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第10章

10-10

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10-10「ユウのターン」

コッレの南に広がる盆地も見渡す限りの草原で何も無かったが、その盆地を抜けた先にも何も無かった。
南へ伸びる街道の東側には山が迫って、その稜線が南北に続く。西側に目を向ければ、どこまでも平野が広がり本当に何もない。
はるか遠くに山並みが見えるのと、街路樹が植えられているのか整然と木が列をなし続いているくらいだ。建物などの人工物は一切見当たらなかった。

ここは周囲を山に囲まれていない分、コッレより更に開けていて解放感があり気持ちいい。
(北海道ってこんな感じなのかな?・・・・・・行ったことないけど)
これだけ開けた場所、日本でイメージするのなら北海道ぐらいか。
「いい眺めでしょ」
チェアリーが伸びをしながらオレの方へ歩いてきた。
「何もないね」
「そんなことないよ。よく見て、ここ全部麦畑なんだから」
オレが草原だと思っていた場所はどうやら麦を栽培しているらしい。だが、畑だと言う割にはそこに育っているのは、雑草のように地面に這いつくばっている草だった。背丈はオレの足のくるぶしほども無い。

「この麦、弱ってない?全部倒れてるけど・・・・・・」
「きっと麦踏みした後だからじゃないかな」
「むぎふみ?」
「麦はね小さいうちに足で踏んであげると、その後の成長が良くなるんだよ」
「へー」
せっかく芽が出た物を踏みつけるなんて想像できないが、目の前に広がる畑の麦はどれも押しつぶされてぺちゃんこだ。
(雑草魂ってやつかな?)
不遇な環境に耐えたものほど、強く生き抜く力が備わるという事だろうか。
「けど、これだけ広いと踏むだけでも大変そうだな」
「ウフフ、人が踏むんじゃないよ。何十頭っていう馬にローラーを引かせて、いっぺんに潰していくんだから」
「そうなのか、ははっ」
目の前には大草原が広がっている。端から端まで行くのにも馬車で何時間もかかりそうなのに、人力ですべてこなしているはずなかった。

「この辺り一帯の農地は、教会の直轄領なんだよ」
「ここ全部が?」
「そう。教会が農家に貸し出して、農家は収穫した作物の半分を収めるの」
「半分も!?取りすぎじゃない?」
「そんなことないよー。教会は収められた作物を売ったお金で兵士を雇って街の警備をしてくれているんだから。他にも慈善活動するのにだってお金は必要でしょ?」
「ふーん」
どうやら教会といっても心の支えの様な宗教的価値だけではなく、かなり人々の生活に密接に関係しているらしい。教会に馴染みのないオレにはよく分からないが。

「知らないの?」
「はははっ・・・・・・」
オレは顔を覗き込んでくるチェアリーに笑ってごまかし、いま来た道を振り返った。
「そういえば、さっき通ってきた盆地では麦を育ててないんだね。見晴らしのいい土地が広がってるのに」
「あそこも農地だよ」
「そうなの?だけど、ヒツジがいるだけで耕しているようには見えなかったよ」
「あれはね畑を休ませてるの」
「休ませるって?」
「麦はね、同じ場所で育て続けていると収穫量が減ってくるの。だから1年間ヒツジを放牧して土地を休ませるんだよ。ヒツジは放牧しておけば雑草を食べてくれるし、糞が肥やしになってくれるからね」
「そうなのか」

彼女は木が整然と列をなして続いている方を指さした。
「向こうに木がずっと並んでいる所があるでしょ。あそこは川が流れているの。この辺りは北東のコッレ、北西のケイ、南のシエルボから流れ込んでくる川が合流する場所だから土地が肥沃で、それぞれの三角洲は農地になってるの。けど、あの川を越えた先はたぶん今は麦を作ってないよ。三角洲ごとに順番に休ませる土地を回しているはずだから」
「うまいこと考えられているんだな」
彼女が言ったように木が川に沿って並んで植えられているのだとすると、その並木は全て西へと向かい合流しているようだ。
いつもオレ達がスライムを探している川も南に向かい街道と並走していたのに、盆地を抜けたあたりで西に流れを変えている。

オレは川沿いに植えられているという木が気になった。整然と並んでいるので明らかに人の手で植えられたものだろう。
「あの木は何なの?果物か何か?」
「あれはヤナギだよ。ヤナギはね水を好むし細かい根がビッシリ生えるから、ああやって川沿いに植えて根を張らせる事で土手が崩れないようにしてあるの。ここの川はコッレの物と比べたらとても大きいから水害を防ぐためだね」
(ああ、なんか似たような話を聞いた事があるな)
日本では川沿いに植えられる樹と言えば桜だ。これは土手沿いに桜の木を植えることで、桜の花見に来た見物客に土手を踏ませて固める効果を狙ったのだと聞いた事がある。

彼女は畑の隅を指さした。
「それにね、ヤナギはその枝で柵を作るのにも丁度いいんだよ」
指さす方向には、低い柵が設けてある。
「ヤナギの枝はね、たった一年で真っ直ぐ長く伸びるからそれを刈り取って、川に漬け込むの。で、地面に杭を等間隔に打ち込んでそこに枝を編み込むようにして柵を作るんだよ」
「何で川に漬け込むの?」
「水分を吸わせることで柔らかくして編みやすくしてるんだよ。この方法だと枝を加工する必要もないし、釘も要らないでしょ?簡単に作れるモンスター返しだよ」
(モンスター返しか)
確か盆地にある石積もモンスターを返すものだと彼女は教えてくれた。

「詳しいね」
相変わらずチェアリーは物知りだ。オレの知らない事をよく知っている。その知識は会社勤めをしていては知りようもない事ばかりだ。
「うん・・・・・・ユウは本当に何も知らないんだね・・・・・・」
(まただ。オレは何も知らない子供って事か)
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