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第9章

9-5

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9-5「ユウのターン」

「ただいまーぁ!」
チェアリーは食堂に着くと元気よく扉を開けた。中にいた人達が一斉にこちらを振り返るほどに。
中州からここまで帰って来る間もそうだ。彼女はとても明るく、いつも以上におしゃべりを続けていた。よほど野営が楽しかったのだろう。
釣りをしたり、キャンプ飯を作ったり、彼女にとって息抜きになったようで、その事は良かった。

しかし、オレの気分は沈んでいた。
残してきた家族の顔が頭に蘇るたび、また涙が溢れそうになった。
ひっきりなしに隣で喋っている彼女のおかげで気はまぎれ、なんとか堪える事は出来たが・・・・・・

「ユウ、この後どうする?」
部屋へ戻ろうとすると彼女に呼び止められた。
どうすると言われても、このまま部屋で何もせずただ眠りたい。
「ああ・・・・・・」
「荷物置いたら食堂に来て。ゆっくりお茶でも飲みましょ。私、喉が渇いちゃって」
彼女はまだ喋り足りないのかお茶にしようと言う。
「・・・・・・わかった」
チェアリーに心配をかけてもしょうがないと思い、嫌々ではあったが食堂へ行くことにした。
これはオレの心の問題だ。自分でけじめをつける以外どうしようもない。

バタン!
食堂に行くとは言ったが、ベットに倒れ込むと、もうどうでもよくなった。どんより沈んだ心の様に、まぶたも重く、目を開けていることが出来ない。
そのままオレは眠りこけてしまった。

・・・・・・・・・・・・・

(つめたい、)
おでこを何か冷たいものが撫でていく感触に目を覚ました。
「あ・・・・・・起きた?」
隣にはベットに腰かけ頭を撫でながら見降ろしてくるチェアリーがいた。
「なんで、」
「ユウが食堂に姿を見せないから心配になっちゃって。部屋のカギ開いてたから、ちょっと様子を見に入ったの。ごめんね」
(心配させたのか)
約束しておいて姿を現さなければ、当たり前だ。
(こういう所が子供っぽいと思われているのかもな)
オレは彼女に心配してもらいたくて、落ち込んでいるそぶりを見せる事で甘えていたのかもしれない。

チェアリーには関係ないことなのに、オレが不幸面していては彼女にとっては迷惑な話しだ。
そう思い体を起こした。
「疲れたのなら、寝ててもいいよ」
「いや、いいよ。少し寝たらスッキリしたし・・・・・・オレも喉が渇いたな」
「そう?じゃあ食堂にいこ」
(もう考えるのはよそう)
オレは気持ちを入れ替え、部屋を出た。

食堂にお客はまばらだった。
常連っぽい人が数人と、親子連れだろうか?親が戻ってくるのを待っているのか、女の子が一人でテーブルにすわっている。
「ユウ、こっち」
オレが店内を見渡しているうちにチェアリーは早々とテーブルに着いていた。

「ねえ、何頼む?そうだ!ダンデリオンティーが飲みたいって言ってたんだっけ、それにする?」
「うーん、どうしようかなぁ・・・・・・今はスッキリとした冷たい飲み物がいいな」
「冷たいもの?じゃあ、シードル注文する?」
「それはキミが飲みたいんだろ?」
「えへへ。ねえ!おかみさん!冷たくて、スッキリして、酔わないおススメの飲み物なにかない?」
「冷たい飲み物はほとんどお酒しかないけど・・・・・・そういえば新しいハーブティーを仕入れたんだ。アイスで飲むとスッキリするよ。試してみるかい?」
「わぁ!試したい!ユウ、それでいい?」
「ああ、」
「じゃあ、そのハーブティー1つお願い」
「1つ?」
「2人で分けて飲むから1つでいいよ。あまり無駄遣いしてられないし」
「なにケチ臭い事言ってるんだい。アハハッ!今朝はお土産も貰ったし、まだメニューに乗せていない物だから2人ともサービスでいいよ」
「ホントに?ありがとう、おかみさん!」

チェアリーはとても元気だった。
彼女はいつも明るく笑っているが、今日は特に明るい。こんなに声を張り上げる事は珍しく、店の中に喋り声が響き渡っていて、こちらが恥ずかしくなるくらいだった。
(フフッ)
おかげで少し気分が晴れてきた。

「はいよ。ハイビスカスティーおまち!」
「わぁ!キレイ」
運ばれてきたのは真っ赤な飲み物だった。
グラスに注がれたそれはワインの様に赤いが、透明感があり浮かんでいる氷が見た目に爽やかだ。

「すっぱい!」
ひと口飲んだ彼女が眉間にシワを寄せ大げさなくらいに驚いていたので、オレはほんの少し舐めるように口に含んだ。
「すっぱっ!」
「でしょ?」
オレのすっぱがっている様子を見て、彼女のしわくちゃだった顔は笑顔になっていた。

「目が覚める酸っぱさだろ?シロップを入れるといいよ」
酸っぱがる様子を見て、おかみさんがシロップを勧めてくれる。
言われた通り、シロップを入れて飲んでみると、甘さで酸味は和らぎ、飲みやすくなった。
「おいしいね」
「ああ、なんだか元気が出た」
「・・・・・・よかった」

少し元気も出たので、今日はどうしようかと思案する。
(いつも通りスライム探しに行こうかな・・・・・・)
せっかく起きてきたのだから、モンスターを探しに今からでも出かけるのも悪くはない。体を動かしている方が気がまぎれるというものだ。

そんな事を考えながらハイビスカスティーをすすっていると、ちょうど店に入ってきたお客にオレは目が奪われた。
(うっわ!)
その女性の格好は、ハイビスカスティー以上に目が覚めるものだった。
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