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第6章
6-7
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6-7「チェアリーのターン」
釣りと聞き子供の様に目を輝かせ始めたユウに、私は持っていた釣り針を渡した。
父は冒険者としてやっていく難しさを知っていたのだろう。もしもの時は魚でも釣って食べればいいと言ってこの釣り針を渡してくれたのだ。
釣り針を受け取った彼が聞く。
「この糸ってどうしたの?」
「糸?ああ、お父さんが作ったものだよ」
やはり釣りの経験があるから分かるのだろう。その糸は父の特製だ。
獣の捌き方もそうだが、父は冒険者としての知識を私に教えようとしていたのかもしれない。だが、さすがにガの幼虫を捌くところを見せてくれたのは私のトラウマ体験だ。
父は子供の私に「お小遣い稼ぎを教えてあげるから」と言って釣りに使う糸の作り方を教えてくれようとした。私はそのお小遣いでリコリスドロップを買おうと思い、喜んで父に付いて行った。
あれは夏前のジメジメとした時期だった。バケツを持ってクヌギ林に行き、親指ほどもある丸々としたガの幼虫を捕まえてくるのだ。
私はまだ子供という事もあって、幼虫を触るのはそんなに抵抗は無かった。手袋もしていたし、緑の幼虫を見つけるたび父は喜んでくれたからだ。
しかし、バケツの中に徐々に溜まっていく幼虫を見ているうちに少し背筋に悪寒を覚えた。
それでもドロップが食べたい一心で父の言う事を素直に聞いていた。
家に帰ると母が買い物に出かけたのを見計らって、父は自分の作業小屋へ私を呼んだ。
隠してあったバケツを持ってきて中から幼虫を1匹取り出すと、小さな木の板の上に乗せ頭とお尻に針を刺して張り付けにした。柔らかな幼虫の肌に刺された針からは緑の液体がプックリと丸く染み出した。
母に隠れて悪い事をしているようで、私は声を出さないように口を押えて我慢して見ていた。
針刺しにされた幼虫が今度はトレイに板ごと入れられ、父はそこに水を注いだ。そして、ナイフで慎重に幼虫を縦に裂くと、中身を削いで水中に出しはじめた。水は幼虫の体液でほんのり緑色に染まり、その中から父は長い糸の塊を取り出したのだ。
ナイフの先端にすくい取られた糸を見て、私は我慢出来なくなって部屋を飛び出した。
帰ってきた母に隠れて何をしていたか話したら、父はこっぴどく怒られた。母の後ろに隠れる私に、すまなそうに笑いかける父の姿を覚えている
ユウは釣りにも興味がある様だ。父が手作りした釣り道具を興味深そうに眺めている。
「キミのお父さん何でも出来てすごいね」
「ユウは釣りにも興味あるの?」
「ああ、子供の頃はよくしてたよ」
「なら、うちのお父さんに聞いたらいいよ。きっと話が合うと思うから。ウフフ」
釣りは水路に囲まれている聖都では盛んだが、モンスターが襲ってくるかもしれない街の外に出てまでやる人はそうはいない。
子供の頃、父に連れられて村の外へ釣りに行った時には、帰ってから母に散々怒られた記憶がある。
私の村では釣りというと、大人の男たちの危険な遊びといったイメージがあるため母も父の釣りにだけは小言を言っていた。
向かいに住むおじさんなど、釣りをしている最中にモンスターに襲われ、命からがら逃げ帰ってきた話をよく聞かされた。
ちょうど魚がかかってそちらに気を取られていたものだから、モンスターが近づいてくる音を聞き逃し襲われたのだ。投げ出した釣竿は川に流され、取り損ねた魚の事をいつも悔しそうに話していた。
父は自分で針や糸、竿まで作ってしまう人だけれど、母に叱られるため隠れて作っているのを私は知っている。
私が冒険者として村を出る時には釣り道具とは別に、手作りの釣り糸の束を渡してくれた。「これを聖都に行って売ればお金になるから」と母に内緒で持たせてくれたのだ。
言われた通り聖都で釣り糸を売ってみると、ビックリするくらいの額で売れた。聞くと父の作った糸は丈夫で切れにくいと有名なものだったらしい。その作り方は一部の人しか知らないらしく、あまり売りに出されないため高価なのだそうだ。
私はそのお金のおかげで聖都ではしばらく不自由なく暮らすことが出来たのだった。
聖都にいた頃も母に叱られた記憶があったため、釣りはまったくしてこなかった。だから私には父の釣り談議に付き合う事は出来ないが、魚釣りの経験のあるユウならきっと気が合うはずだ。
(またユウに共通点みつけちゃった)
これでいつ彼を父に合わせても大丈夫そうだ。そう考えていると、
「そうだなぁ、エルフの村までそんなに遠くないみたいだし、近いうちに会いに行こうか」
「え?本当!?」
「うん、キミのお父さんと話がしたい」
彼の方から父に会ってくれると言い出した。
「あぁ・・・・・・うん、いいよ」
彼が余りにすんなり父に会ってくれると言うものだから、私は頭が真っ白になった。そのつもりでいてもやはり彼を連れて実家に顔合わせに行くというのは緊張する。
しかし、ユウが私達のこれからを考えていてくれるのだと思うと、ふつふつとやる気が湧いてきた。
「よし!頑張らないと」
私はそのヤル気をヌマタヌキにぶつけた。
ザブザブ!
