで売っている場所を知らないのだから意味はないが、それでもどこに向かうのかだけでもと思い聞いてみた。
「これからどこに行くの?」
「まずは教会に行ってお祈りしましょ」
(教会か)

彼女に付いて少し歩くと、見覚えのある場所に着いた。
(やっぱりここだよな)
そこはオレがお世話になった教会だった。
(何か縁があるのか?)
最初に目覚めた場所なのだから実際に運命だか、宿命だか何かがあるのかもしれない。

(せっかく来たんだから、ライリーさんにお礼を言っておかないとな)
そう考えつつ教会の中に入ってみると、そこは人で溢れかえっていた。皆、思い思いに雑談している為、ざわついていてお祈りに来ているといった感じではなさそうだった。

「普段からこんな感じなの?」
「ううん、いつもはもっと静かだよ。朝の礼拝の時間は過ぎてるし、もっと人は少ないはずなんだけど・・・・・・きっと福音のせいじゃないかな?」
この状況にチェアリーも戸惑っている様だ。

(あぁ、オレが聞き逃したやつか)
皆、その福音とやらを聞いたことで心配して教会に集まっているらしい。
その話題になっている福音がどういう物なのかオレにはさっぱりわからず、自分だけ蚊帳の外にいる感じがする。
かといって、チェアリーに詳しく聞こうものなら、要らない事を言ってぼろを出してしまいそうだ。

仕方なくオレはライリーさんがいないか、人混みの中を見回してみた。
集まった人達に囲まれて数人のシスターが応対しているのは確認できたが、ライリーさんはいないようだった。

「あそこが空いてるよ」
教会内を見渡していたオレの服をツンツンと引っ張ってチェアリーが呼ぶ。彼女は最前列の教団机が置いてあるまん前の席を指さしていた。そこだけポッカリ人がいない。きっと皆、一番前の席だから遠慮して空けているに違いない。
だが、彼女はその席を目指して人混みの中をかき分けていく。

オレも彼女の後ろを付いて行き、席に着いた。
(こんな所に座っていいのかな?オレ。)
一番目立つ席という事もあり、なんだか注目されているようで恥ずかしい。それに宗教の違いからくる”場違い感”から、とても居心地が悪い。

隣に座ったチェアリーを見ると膝の上で手を握り少しうつむき加減で目をつむって、もうお祈りを始めているようだった。オレも彼女を見習ってそれっぽく祈りのポーズをとってみた。
(お祈りって何を祈れば・・・・・・)

よく分からないまま、目を閉じて少しじっとしてから顔を上げると、お祈りを終えたチェアリーがこちらを見ているのに気づいた。目が合うと彼女はとても穏やかに微笑んでくれた。
ここの人たちにとって教会はかなり大きな心の支えになっているのかもしれない。そう思った。

(オレはこの世界の神様の名前も知らないんだけど)
チェアリーに宗教の事やこの世界の事を色々聞いてみたい気持ちはある。しかし、素性は隠したい。そのジレンマが悩ましい。
だけど、彼女の微笑みを見ていると全てを打ち明けてもいい気がしてしまう。

(チェアリーはオレが異世界の人間だと知ったらどう思うだろう)
そんな事あるわけないと一蹴されてしまうだろうか?もしくは、変な目で見られてパーティー解消もありうる。それならそれで構わないが、親身になってくれる彼女の事だ、力になってくれるかもしれない。しかし、そのような事になればまた迷惑をかけてしまうだろう。そう考えると打ち明ける事は出来そうにないと思った。

「もういい?」
「うん、行こうか」
オレ達は教会を出た。

教会の門を出たところで前を歩いていたチェアリーが振り返った。
「ねぇ、この近くの展望台に行ってみない?」
「展望台?いいよ。」
彼女はどうやらすぐに買い物へ向かうつもりはないらしい。おかみさんもブラブラして夕方までに戻ってくればいいと言っていたから、オレは彼女の提案に乗った。

「ユウはもしかしてコッレの街、初めて?」
彼女の質問に一瞬戸惑う。オレの事を聞かれるのは出来れば避けたい。
「そうだよ。チェアリーは?ここに来てどれくらい?」
オレへの質問の答えは最小限にして、彼女に話題を振る。
「私は半年くらいかな。その前は聖都にいたんだよ」
「へぇ、そうなんだ。街の事教えてよ」
おしゃべりな彼女は、ニッコリ笑うとまた昨日の様に楽しそうに語り始めた。

(コッレに聖都か)
彼女の話から、少しずつ頭の中で世界地図ができ上がっていく。
(やっぱりメモを取りながら進めたいな)
変なところでゲーマー魂がうずいてしまう。

チェアリーが案内してくれる道は坂を下りず、西へ向かっているようだった。
道幅の広くない、閑静な住宅街を歩いて行く。その通りは住宅と住宅の壁が迫っていて陽の光も直接入ってこなかった。しかし、どの家も白壁で統一されていて、光を反射するため薄暗さは感じない。

しばらく歩いてその住宅街を抜けると急に視界が開けた。
「おおっ」
オレは思わず感嘆の声を漏らした。
「コッレの街の一番西の端なんだよ」
ここは丘の西端に位置しているとあって、前方に遮るものが何も無い。

眼下には広大な草原が広がっており、別の街も見える。そして、街の更に西の先には山の稜線がなだらかに広がっていた。
ただ、風景は最高だったが、展望台と呼ぶにはそこは殺風景だ。崖の突端には柵の代わりなのか、腰の高さぐらいまでしかない低いレンガ積みが数十メートル連なっているだけだ。

崖下の様子も見ようと、そのレンガ積みに近づいてみて驚いた。覗いた下には崖の斜面を利用して、石造りのベンチがずらりと設置されていたのだ。それはまるで野外劇場といった作りだった。

「降りよう」
彼女はレンガ積みの途切れ目から下へ伸びる階段を降り始めた。オレも後を付いて降り、少し下った所で二人並んでベンチに座った。
そこに座っていると何も遮る物が無い為、空中に浮いて自然と一体になった様な気分だった。

遠くを眺めていたオレに指をさして彼女が教えてくれる。
「ここは聖都に向かってお祈りが出来るように作られた場所なんだよ」
「へぇー」
指をさしている先には街が見える。
(あれが聖都か)

チェアリーは教会の時と同じように膝の上で手を握り、祈りを捧げはじめた。
(信心深い子なんだな)
聖地に向かって祈りを捧げるということなのだろう。オレも彼女に習い、祈りを捧げた。
もちろん宗教に目覚めた訳ではないが、この世界の神様に畏敬の念は持っている。
(早くオレを助けてください)
いつまでこのまま放置されるのか?神様に早く出てきてほしいと、願いを込めて聖地に向かってお祈りしておいた。

目を開けると彼女が言った。
「ここはね夕方になると、とっても綺麗な夕日が見られるんだ・・・・・・」
彼女はその綺麗な夕日を思い浮かべているのか、遠くを見つめて物思いにふけってしまった。

確かにここは遮るものも無く、山並みに太陽が沈んでいく様子が良く見えるだろう。きっと感動的な光景に違いない。遠くを見つめたままでいる彼女の様子からそれが分かる。

「今度は夕日が沈むところも見たいな」
オレが言うと、彼女は嬉しそうに返事した。
「うん!また来ようね」
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