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第4章

4-5

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4-5「ユウのターン」

中庭へ戻ったオレ達はおかみさんから貰ったパンで朝食にすることにした。
「ハイ、」
チェアリーがパンを取り出し渡してくれる。
「ありがとう」

受け取ったそのパンは餃子の様な形だった。餃子と言っても1つが大きく、手のひらほどもあり、触った感じはふっくらしていて柔らかい。
餃子の様にパン生地を二つ折りにして何かの具が挟み込まれているらしかった。

早速かぶりついてみると、それは餃子というより肉まんに近い食感だ。
「おいしいなコレ」
ふっくらとしたパン生地に、肉のうまみがたっぷり凝縮された赤いソースが染み込んでいて噛むたびに旨味が口の中に広がっていく。
(なんの具だろう?ピザまんみたいな味だ)
洋風な味付けなのでそう思った。

「今日のはたぶんウサギの煮込みの余ったソースじゃないかな」
中身を見ていたオレにチェアリーが答えてくれた。
(おぅ・・・・・・またうさぎか)
まだ少し抵抗はあったが、ウサギ肉が美味しい事はこの宿に来てからよく分かった。

それに、昨晩の夕飯を食べ損ねていたオレは腹ペコだ。ウサギへの罪悪感は空腹に打ち消され、あっという間に1つ平らげた。
「沢山あるから、いっぱい食べて」
食べ終わったのを見計らって、彼女がパンの入った紙袋ごとオレに渡す。中にはぎっしりパンが詰まっていた。
(本当に三食パンになりそうだな)
けど、お金をかけないで済むのでありがたい。今日の食事を心配をしなくても大丈夫なのは、精神的にも楽だ。これでスライム狩りに専念できる。

2個目を取り出し、かぶりついた。パンを頬張りながら、今日の予定を考える。
(今日はどこでスライムを探すか・・・・・・)
あまり街から離れた場所では危険だ。油断していたとはいえスライムにも手こずったのだから、ここは慎重にいきたい。やはり街から近くて、見晴らしのいい街道沿いの草原で探すのが安全だろう。

パク、パク、パク・・・・・・ゴクッ
オレは3個目のパンに手を伸ばした。

(いや、待てよ・・・・・・)
水たまりが流れるように移動するスライムは、草原では草陰に隠れていて見つけにくい。オレもたまたま近づいて来たスライムに気付いただけだ。
チェアリーはスライムを見つけるのが得意だと言っていたがどうやって探しているのだろう?と疑問が浮かんだ。

その疑問は聞くまでもなく推測できた。
(ああ、だから河原で探そうと言ったのか)
彼女はスライム狩りに河原を選んだ。きっとそれは河原だと草がはびこっていないから、スライムが見つけやすいからなのだろう。
(なら今日も河原に行くか)

パク、パク、パク・・・・・・ゴクッ
予定も決まり、腹ごなしも済んだ。さっそく出かけようとようとチェアリーの方を見ると、
コク・・・・・・コク・・・・・・
隣の彼女はウトウトと船を漕いで、今にも目を閉じ眠ってしまいそうだった。
「チェ、」
オレが声をかけようとすると、ついに彼女は目を閉じオレの肩に寄りかかってきた。

(寝ちゃった・・・・・・早く出かけたかったんだけどなぁ)
しかし、昨日は寝坊して迷惑をかけたオレがどうこう言える立場じゃない。すぐ起きるだろうと、暫く肩を貸すことにした。

(疲れているのかな?)
電車で通勤していたオレは時々誰とも分からない他人に肩を貸す事があった。社会人になれば分かる。みんな疲れているのだ。
サラリーマンだろうと、OLだろうと、おじさんだろうと、おばさんだろうと、少しの時間の我慢だと思い自分も寝たふりをしながら目的の駅まで一緒に揺られることが度々あった。

だが・・・・・・
今、隣にいるのは見目麗しいエルフだ。
(どうぞ!どうぞ!オレの肩で良ければ好きなだけ貸しますよ)
オレはちょっとしたラッキーシチュエーションに心が躍った。