川で音を立てながら、無駄に勢いよく肉を洗った。
「ユウは釣りを楽しんできて」
彼はエサにするパンを受け取ると下流の方へ向かって歩いて行った。
(モンスターもいないし、危なくないよね)
ザブザブ!
「ムフフッ!」
ザブザブ!
「デュフフフッ!」
ザブザブ!
「もう!もう!もう!フフッ、フフフフフッ・・・・・・」
彼との生活を考えると、自然と顔がにやけてしまい、自分でも気持ち悪いと思うような声が漏れた。
「よし!こんなものかな」
綺麗に肉を洗い、お腹に石を詰めて水中に沈めたところで、私はユウを探して辺りを見回した。
「ユウ?」
だが、彼の姿が見当たらない。
(しまった!浮かれ過ぎた!)
なんと言っても彼は目を離すとすぐ、私の思いもよらない事に巻き込まれている。
さっきはヌマタヌキを2匹も狩って驚かせてくれたが、いい事ばかりとは限らない。なんだか嫌な予感がして、私は下流へ向かって駆けだした。
川は東西から南へと流れを変える。
緩やかにカーブしていく川を下って行くと、私の目にあるものが飛び込んできた。
「ウソでしょ!?」
釣りと聞き子供の様に目を輝かせ始めたユウに、私は持っていた釣り針を渡した。
父は冒険者としてやっていく難しさを知っていたのだろう。もしもの時は魚でも釣って食べればいいと言ってこの釣り針を渡してくれたのだ。
釣り針を受け取った彼が聞く。
「この糸ってどうしたの?」
「糸?ああ、お父さんが作ったものだよ」
やはり釣りの経験があるから分かるのだろう。その糸は父の特製だ。
獣の捌き方もそうだが、父は冒険者としての知識を私に教えようとしていたのかもしれない。だが、さすがにガの幼虫を捌くところを見せてくれたのは私のトラウマ体験だ。
父は子供の私に「お小遣い稼ぎを教えてあげるから」と言って釣りに使う糸の作り方を教えてくれようとした。私はそのお小遣いでリコリスドロップを買おうと思い、喜んで父に付いて行った。
あれは夏前のジメジメとした時期だった。バケツを持ってクヌギ林に行き、親指ほどもある丸々としたガの幼虫を捕まえてくるのだ。
私はまだ子供という事もあって、幼虫を触るのはそんなに抵抗は無かった。手袋もしていたし、緑の幼虫を見つけるたび父は喜んでくれたからだ。
しかし、バケツの中に徐々に溜まっていく幼虫を見ているうちに少し背筋に悪寒を覚えた。
それでもドロップが食べたい一心で父の言う事を素直に聞いていた。
家に帰ると母が買い物に出かけたのを見計らって、父は自分の作業小屋へ私を呼んだ。
隠してあったバケツを持ってきて中から幼虫を1匹取り出すと、小さな木の板の上に乗せ頭とお尻に針を刺して張り付けにした。柔らかな幼虫の肌に刺された針からは緑の液体がプックリと丸く染み出した。
母に隠れて悪い事をしているようで、私は声を出さないように口を押えて我慢して見ていた。
針刺しにされた幼虫が今度はトレイに板ごと入れられ、父はそこに水を注いだ。そして、ナイフで慎重に幼虫を縦に裂くと、中身を削いで水中に出しはじめた。水は幼虫の体液でほんのり緑色に染まり、その中から父は長い糸の塊を取り出したのだ。
ナイフの先端にすくい取られた糸を見て、私は我慢出来なくなって部屋を飛び出した。
帰ってきた母に隠れて何をしていたか話したら、父はこっぴどく怒られた。母の後ろに隠れる私に、すまなそうに笑いかける父の姿を覚えている
ユウは釣りにも興味がある様だ。父が手作りした釣り道具を興味深そうに眺めている。
「キミのお父さん何でも出来てすごいね」
「ユウは釣りにも興味あるの?」
「ああ、子供の頃はよくしてたよ」
「なら、うちのお父さんに聞いたらいいよ。きっと話が合うと思うから。ウフフ」
