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第8章

8-32

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8-32「ライリーのターン」

「・・・・・・自殺したの」
私の言葉に、その場の空気がどんより重くなった気がした。
さっきまでウキウキとして喋っていたココも、さすがに聞いてはまずかったと思ったのか黙り込んでしまった。

「彼はとても明朗な性格だったわ。初めは私の事を警戒していたけど、少しずつ言葉を覚え始めるとよく笑っていたし、大きな身振り手振りで、私達に打ち解けようとしてくれたの・・・・・・食事を運んであげると、フフッ いつも親指を立てて笑いかけてくれたわ」

「なんでそんな人が?」
「そうね・・・・・・何か気に障ることがあったのかもね。その内にひどく塞ぎ込む日が増えていって、それに比例するようにお酒を飲む回数が増えていったわ。毎日、浴びるように飲んで暴力まで振るうようになったから、お酒を取り上げると、今度は酔いがさめてワンワン泣きながら知らない言葉で叫んでた・・・・・」

「それからどうしたんです?」
「手が付けられなくなって、落ち着くまでという事で部屋に閉じ込めておいたのよ。注意はしていたんだけどね・・・・・・ある朝、彼の部屋のドアノブに手をかけたら重くてドアを開けることが出来なかったの、力まかせに引いてみると上半身裸の彼がドアノブに自分のシャツを巻き付けて、首を吊って死んでいたわ」

あの時の記憶が鮮明によみがえる。
・・・・・・・・・・・・。
私は大きく息を吐いた。

「ハァー・・・・・・こちらがどれだけ世話を焼いてあげても、与えられたものでは信用できなかったのでしょう、彼は。だから今回、教会はユウに対して極力関与しないように見守ることにしたのでしょうね。私もそれに同意して、彼自身でこの世界の事を知ってもらうことにしたのよ。彼が見て体験したことはまぎれもない真実なのだから・・・・・・いい?なにもモンスターだけが危険という訳じゃないわ。彼が何かおかしな行動をとったら私達の事がバレてもいいから全力で止めに入りなさい」
「はい、」

2人からは気の引き締まった返事が返ってきたが、アデリナの返事は無かった。
「アデリナ?聞いてるの?」
「アデリナ~ぁ、集中しすぎ。クッ、クッ、クッ、」
ココに言われてようやく気付いたのかアデリナがこちらに向いた。
「え?すいませんっ!なんですか?」
「ユウの監視を怠らないようにって話よ。まぁ、アデリナは怠ってはいなかったみたいだけど」
「えっ、あの、すいません」

「でも、勇者様の事は何となく分かりましたけど、そんな知識を持った人がどこからやってくるんですか?私、聞いたことないです。もしかして海の向こうとか?」
「いいえ、空よ」
私は夜空を見上げた。
つられて一緒に見上げたアンスが言う。
「飛んでくるんですか?さっき言っていた空飛ぶ乗り物で」
「飛んでくると言うより、降ってくると言った方がいいわね。だから教会では勇者様が現れるのを勇者降臨と呼んでいるわ」
「一体どうやって・・・・・・」
「アデリナなら少しは聞いた事があるんじゃないかしら?フォコン族は天の星を観測する、星守の種族だから」
アデリナの赤い目はフォコン族の特徴だ。彼女らはその視力の良さから、星の観察を教会から依頼されて、代々続けている。勇者降臨の兆候が現れるのを見張っているのだ。

「えっ?」
アデリナがまたとぼけた声を上げる。中州の様子を気にして、こちらの事は上の空といった感じだった。
「そんなに向こうが気になる?今、ユウ達は何してるの」
「え、ナニって・・・・・・」
「クッ、クッ、クッ、」
隣にいるココが押し殺すように笑っている。

(何か様子がおかしいわね)
私の勘がそう言っている。
「アデリナ、報告しなさい。今、ユウ達は何をしているの?」
「えっと、その・・・・・・」
彼女は言葉を濁すばかりで喋ろうとしない。

どうやらまた浮かれた気分が出てきているようだ。私は声のトーンを下げて聞いた。
「アデリナ、報告を」
「その、えーっと・・・・・・ナニしてる最中・・・・・・です」
「プっ!!クッ、クッ、クッ、」
ココは何がおかしいのかさっきから必死に笑いをこらえている。

笑ってばかりいるココの事が気になったのか、アンスが立ち上がって中州を確認した。
「あ、」
彼女は拍子の抜けた声をあげた。
アンスもぼう然と眺めているばかりで何も言わない。私は少しイライラしてきてアデリナを問い詰めた。
「だから、なにを!はっきり言わないと分からないでしょ?」
「う゛~っ、勇者様がピンチというか・・・・・・攻められて・・・・・・あーっ!言わせないでくださいっ!」
「ピンチ?なにか起こってるの!?」
ハッキリしないアデリナに苛立ち、私も立ち上がって中州を確認した。

「なっ!」
私も言葉を失った・・・・・・
「プッ!フフフフフッ!!だから言ったのに、こんなに大勢で行っていいんですか?って、プッ!ライリー様も結構鈍いんですね。クッ、フフフフッ!!」
ココは地面を笑い転げた。

遠目だったが、あの二人がナニをしていたのか私にも見えた・・・・・・あのエルフが寝ている彼の上にまたがっている。
「ハア―――」
頭が痛い。
私は夜空を見上げて、こぶしを握りそれをおでこにコツコツと打ちつけた。
今朝から調子は悪かったのだ。
男女2人で出かけるなんて少し気を回せば分かりそうなことだったのに。ココに笑われたのがシャクに障る。

・・・・・・・・・・・・・!!

「しまった!!」
本当に今日の私は抜けていた。
「どうかしたんですか?」
「あなた達、今日は福音を聞いた?」
「いえ、聞いてません」
「私も、」
「聞いてませんよっ、クッ、ククッ、」
私も聞いていない。

「帰るわよ!」
「え?街にですか?」
「ええ、」
「でもっ、ユウの監視は?」
「中州ならモンスターに襲われる心配はないから大丈夫よ」
それにユウにはあのエルフがいる。彼女の存在がこの世界にとどまる理由、クサビとなってくれるはずだ。

ココは立ち上がると服に付いた土を払いながら言った。
「残念だったね、アデリナっ、これからだったのに」
「やめてよっ!」
「あのエルフは乗馬が上手だったから、今夜はずっと彼の上で・・・・・・」
「バカな事言ってないで、さっさと行くわよ!」
名残惜しそうに覗いているココの背中を私は強くはたいて、土を落としてあげた。
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