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第5章

5-9

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5-9「チェアリーのターン」

朝食を軽く済ませ、私達はおかみさんのお使いの為に街の東地区へ向かうことにした。

頼まれたウサギ肉は北東にある家畜場まで仕入れに行かなければいけない。マルシェでもウサギ肉は買えるが、丸ごとそのままのウサギを8羽分頼まれたから少し量が多い。それにまとめて買うなら直接飼育場に買い付けに行った方が安く済む。
今日は毛皮を売るために家畜場まで行こうと思っていたのだから丁度よかった。
(おかみさん、私達が毛皮を売りに行くこと知ってたから頼んできたに違いないわ)

ユウにウサギ肉を担ぐための天秤棒とウサギの毛皮を持ってもらい準備が整ったところで宿を出ると、教会の方から朝の礼拝を知らせる鐘の音が聞こえてきた。

ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン・・・・・・

「あれ?教会には寄って行かないの?」
教会とは逆の方向へ歩きだした私をユウが呼び止めた。
「おかみさん、早くウサギ肉の仕込みを済ませたいみたいだから、お使いが済んでから行こうと思って」
「ならいいけど」
「ごめんね。本当は部屋でゆっくりしたかったんだよね・・・・・・」
「いや、おかみさんの頼みならしょうがないよ」

彼にお使いを頼まれたことを気にする様子は無かった。
(でも、まだ帰ってきてからだって二人で!)
私はそう思い直し足取りを早めた。

宿を出て東へ伸びる道を真っ直ぐ進んでしばらく行くと、家畜場へと下る坂に差し掛かる。
その場所からはコッレの街の壁向こうにたたずむ湖が望める。湖に寄りそう様にしてある隣町のラゴまで見渡せる場所だ。
「おお!」
ユウは足を止めて、その眺望に感嘆の声を上げた。

「あれって、海?」
「フフフッ、違うよ。あれは湖」
「なんだ、ハハッ」
彼はちょっと恥ずかしそうに照れ笑いした。

「ユウは海って見たことある?」
「うん、あるよ。もうずいぶん昔だけど」
「私はまだ一度もないんだ。私の村からね1つ山を越えた場所が海だよって、お父さんは教えてくれたんだけど、山越えは危険だから行ったことないの」
「ふーん、」

湖を初めて見たようだったユウに教えてあげた。
「ほら、湖の向こう側がラゴの町だよ」
「へー、あそこがラゴか」
彼は降り注ぐ朝日に額へ手を当て、遠くに望むラゴを眺めた。
(海は見たことあるのに湖は見たことないなんて、ユウはどこに住んでいたんだろう?)

「見て、あっちが家畜場だよ」
私は次に北を指さし、これから向かう場所を教えた。ここからは防壁の内側にある家畜場も良く見渡せる。
「手前の斜面がヤギとヒツジを飼っているところで、左奥の斜面がウサギを飼っているところ。平地では豚とかも飼っているんだよ」
「随分広いところで飼っているんだね」
彼は珍しそうに眺めていつまでもそこに立ち止まっていそうだった。
(また、ぼーっとしてる)

「はやく行こう」
私は声をかけ、坂道を下っていった。
付いて来るユウは家畜をきょろきょろと物珍しそうにしている。
(そんなに珍しいかな?)
興味津々といった様子だったので、簡単な説明をしてあげた。

「ほら、この辺り一帯にはハーブが生えているでしょ」
ヤギとヒツジが放牧されている囲いの中には牧草に混じって様々なハーブが所々自生するように生えている。
「ヤギやヒツジがこのハーブを食べる事でミルクが生臭くならないんだよ」
「へぇ、そうなんだ。やっぱりチェアリーはハーブに詳しいね」
「フフフッ」

私は道端にしゃがみ込み、側に生えていたタイムを手に取った。揉んで匂いを立たせ、その手を彼に差し出す。
「タイムだよ」
差し出した手を取りユウの鼻が近づく。
(ふふっ、くすぐったい)
「なんだかスパイシーな香りがする」
「うん。このタイムはね肉の臭みけしにソーセージへ入れられる事が多いんだよ」

ユウは自分でも近くのハーブを揉んで匂いを嗅ぎはじめた。
「ミントかな?」
「どれ?私にも嗅がせて」
私は彼の手を取り鼻を近づけた。
(これなら堂々と嗅げる。うふっ)

それはペパーミントの様な強い清涼感は無かったが、確かにミントの様な香りがする。ユウが揉んだ葉っぱを確認するとペパーミントとは違うようだった。
「これはキャットニップじゃないかな?」
「キャットニップ?」
キャットニップはネコが好きな匂いのするハーブとして知られている。

私は辺りを見回した。
「ほら!あそこでこっちの様子をうかがってるよ」
少し離れたところから牧場の柵に身を隠すようにネコがこちらの様子をじっと見ていた。

「おいで、おいで」
そのネコを手招きする。
すると、待ってましたとばかりにトコ、トコ、トコっと早足で近づいてきた。けど、私の横を通り抜けたネコはユウの足元でゴロンと倒れるようにして寝ころんだ。
「なんでユウの方なの!?」
「お!かわいい子だな」
ユウは寝ころんだネコのお腹をさすり始めた。

「すごく懐いてるね。キャットニップってネコが匂いを嗅ぐと酔った様になるんだよ」
「だからか」
ネコはゴロゴロ喉を鳴らしながら、身を左へ右へとよじった。
「甘えすぎだろお前」
彼は嬉しそうに猫の喉を掻いたり、鼻先を親指でこすったりしている。

「ユウ、ネコ好きなの?」
「ああ。」
その表情はいつも以上に優しげだ。と、思ったら彼がニヤリと唇の端を上げて笑う。
「ネコって耳にイタズラすると面白いよ」
そう言ってネコの耳にそっと指を入れた。ネコはくすぐったいといった様子で耳をパタパタさせている。
「やだっ、やめてあげてよ。くすぐったそうじゃない。フフッ」
まるで私も耳にイタズラされているようで、こちらまでこそばゆい。

「面白いだろ?耳がピクピク動いて。そう言えば、チェアリーも耳が動くよね」
「えっ!?」
「え?・・・・・・っと、昨日ベンチで居眠りしてた時に、動いていたから・・・・・・」
私はかぶっていた帽子の上から耳を押さえて立ち上がった。
(やっぱり見られてた!)

「もう!早く行こう!」
私は恥ずかしくなり、ネコをあやすユウを置いて歩き始めた。
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