釣りは水路に囲まれている聖都では盛んだが、モンスターが襲ってくるかもしれない街の外に出てまでやる人はそうはいない。
子供の頃、父に連れられて村の外へ釣りに行った時には、帰ってから母に散々怒られた記憶がある。
私の村では釣りというと、大人の男たちの危険な遊びといったイメージがあるため母も父の釣りにだけは小言を言っていた。
向かいに住むおじさんなど、釣りをしている最中にモンスターに襲われ、命からがら逃げ帰ってきた話をよく聞かされた。
ちょうど魚がかかってそちらに気を取られていたものだから、モンスターが近づいてくる音を聞き逃し襲われたのだ。投げ出した釣竿は川に流され、取り損ねた魚の事をいつも悔しそうに話していた。
父は自分で針や糸、竿まで作ってしまう人だけれど、母に叱られるため隠れて作っているのを私は知っている。
私が冒険者として村を出る時には釣り道具とは別に、手作りの釣り糸の束を渡してくれた。「これを聖都に行って売ればお金になるから」と母に内緒で持たせてくれたのだ。
言われた通り聖都で釣り糸を売ってみると、ビックリするくらいの額で売れた。聞くと父の作った糸は丈夫で切れにくいと有名なものだったらしい。その作り方は一部の人しか知らないらしく、あまり売りに出されないため高価なのだそうだ。
私はそのお金のおかげで聖都ではしばらく不自由なく暮らすことが出来たのだった。
聖都にいた頃も母に叱られた記憶があったため、釣りはまったくしてこなかった。だから私には父の釣り談議に付き合う事は出来ないが、魚釣りの経験のあるユウならきっと気が合うはずだ。
(またユウに共通点みつけちゃった)
これでいつ彼を父に合わせても大丈夫そうだ。そう考えていると、
「そうだなぁ、エルフの村までそんなに遠くないみたいだし、近いうちに会いに行こうか」
「え?本当!?」
「うん、キミのお父さんと話がしたい」
彼の方から父に会ってくれると言い出した。
「あぁ・・・・・・うん、いいよ」
彼が余りにすんなり父に会ってくれると言うものだから、私は頭が真っ白になった。そのつもりでいてもやはり彼を連れて実家に顔合わせに行くというのは緊張する。
しかし、ユウが私達のこれからを考えていてくれるのだと思うと、ふつふつとやる気が湧いてきた。
「よし!頑張らないと」
私はそのヤル気をヌマタヌキにぶつけた。
ザブザブ!
川で音を立てながら、無駄に勢いよく肉を洗った。
「ユウは釣りを楽しんできて」
彼はエサにするパンを受け取ると下流の方へ向かって歩いて行った。
(モンスターもいないし、危なくないよね)
ザブザブ!
「ムフフッ!」
ザブザブ!
「デュフフフッ!」
ザブザブ!
「もう!もう!もう!フフッ、フフフフフッ・・・・・・」
彼との生活を考えると、自然と顔がにやけてしまい、自分でも気持ち悪いと思うような声が漏れた。
「よし!こんなものかな」
綺麗に肉を洗い、お腹に石を詰めて水中に沈めたところで、私はユウを探して辺りを見回した。
「ユウ?」
だが、彼の姿が見当たらない。
(しまった!浮かれ過ぎた!)
なんと言っても彼は目を離すとすぐ、私の思いもよらない事に巻き込まれている。
さっきはヌマタヌキを2匹も狩って驚かせてくれたが、いい事ばかりとは限らない。なんだか嫌な予感がして、私は下流へ向かって駆けだした。
川は東西から南へと流れを変える。
緩やかにカーブしていく川を下って行くと、私の目にあるものが飛び込んできた。
「ウソでしょ!?」
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