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第5章

5-16

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5-16「ユウのターン」

チェアリーの案内でウサギの肉が買えるという店へ来た。そこではウサギの解体がされているらしく、店内のカウンター越しに奥では何羽ものウサギが皮を剥がされ天井から丸ごと吊るされているのが見える。
(おぅ・・・・・・)
スーパーのカットされてパックに綺麗に詰められた肉に慣れていると忘れてしまうが、やはり肉というのは動物の肉なのだという事を改めて感じる。

チェアリーは慣れた様子でカウンターに行き、おかみさんから渡されたのか小さな紙切れのメモを取り出すと店員に注文しはじめた。
「外で飼われているのを4羽と、小屋で飼われているのを4羽ずつください」
「内臓はどうする?」
「つけてください。あと、血もお願いします」
「今、準備するから」
店員が奥へ入っていくと吊るされているウサギを下ろし始めたのが見えた。

それにしても・・・・・・彼女はさらりと注文したが気になって聞いてみた。
「血なんてどうするの?」
「ソースに加えるとコクが出ておいしくなるんだよ」
「へー・・・・・・」

奥に入っていった店員が戻ってくると、カウンターに緑のボトルが置かれた。
中には血が詰まっているらしくボトルの口の部分だけ光を通して緑色。後はすべて赤黒い。
(スーパーなんかじゃ買えないな)

チェアリーはメモを見て更に注文した。
「えっと、まずいワインってあります?」
(まずいワイン?)
なぜわざわざマズイものを注文するのか奇妙に思ったが、チェアリーもオレと同じ思いだったらしく不思議そうにしている。

注文を聞いた店員が笑顔で答えた。
「あんた達、ラビット・インの人かね?」
「はい」
「いつもの人はどうした?おかみさんにこき使われるのが嫌になって辞めちまったのか?」
「いえっ!そんな事ありません。今日は忙しくて手が離せないからって私達が代わりにお使いに来ただけです」
「新しく入った従業員かね?」
店員はオレたち二人を交互に見た。

「違います」
「じゃあ、おかみさんの娘?」
「それも、違います!」
「だろうな、全然似てない。ハハハッ!」
「ただの宿の泊り客です」
「なに!?ついに忙しすぎてお客にまで食堂の手伝いさせてるのか?ハハハッ!」
「いえ、そういう訳じゃなく・・・・・・」
「だからいつも俺が言ってるんだよ。宿はたたんで食堂一本にしろって。そしたら宿に回している余計な手間をはぶけるんだから。そうだろ?食べに来てくれるお客さんは多いんだし、宿の方まで食堂に改築して従業員を増やしたらいいんだよ」
「はぁ・・・・・・」

この店員の口ぶりからすると、どうやらいつもウサギ肉を仕入れに来ている人と一緒におかみさんの噂話でもして、ここで管を巻いているらしい。
このままだと余計な話で長引きそうだ。チェアリーも困っていそうだったので、オレは話を断つように店員に質問した。
「あの、まずいワインって何ですか?」
「ああ、そうだった。まずいワインね。おかみさんに頼まれて特別に作ってあるんだよ。」
店員は奥からビンを取り出してきた。

「あんたら、ワインの作り方は知ってるか?」
「いえ、」
「収穫したブドウを潰してそのまま発酵させるとワインになるんだが、発酵させた後に皮や種を取り除くために絞るんだ。その時に残ったカスから更にギュウギュウ絞り出したものが、このまずいワインだよ。これはおかみさんの為に特別に作ってあるんだ」
「へー、何が違うんですか?」
「渋味が全然違うよ。普通は絞りすぎると種や皮から渋みやエグみがワインの中に入るから程々にとどめるんだが、おかみさんの注文で種を潰す程カスを絞ってあるから、出てきたものはワインとしてとても飲めたものじゃないよ。おかみさんはこれを使ってウサギの煮込みを作っているらしいな」
「それって、秘密の材料とかじゃないんですか?教えてしまったらマズイんじゃ・・・・・・」
「マネできるならとっくに俺がマネして食堂開いてるよ。ハハハッ!」

店員はそのまずいワインと言っている物を手に取った。
「味見してみるかい?」
「いいんですか?」
「少しくらいかまわないさ」
そう言ってボトルを軽く振ると栓を抜き、その栓を裏返してオレの前に差し出してきた。
小指で栓の裏についたとろっとした液体をすくい取ってなめる。

「ゔ・・・・・・まずい」
「そうだろ?ハハハッ!」
それはマズいと言われていただけに、ワインとして飲めるものではなかった。酸味が強く、そして口の中がしびれるほど渋い。
「でも、酸味は火を通せば旨味に変わるし、渋味はバターの油くどさを押さえるために入れているんじゃないかな?」
「おっ!あんちゃん料理にうるさい方かい?」
「いや、料理する方に興味があるだけで・・・・・・」
「そうか!なら将来俺が食堂開いたら、うちでコックとして働いてみないか?」
「ちょ!困ります!」
チェアリーが慌てて止めに入った。

「はははっ!冗談だよ。そんなことしたらおかみさんに張り倒されそうだからな」
笑いながら奥へ行った店員は、後ろ足を縛り上げたウサギ肉を担いで戻ってきた。
「結構重いからな、大丈夫か?」
オレが担いでいる棒へ2羽ずつに縛り上げられたウサギが次々に引っ掛けられていく。2羽、4羽、と数が増えていくたびに、棒がずしりと肩に食い込む。
(これは・・・・・・ちょっと、大丈夫じゃないかも)

後ろ足を縛り上げられたウサギはだらりと体が伸びきって長い。担いでいても、もう少しで地面に届きそうだ。それに良く太っていて肉はパンパンだ。こんなものが8匹となると結構な重量だった。
(子供を担いでいるくらいの重さじゃないかコレ?)
「ユウ、大丈夫?1つ持ってあげようか?」
オレが辛そうにしている様に見えたのか、チェアリーが気遣ってくれる。

彼女も口を紐で縛ってもらった2本のビンを肩からかけ、手には内臓が入っている包みを抱えている。ウサギを2匹持てるほどの余裕はなさそうだ。
「大丈夫だから・・・・・・」
オレは強がりながら店を後にした。

店を出てしばらく歩いてからオレは絶望した。目の前には家畜場へと下ってきた坂道が立ちはだかっていたのだ。
(そうだった・・・・・・ここを登って帰るのか)
オレはフウフウ言いながら坂道を上った。
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