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第7章

7-12

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7-12「ユウのターン」

オレが料理を食べ終わる頃、チェアリーはメイドを呼んだ。デザートを注文するらしい。
「すいません」
「お呼びでしょうか?」
「追加注文お願いします。私はペパーミントとクレーププリンセスを・・・・・・」
(クレーププリンセス?)
彼女が食べたいと言っていたデザートの名前の様だ。チェアリーが言うにはそのクレープは見た目が凄いとのことだったが・・・・・・。
(いったいどんな豪華なクレープが来るんだ?)

注文を終えた彼女の視線がこちらに向く。
「ユウはデザート何にする?」
「ああ、オレはデザートはいいよ。ホットコーヒーだけ貰おうかな」
喫茶店ではいつもオレはコーヒーだ。特別好きという訳ではないが、悩まず注文できる為いつもコーヒーになってしまう。

しかし、オレの注文を聞いたメイドは困った表情になった。
「ホット、こーひー?・・・・・・は申し訳ありません。うちには置いてないです」
「え?」
カフェというからには当然コーヒーは置いてあるものだと思っていたのに・・・・・・だが、ここは異世界だ。無いものだってある。今までもそうだった。
「あ、あの~じゃあ、紅茶はありますか?」
「紅茶ならあります。それでよろしいですか?」
「はい、お願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください」
メイドは安心したのか笑顔になり、下がっていった。

「ねぇ、こーひーって何?」
チェアリーも不思議に思ったのか質問してきた。
(植物に詳しいチェアリーならコーヒー豆のこと知らないかな?)
オレは彼女に説明しながら探ってみた。

「ああ、えーっと・・・・・・チェアリーは知らないかな?コーヒーっていう豆を炒ってから粉にして、それにお湯をかけて濾したものを飲むんだけど、」
「こーひー豆?・・・・・・聞いたことないわ。それっておいしいの?」
「おいしい?うーん、好みにもよるかな。真っ黒で、苦いだけだから」
「フフッ、なにそれ、本当に飲物なの?」
「凝る人は豆を炒る加減や粉の挽き具合までこだわる人もいるんだよ」
「へぇー」
彼女はコーヒーについてまったく知らない様だ。
(コーヒー豆、見つけたら絶対はやりそうだけどな)

この世界の食べ物は、形や色、大きさの違いこそあれ、ほとんどがオレの知っている野菜や果物と同じだ。そういうゲームの設定なのか、日本に似せて作られた世界なのか、よくは分からない。
(神様の気まぐれか?)
日本に似てはいても時々欲しいと思った物が無かったりする。米やコショウに醤油、今も無いと言われたコーヒー豆などだ。
(もしかしたら見つかってないだけなんじゃないのか?)
もしそうなら、それらを手に入れればお金儲けができそうな気がする。

(醤油は作れそうだけどな・・・・・・大豆はいいとして、麹をどうするか)
「ズズッ・・・・・・はぁ、おいしい」
オレがあれこれ思案しているうちに、チェアリーは運ばれて来たミントティーをすすっていた。
(またミントか、よっぽど好きなんだな)
ミントは道端でも摘めるのに、わざわざ注文してまで飲むのだから好きを通り越して習慣なのかもしれない。オレが迷わずコーヒーを注文してしまうのと似ている気がする。

「お待たせしました。紅茶になります」
オレが注文した紅茶も、遅れて運ばれて来た。
テーブルの上に白い陶器のティーセットが並べられていく。
置かれたティーカップには紅茶とおぼしき液体が注がれていた。だが、それはカップの半分にも満たない量しか入っていない。
(これ、少なくないか??)
何かの間違いじゃないかとメイドに聞こうと思ったが、彼女は一礼するとさっさと奥に下がってしまった。

(この中はなんだ?)
一緒に運ばれて来たポットのフタをとって中を覗いてみた。中には無色透明の液体が入っている。
(お湯・・・・・・か?)
ハーブティーの様に自分で淹れて飲むのかと思ったが、茶葉など見当たらない。

(こっちのはどうするんだろう?)
ティーセットに添えられ、もう1つ運ばれてきたものがあった。それは小さな器に小分けにされたジャム?だと思う。
お茶うけに何かスコーンでもあれば塗って食べることも出来るが、メイドが運んできてくれる様子はない。

お店の人が何か忘れているような気もしなくはないが、メニューに載っていないコーヒーを頼んだり、そのうえ紅茶にいちゃもんを付けては嫌な客になってしまう。
(とりあえず、飲むか)
出された物を黙って飲んでいれば目立たないだろうと、オレは少ししか入っていないカップの紅茶をすすった。

「渋っ!」
「フフッ、そりゃそうだよ、お湯で割らなきゃ」
クスクス笑いながら、チェアリーはポットに入っている無色透明の液体をカップの紅茶へと注いでくれた。
「それってお湯?」
「そうだよ。ユウはお湯で割らないの?そのままじゃ濃すぎて渋いでしょ」
「あー、紅茶はこういう所で飲んだことないから」
「そう?お湯で自分の好きな濃さにして飲めばいいんだよ。ジャムもあるから好きにしてね」

