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第3章

3-12

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3-12「チェアリーのターン」

ユウの待つ広場へ戻ってみると、彼はイスにぐったりと腰かけていた。様子がおかしい。空を見上げる首も力なく垂れている。
「ユウ?どうしたの?」
私が呼びかけてもうつろな表情をしていて、返事が返ってこない。
「しっかりして!」

屋台の店員が側へ寄ってきて教えてくれた。
「その人、酔っ払いに絡まれてプルケ飲まされたんですよ」
「ユウ、大丈夫!?」
玉のようにかいていた額の汗を持っていたハンカチで拭いてあげると、彼はようやく私に気付いたようだった。
「だいじょうぶ、だいじょうぶだから・・・・・・」
私の呼びかけになんとか答えてくれたが、その表情は辛そうだ。
(なんで私のいない時ばかりこんな目に)

「もう、帰ろう。ね?」
ユウに肩を貸しイスから立たせようとしたが彼はフラフラで、とてもではないが宿まで運べそうにない。
「馬車を呼んできてやろうか?」
「お願いします」
私達は店員が呼んでくれた馬車で宿に帰った。

宿の前に着き、御者にも手伝ってもらいながらユウを馬車から降ろす。千鳥足の彼に肩を貸し、やっとの思いで食堂へと入った。
食堂は朝とは打って変わって、お客さんは一人もおらず静かだった。ウェイターが一人で、イスを片付けたりテーブルを拭いたりと掃除をしている。

私はウェイターに尋ねた。
「あの、おかみさんは?」
「ああ、おかえりなさい。おかみさんなら門の閉鎖が解けたのを見に行ったよ」
私達が街をブラブラしているうちに外の安全が確認できたのだろう。門は開いたので暇を持て余して集まっていたお客さんも帰って行ったらしい。
(ちょうど良かった)
おかみさんにユウが泥酔している姿を見られずに済んだ。
「私達の部屋のカギ、もらえますか?」
「ちょっと待ってください」

ウェイターはカギを取りに奥へ行き、戻ってくるとその手にグラスを持っていた。
「はい、カギ。それから酔った時には水を飲ませるといいですよ」
そう言ってイスを引いてくれたのでユウを座らせ、私は受け取ったグラスを彼の口元へ近づけた。
「ユウ、お水だよ。飲める?」
彼はグラスを持つ私の手に自分の手を添えると、ゆっくりと水を飲み始めた。

ゴクゴクゴクゴク・・・・・・

水を飲み終えた彼はひと息つき、少し落ち着いたように見える。
「ユウ、もう少しで部屋だから立って」
彼の腕を自分の肩に回し、腰を入れて立ち上がった。よろめきつつ、踏ん張る。

「手伝いましょうか?」
側で心配そうに見ていたウェイターが気遣ってくれる。
「大丈夫です。あの、この事おかみさんには・・・・・・」
私の心を汲んで、彼はにっこりと微笑んでくれた。

ゆっくり、ゆっくり、彼の部屋に向けて歩みを進める。
ユウは今にも寝てしまいそうなくらいぐったりしつつも、私の耳元で寝言のようにぼそぼそと喋りはじめた。

「ごめん」
「ううん、」
「ほんと・・・・・・ごめん」
「ううん、大丈夫だよ」
「はぁ、ごめん」
「大丈夫、だいじょうぶ」
一歩、歩を進めるたびに彼が謝ってくる。酔った事で抑えていた感情が漏れてしまっているのかもしれない。

「はぁ・・・・・・スライム、たおすから」
「うん、」
「スライム・・・・・・たくさん、たおすから」
「うん、うん、頑張ろうね」
「がんばるから、オレ」
「・・・・・・うん、」
彼にこんなにも気を使わせていたのかと思うと、胸が締め付けられる思いだった。

時間をかけ彼の部屋までたどり着き、私も疲れ切って彼と一緒にベットへ倒れ込んだ。
横を向くと、すぐ側に彼の顔がある。その表情は広場に居た時よりは穏やかだ。
スゥ―、ハァ・・・・・・スゥ―、ハァ・・・・・・
呼吸も辛そうだったのが落ち着きを取り戻してきた。

「ユウ、寝る前に服とか脱いだ方がいいよ」
「うん・・・・・・うーん」
呼びかけになんとか答えてはいるけど、目はつむったままで今にも寝てしまいそう。

私は起き上がり、彼が寝やすいよう服を脱がすことにした。
ストールを抜き取り、シワを伸ばしながら折りたたむ。ベットに倒れ込んだ時に転がってしまった帽子も拾い上げ、机の上にストールと一緒に置いた。
(そうだ。パンツ)
買ってきたパンツも一緒に置く。

(後は・・・・・・)
倒れ込んだそのままに突っ伏したユウは足がベットからはみ出していて寝にくそうだ。
「ユウ、寝返りして。そのままだと痛いでしょ?ねがえり、」
耳元でささやくと、彼はゆっくりとした動作で仰向けになった。が、足ははみ出したまま。

しょうがなくブーツを脱がして、足を抱える。
「んっ!」
力を込めて持ち上げ、ベットに体が収まるように整えてあげた。
「ハァ、ハァ、」
力の抜けた体を持ち上げるというのは、結構力がいる。
「はぁ・・・・・・あつい」
彼をここまで運んできたことで、体がほてっていた。だが、それだけが理由じゃない。

彼のベルトを外す。
カチャ、カチャ、
そして、ユウにそっとまたがった。彼の胸へ両手を滑らせ顔を近づける。
「ユウ、起きてる?」
「うーん、うぅ」
「ねぇ・・・・・・おきて」
「・・・・・・」

起きてくれないのではしょうがないと諦めて離れようとした時、彼の腕が私の背中へ回った。
ゆっくり背中を撫でまわし、耳元でささやく。
「オレ、がんばるから・・・・・・チェアリーのために、がんばるから・・・・・・」
そう言っただけで、後はスゥ―、スゥ―と寝息が聞こえてきた。
「うん、一緒に頑張ろうね」
彼を起こさないようにそっと腕を抜け、部屋を後にした。

私も疲れたので自分の部屋に向かおうとすると、通路でおかみさんと鉢合わせた。
「おや、戻ってたのかい。早かったんだねぇ」
「ただいま」
おかみさんは私の顔を見てうなずいた。

「今日は楽しかったかい?」
「はい!とても。おかみさんに言われたように彼とたくさん話すことが出来たし、彼が思っていることもよく分かりました」
「そりゃ、良かったね。アタシもお駄賃、奮発したかいがあるってもんだよ」
そう言っておかみさんが手を差し出す。

「え?」
「頼んだハーブと野菜は?」
「あああっ!」
私は彼に頼まれたパンツの事で頭がいっぱいになり、完全におかみさんのお使いは忘れてしまっていた。
「なんだい、忘れちまったのかい?ほんとに、しょうのない子だねぇアハハ!!」
いいよ、いいよ、と手を振りおかみさんは去っていった。
(やっちゃった・・・・・・)
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