上 下
88 / 305
第4章

4-10

しおりを挟む
4-10「チェアリーのターン」

(なんで、私がいない時ばっかり!)
彼に付いていてあげないと思っていたのに肝心な時に離れてしまった。
けど、今回はしょうがない。今は早くユウの元に行かなくては!
彼の前に立ちふさがるようにしてそびえる土手を、私は全力で駆け上がった。

土手から頭を出し、彼の姿を探す。
(いた!)
目に止まった彼に声をかけようとしたが息が上がって声にならない。
「はぁ、はぁ、はぁ、」
私は這いずり上がりながら、叫ぶように声を絞り出した。
「ユウ!大丈夫!?」

「うおっ!」
私が叫んだ声にビックリしたのか、ユウが驚いたようにこちらを振り返る。
剣は抜いていたけど慌てている様子はなく、戦っているようには見えない。
(よかった、)
また私は勘違いしたのかと思ったが、彼の足元に何かが転がっているのが見えた。

その転がっているものを覗き込むとそれは野ウサギだった。
「ウサギじゃない!」
ユウがウサギを仕留めていたことに驚いた。野ウサギは警戒心が強く、足も速い。狩りをするのなら警戒されない距離から弓矢で仕留めるのが普通だ。
それを彼は剣で仕留めていたのだ。

「すごい!すごい!ユウ、狩り上手なんだね!」
彼の凄い一面を見て私は嬉しくなった。
(そうだ!)
ウサギを見ていい事を思いついた。
「ねえ、これ私が貰ってもいい?」
「は?・・・・・・いいけど、どうするの?」
「おかみさんのお土産にしたい」
今朝のパンのお礼をしたかった私は、おかみさんに野ウサギをお土産にしようと考えた。

ユウに了解を得たので、彼を待たせないようにさっそくナイフを取り出し解体に取り掛かる。
「ちょっと待っててね」
まず、皮を剥ぐのに邪魔な耳を切り落とす。すると彼は解体を始めた私を見て声をあげた。
「え?ちょっと!」
「すぐ解体して、血抜きしないと生臭くなっちゃうから。待ってて」
狩った獲物はすぐ解体した方がいい。それは血抜きをしない事によって血生臭ささが肉に移ってしまうからだ。
構わず解体を続ける。

内臓を取り出すためウサギを仰向けにすると、ある事に気付いた。
(傷がほとんど無い?)
頭の先端と、首のスジが切られているのは見て取れた。彼は必要最小限のダメージだけで仕留めていたのだ。
上手な狩人は獲物の首を狙う。そこは弱点でもあるし、何より毛皮を取るため胴体に傷を付けたくないからだ。
彼も同じ理由で頭を狙ったに違いない。

その上、血抜きは生きているうちなら首を切ることである程度済ますことが出来る。心臓が動いていれば勝手に血が流れ出るからだ。彼も血抜きの為に首を切ったのだろう。

剣でこんなにも綺麗に仕留めるとは驚きだ。
弓矢を使うにしても、首に当てる自信が無ければ毛皮の価値は下がるけど、的の大きいお腹を狙う。しかしお腹に傷が出来るとそこに血が溜まり時間が経つほどに肉は生臭くなる。そう思ったから私はすぐ解体しようと考えたのだ。
(完璧だわ)
彼の剣さばきは的確でお腹を傷つけていなかったし、血抜きも出来ていた。このまま宿まで運んでもいいくらいに。だから彼は解体に取り掛かろうとする私に少し驚いた声を出したのかもしれない。

けど、皮を剥ぐなら早い方がいい。内臓も取り出しておいた方がより臭みは残らない。そう思い、やはりこの場で解体を進める事にした。
私は森の民エルフだ。
狩にはそれなりに慣れていたし、解体も何度もこなしてきた。毛皮のはぎ方も心得ている。
なにより彼にいいところを見せたい。

内臓に刃を当てないようにナイフの先で慎重にお腹の下へ切れ込みを入れた。
そこを始点に首元までを一直線に切る。内臓を破かないよう刃は上にして力は込めず流れに任せ皮だけを裂く。

ツーーーッ。

露わになった内臓を取り出す。
腸はいらないので捨て、次にレバーへ手をかけて思った。
「ユウはレバー食べられる?お昼に出してあげようか?」
せっかくユウが仕留めたのだから肉はおかみさんに譲るとして、内臓くらいはお昼の足しにしてもいい。

「うん・・・・・・食べようかな」
「苦手な人もいるからね。じゃあ、お昼はパンとレバーね」
彼はレバーが苦手というより、食べようかどうしようか迷ったような曖昧な返事だった。
(そりゃあ、おかみさんの作るテリーヌには負けるけど・・・・・・)
ユウは料理が出来るみたいなので、私は笑われないよう気合いを入れた。

破かないように丁寧にレバーを取り出す。
ズリュ。
(あ、しまった・・・・・・準備してから始めればよかった)
彼が狩りをしていたことに驚いてしまい、段取りを間違えた。
私が固まったのを見て、彼が言う。
「どうしたの?」
「うん、置く場所がなくて・・・・・・」

手が汚れていたのでしょうがなく、ユウに鍋を取り出してもらう。
「ユウ、カバンからお鍋取り出して」
私のおねがいにも彼はすぐ応えてくれる。パッと立ちあがりカバンを覗く。
「どのへん?」
「奥の方」
中には冒険者としてやっていくための道具が詰まっている。その掻き分けられた中の物がモゾモゾと生き物の様に動きまわった。
(やだ、くすぐったい)
道具たちが私のお尻を撫でていく。

なかなか見つけられずにいる彼の手が不意にずいっと奥に差し込まれた。そして直後に伝わる、お尻を持ち上げる様な感触!!
(んっ!)
とっさに息をのみ込み、漏れそうになった声を我慢する。

カバン越しとはいえ身をよじりそうになってしまった。
(もう・・・・・・)
こちらが手が出せない事をいいことにワザとやっているのではないかと疑ってしまう。
しかし私の疑念をよそに、彼はすました顔で鍋を取り出した。
「あった」
その表情はまるで何もしていないかのように平然としているものだから、こちらも何も言えない。

ユウには私の反応を見て楽しんでいる節がある気がする。それは子供のいたずらの様に突然で、私もどうやって応えてあげればいいのか戸惑ってしまう。しかもこちらが戸惑っているうちに彼はケロッと何事も無かったような顔をする。
(こんな所でじゃれなくても・・・・・・)
もっと雰囲気を作ってくれれば私だって。

解体作業中では雰囲気も何もない。とりあえず手に持っていたレバーを鍋へ入れた。
手は血でベタベタだ。肌を伝って赤い雫が滴り落ちてくる。
「もう1つお願いしていい?袖が汚れちゃうから腕まくってくれる?」
「いいよ、」
彼にいいところを見せるつもりだったのに、私の方が甘えてしまっている。それとも、もっと甘えた方がいいの?
「できたよ」
腕を触られてドキドキしている私に、彼はまた平然とした顔で言った。
しおりを挟む

処理中です...