スゥ―、スゥ―、スゥ―・・・・・・
誰もいない静かな中庭にいると、チェアリーの寝息が良く聞こえる。
起こさないように彼女の横顔を静かに盗み見た。こんな至近距離で無防備に寄りかかって来られると、どうしたって意識してしまう。
彼女の髪から香る甘い匂いや、触れている肌から徐々に伝わってくる温もりに反応して、ドキドキと胸の鼓動が早くなるのを感じる。
(ちょっと、ヤバイかも・・・・・・)
親切にしてくれるチェアリーにいやらしい感情を抱くこと自体失礼だとは思うが、意思とは関係なくどうしてもオレの男の部分が反応してしまう。

「うぅ・・・・・・んっ」
彼女が微かに寝言を漏らした。
(かわいい!)
本格的に眠りに落ちてしまったのか、彼女は寄りかかったまま今度は頭をオレの肩に乗せてきた。
そのはずみで彼女のかぶっていた帽子が膝へ転がり落ちる。
とっさに彼女に貸している肩とは反対の腕で取ろうと手を伸ばしたが、帽子はそのまま床へ。
(あぁ、しまった)

すると、腕を伸ばしたことでチェアリーの体制が少し前かがみになってしまった様だ。じっとしていても段々と彼女の体はズレて下がってくる。
そのままズレ落ちるとオレの股間にチェアリーの顔が覆いかぶさることに!
(やばい、ヤバイ、今そこは!)

少しづつベンチの端へと非難する。
オレが少し動くと彼女が少しズレ落ちる。また動くと頭が股間へ。
何回か繰り返しているうちにベンチのひじ掛けに退路を断たれたところで、ちょうど彼女の頭がオレの太ももに乗った。
(危なかったぁ)
なんとか最悪の体勢を回避することが出来て安堵した。

それもつかの間、今度は食堂からおかみさんが中庭に入ってきた。ブリキのじょうろを片手に持っていたから中庭の鉢植えに水やりに来たに違いない。
オレ達の姿を見たおかみさんは、目をまん丸にして見開いたかと思うと、直ぐにニヤケ顔になった。
「ぁ・・・・・・いや・・・・・・」
気まずい場面を見られたことでオレが何も言えないでいるうちに、おかみさんは口に人差し指を添えて「しーっ」っとジェスチャーして引き返していってしまった。

(あー、最悪だ・・・・・・)
きっと誤解したに違いない。
(ハァー・・・・・・チェアリーが後で言い訳すればなんとかなるか)
また1つ彼女に迷惑をかけてしまう事に後ろめたさを感じる。

そのチェアリーは気持ちよさそうな寝顔で起きる様子はない。寝ぼけているのかオレの太ももにほおずりして手まで添えてきた。
悪い気はしない。だが、こんな状況ではこちらが誤解してしまいそうだ。
(オレの気苦労も知らないで)
帽子が転がった事であらわになったその長い耳の先に少し触れてみた。
ちょん!

ピクピク!
指先でほんの少し触っただけなのに、とても敏感なのか動物の耳のようにピクピクと反応する。
(ネコっぽい)
膝の上で寝ている猫の耳の穴に指をそっと入れるとピクピクと反応するが、あれに似ている。

普段、帽子で隠れていて見えないので、改めて長い耳を観察してみた。それは、耳の先端が少し尖っているだけで一般人とほとんど変わりないように見える。ただ大きく違うのは長さだけだ。
自分の耳の長さを指を当て計ってみると、オレは人差し指くらいの長さしかない。今度はチェアリーの耳に指を沿わせてみると人差し指の先端から、開いた親指の先まであった。

オレはもう一度尖った耳の先端を突っついてみた。
ツン!
ピクピク!
ほんの少し触れた程度なのにくすぐったいのだろうか?直ぐ返ってくる反応が楽しい。

ツン!
ピクピク!
「んっ・・・・・・」
今度は目じりにしわが寄り、微かにうめき声を漏らした。
(そろそろ起きてくれないかな)

「チェアリー」
ちゃんと起こそう思い、彼女の名前を呼んだ時、
ゴーン、ゴーン、ゴーン・・・・・・
遠くの方で教会の鐘が鳴りはじめた。

「うーん・・・・・・エッ!!」
鐘の音に反応したのか、パッと目を開く。
「お、おはよう」
ビックリした様子のチェアリーを見下ろしながら声をかけた。
状況が掴めない彼女は硬直している。しかし、じっとしながらも徐々に自分の置かれている状態が分かったのか、その長い耳はみるみるうちに真っ赤になっていった。
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