(ジャムを好きに?うーん、砂糖の代わりって事か?)
戸惑いつつ小さな器に小分けにされたジャムをスプーンですくい取り、紅茶の中に入れた。
「フフッ、ユウ本当に紅茶飲んだことないんだね」
何か間違えたのか、また彼女に笑われてしまった。
「ジャムは少しづつ口に含んでから紅茶をすするの」
「そうなんだ・・・・・・オレそういう事全然知らなくて、ははっ」
「紅茶の中に入れちゃダメって訳じゃないけど、ユウの好きなように飲んだらいいよ」

普段からコーヒーしか飲んでいないから紅茶の作法なんて知らない。ましてやここは異世界だ。異世界の作法なんて知るよしもない。
(やっぱり男は黙ってコーヒーだよな・・・・・・)

恥ずかしさを隠して静かに紅茶をすすっていると、マスターがワゴンを押してオレ達のテーブルの前に来た。
「お待たせしました。クレーププリンセスです」
「すごいらしいよ。ユウ見てて」
彼女は目をキラキラさせてマスターに注目する。
「これから仕上げの調理をします。炎が上がるので近づかないでください」

何が始まるのだろうと、オレも注目する。
マスターはグラスにお酒と思われる液体を注ぎ、そこへ魔宝石で炎をともした。
「ファイヤー」
「おお!」
魔法を使うとは思っていなかったので、思わず声が出てしまった。

グラスに注がれたお酒は相当アルコール度数が高いらしく、蝋燭のように青い炎をたたえた。
それがゆっくりクレープに注がれる。グラスからは炎が流れ落ち、幻想的だ。
(だから店内を薄暗くしてあるのか)
揺らめく青い炎に隣のチェアリーがため息のような声を漏らす。
「キレイ・・・・・・」

仕事を終えたマスターは一礼して去っていった。去り際、その顔は微かに微笑んでいたように見えた。
(はぁー、カッコイイなぁ)
仕事に誇りを持っている男というのは、ああいうものなのだろう。
「綺麗だったね!」
「ああ!あんな演出してくれるなんて思わなかったよ」
プリンセスというから、てっきり豪華なデコレーションをされたクレープが運ばれてくるのだろうと思っていたが、予想を裏切られ、オレも子供のように興奮してしまった。

「うーん、いい匂い・・・・・・」
彼女は食べる前に皿に顔を近づけ香りを嗅いだ。顔を近づけるまでもなく、こちらまでその甘酸っぱい匂いは漂って来ている。
(店に入った時に感じた匂いはこれだったのか)
扉を開けた時に感じた、甘くそして焦げたような匂いはフランベした時にアルコールが飛んだ香りだったようだ。

「ちょっと待ってね」
彼女はニコニコしながらクレープを切り分け始めた。
(喜んでいるみたいだし、来て良かったな)
チェアリーがデザートを食べ終わるまで、ゆっくり紅茶でもすすって待とうと、カップに口をつけた時、彼女が想像もしないような行動に出た。
「ユウ、あーん」
取り分けたクレープを目の前に差し出しているのだ!思わずオレはむせてしまった。
「ぶっ!!ゴホ、ゴホッ」
「もうっ」
彼女はしょうがないなぁといった感じで、手を引っ込めクレープを頬張る。
「うん!おいしいよ、ユウ」

(あーん、なんて子供じゃないんだから・・・・・・さては酔ってるな?)
フランベしてあるとはいえクレープからは強いアルコール臭が漂っている。お酒に弱い人なら匂いを嗅いでいるだけで酔ってしまいそうだ。それに彼女は既にリンゴのお酒も1杯飲み干している。

「ほら、あーん」
彼女はまたオレの前にクレープを差し出してきた。
(ダメだ、絶対酔ってる!こういうのは後で思い出したときに恥ずかしくなるんだぞ?)
酔った勢いで普段ならしない事をしてしまい、後になって頭痛と共に後悔するというのはよく聞く話だ。
「いや、オレはいいからっ!チェアリーが食べなよ」
「なに恥ずかしがってるの?ほら、早くしないとソースが垂れちゃう!」
そう言いながらも、添えた手にはポタポタとソースが滴り落ちている。
彼女はオレが食べない事をじれったく思ったのか、イスから腰を浮かせて顔を近づけてきた。

店内は薄暗かったので気付かなかったが、近くで見るとチェアリーの白い肌はうっすらピンク色に紅潮している。
(酔っ払いはしつこいんだよなぁ・・・・・・)
しょうがなく、差し出されたクレープを頬張った。
(これは酔うな)
そのクレープはオレンジの酸味がとても利いていた。その酸味に隠れてはいるが、相当お酒も利いている。

オレが食べた事で満足したのか彼女は満面の笑みになり、イスに座り直してくれた。ニコニコしながら、今度は添えていた手に落ちてしまったソースを舐めている。
れろん!
手のひらからオレの方へ視線が移るたび目元がニコッと笑う。
れろん!
(えっろ!!)
チェアリーは自意識の無い、天然の小悪魔だ。オレがどれだけ我慢しているかまったく気付いてはいないのだろう。

これ以上見ていてはまた、あーんさせられると思い目線を外した。
「次はユウが食べさせてくれないかなぁ」
(あー、酔ってる、酔ってる、これは完璧酔ってるわー)
彼女の言葉など聞こえなかったというように、横を向いて紅茶をすする。
「うふふ」
何がおかしいのか彼女は一人で笑い出した。
(笑ってるし・・・・・・相当酔ってるな)
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