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第10章

10-34

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10-34「ユウのターン」

カップのお茶が無くなりかけた頃、彼は再び用紙を手に取り暫く眺めてからそこへ何かを書き加えオレに渡してきた。
『火薬の作り方を知っているとは驚きました。ですが、この知識は絶対に誰かに教えないようにお願いします。銃が広まれば必ず争いが生じます。一度広まった物は決して元には戻らないのです。その事を心に留めておいてください』
オレはうなづいて応えた。
その意見に賛成だ。アメリカでは自衛の為に銃を持つことは権利の1つだなんて言われるが、日本の様に銃が広まっていなければ持つ必要も生まれない。
最初はモンスターに対抗するために銃を必要としているのかと思った。だけど彼は広めない為にオレに根回ししようとしたのだ。
それに、モンスターと言ってもオレはスライムしか見ていない。銃を持ち出してまで戦うほどでもないのだろう。

彼はポケットから魔宝石を取り出した。そして火薬の作り方を書いた用紙を手に持ち、小声で言った。
「ファイヤー」
火のついた紙はたちどころに燃え上がり、彼はそれを飲み終わったカップへ投げ入れた
ピシッ!
魔宝石はちょうど寿命だったらしい。乾いた音を上げ割れたのを、粉々にならないうちに一緒にカップの中へ入れてしまった。燃え尽きる紙を眺めながら、安心したのかゆっくりと息が漏れた。
「フー・・・・・・」
カップの燃えカスを見つめるその目は、どこか虚ろだ。
「お腹が減りましたね」
オレに言う訳でもなくつぶやいた彼はソファーを立ち上がり、机に戻って呼び鈴を鳴らした。

チチン! チン!
「夕飯にしましょうか。この部屋に運ばせますので、二人でゆっくり食事をしながら日本の思い出でも語り合いましょう」
「迷惑でなければ。あー、でもアリーチェは?」
「心配いりません。妻が相手してくれますよ」
「リンカ達もまだ帰って来てないし・・・・・・」
「リンカなら屋敷ではなく、どこかに食べに行くと思いますよ。彼女も子供じゃありませんから大丈夫です」
「そうですか、ならお言葉に甘えて」
「部屋も用意させますから、今夜は屋敷に泊まっていかれるといい」

コン、コン、コン、
ノックして入ってきたのは今度はモトアキではなく、奥さんの方だった。
「お呼びかえ?」
「ええ、ここで夕飯を取りたいので運んでください。それと、この部屋には誰も入れないように」
「おや、男二人で何を企んでおるのやら」
奥さんはこちらへやって来て、飲み終えたテーカップを下げ始めた。
「また、カップの中で燃やして!」
カップを片付ける途中、紙の燃えカスを見つけた奥さんが小言を言う。
「燃やさんでも、ゴミに出してくれればいいじゃろうに。魔宝石だってもったいない」
「ははは・・・・・・書き損じた物を誰かに見られるのは恥ずかしいでしょ?」
長の方がたじたじだ。
(尻に敷かれてるのかな?)
だが、そのやり取りは見ていて微笑ましく思えた。

「今晩の料理はなんです?」
彼が話題をそらすように献立を尋ねる。
「今夜は馬肉料理にしようと思う」
「いいですね」
(馬肉か・・・・・・)
馬肉といえばちょっとした高級食材だ。普段なら喜んで食べるが、日中は馬車に乗っていた為に愛らしい馬を食べることへ少し抵抗を覚えた。
スーパーで綺麗に切り分けられた肉とは違って、ここでは食べ物が直接、動物の命に繋がっていることを肌で感じる。
「あと、水菜の煮たやつもお願いしますよ」
「フフッ、いつもの煮びたしじゃろ?分かっておる・・・・・・この人の好物なのじゃ」
奥さんはオレに会釈すると部屋を後にした。

「機嫌がいいですね。フフッ」
彼はソファーに戻って来て座ると笑みを漏らした。
「馬肉は大丈夫でしたか?あなたの好みも聞かずに決めてしまいましたが」
「はい、好物です」
「それは良かった。馬肉は低カロリーで高たんぱく。それに滋養強壮になる」
「奥さんが作ってくれるんですね。これだけ大きな屋敷ならメイドさんでも雇っているのかと、」
「メイドなんてとんでもない。家事はほとんど妻がしてくれます。客人の相手は息子のモトアキがしてくれますし、畑の手伝いは何人か雇ってますがね。私は何もやらせてもらえないので、ほとんど書斎にいるか畑へ出て見回るくらいですよ」
「うらやましい」
「そうだ!さいぼしってご存知ですか?馬肉を干物にしたものなんですが。これが酒のつまみによく合うんです。今夜どうです?一杯」
「すいません。オレ、酒は飲まないようにしているので」
「残念っ、私はさいぼしが大好きだったので、見よう見まねで作って食べたら案外うまくできましてね。干物と言っても柔らかく仕上げてあるのでローストビーフの様で美味しいんですよ・・・・・・ハァ」
彼は思い出したように、ため息をついた。

「・・・・・・牛の肉はもう食べることが出来ないですからねぇ」
「牛はいないんですか?」
「ええ、たぶん絶滅したと思います」
「でもさっき食べたケーキにホイップが、」
「あれはヤギのミルクから作ったものですよ。牛乳の代わりです。かなり濃厚でしょ?」
「はい。美味しかったです。でもヤギっていうと、もっとクセがあるのかと思ってました」
「ヤギ達にハーブを食べさせているから臭みが少ないのです」
「ああ、なるほど」
確か同じような事をチェアリーも言っていた。
「料理に詳しいんじゃないですか」
「いえ、私は口を出すだけで。料理は妻が全てしてくれます。どうやら自分の仕事だと自負している様で、私が台所に入ろうものなら怒られますよ。はははっ」
過去の事に気を使うこと無く喋られるのはいい。オレは秘密を聞いてもらえる相手が欲しかったのだと強く思った。
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