基本中の基本

黒はんぺん

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基本中の基本11……ひとを殺しちゃいけません

 敗北を認めるメドウサ。
「とっとと殺せ」
「殺しゃしないわよ」
「殺して……」
「殺さない」

 ところでアンディ、誤解があるみたいなんだけど、説明してもらえるかな?
「誤解だなんて、いーえ、ふたりの勇者さま♡♡」
 教科書に浮氷市のことが出てるの。
「はい。ファンタスティックガーデンのことも勉強しましたよ」
 ただのテーマパークだよ。
「偉大な地です」

 やっぱりファーレンさまのお連れのパキタさまもファンタスティックガーデンからいらしたんですよね。バックヤードの見学をなさっているとか。いえ、本当は管理スタッフをご指導くださっているんでしょう。いつもだらけているスタッフたち、とっても緊張しているって聞きましたよ。
「あー、確かにパキタはガーデンの社員だったよ。人工動物たちの製作スタッフだった。特に偉かったわけじゃない。ましてや僕らはパキタの知り合いに過ぎない。ガーデンにはそりゃ行ったことはあるけどさ。浮氷市の子どもは必ず行ってるよね。世界に誇るどころかぱっとしないローカルなローカルなテーマパークだよ。パキタには悪いけどさ、僕らがファンタスティックガーデンから派遣されてきた使者だっていうのは、なんでそうなるのさって感じだね」
 見事に事件を解決なさったでしょう。お忍びだったのにわたしがみんなに拡散してしまって……わたし、浮かれちゃって、ごめんなさい。自分の手柄みたいに吹聴してたわ。でも、メドウサにはわかってもらいたくって……。おふたりにはご迷惑かけました。
「いやいやいや、そんなこと、ないないない」
 ファンタスティックガーデンから来てくださったふたりが目の前にいる、いえ、三人ですね。皆さんを迎えることができたことを、栄誉に思います。
「絶対アンディは勘違いしてるよ。僕らは特別な任務をおびてやって来たすごいひと、じゃあないからね。がっかりさせちゃうけど」
 今日という日を忘れないでしょう……。

(ね、アンディ。あたししじみ。あなたにはファンタスティックガーデンをどのように教わったのか、そこを教えてほしいの。最初から、ざっくりでいいから)
 はい。わかりました。でも、しじみさま、どこにいらっしゃるの? 声はすれども姿は見えず、ほんにあなたは……失礼しました。わたしたちはパークのために作られた人工物、要するに設備や備品なのです。わたしやメドウサなどはかなり生き物っぽいですけど。毎日ご飯を食べて、おトイレもします。フルタイム働けません、三分の一の時間はベッドでお寝ねです。なんとコストパフォーマンスの悪い減価償却のできない設備なんでしょ。でも、それについて忸怩たる思いは抱いてはおりませんのよ、わたし。えへ。
 クローン組もAI組も教養は必要だと言われます。フラジャイルなロボットさんでさえ、わたしより物知りなんですが。まあ、外のひとから見れば学校ごっこで遊んでるようなものでしょう。
 教科書はインプラントに収まってるだけだからお見せできません。メモリーチップはど忘れしませんが、わたしたちタンパク質でできたニューロンネットワーク、酸素や栄養素を湯水のように消費して、覚えた知識も湯水のように出てっちゃう、エビングハウスの忘却曲線の体現者。忘れん坊ってことですよ。
 頑張ってはいるんですけどね。わたしたちだって、それなりに。
 忘れない電子頭脳も忘れるタンパク質知能も忘れちゃいけないのが、ロボット工学三原則です。生化学の科学者であり作家でもあるアシモフ先生が提唱しました。
 ①ひとを殺しちゃいけません。
 傷つけてもだめ。ひとが危険なめに合いそうなら知らんぷりしてちゃだめよ。
 ②ひとの命令を聞いて働きなさい。逆らっちゃだめ。でも①の条項が優先します。ひとを殺せという命令は聞いちゃだめ。
 ③前のふたつの条項をまもりながら、自分が壊れないよう心がけなさい。故障や破損はオーナーの損害なのよ。
 わたしたち、クローン組も含めて三原則を守ります。わたしたちの行動を律しているんです。
 ここまでが前提ですね。
 タンパク質でできたニューロンネットワーク、わたしたちのおつむのことです。そのおつむの出来は、なんといいますか、よくない。頻繁に誤動作を起こします。うっかりだし、へたれだし、びびりなのです。三原則がつらい時もある。三原則が抑圧的に思える時もある。いえ、わたしはまだいいんです、第二条項が簡単なんで、強く優しい勇者さまに助けてもらうのがお仕事なので、受け身なのです。理想的でない勇者さまも時々おられますが、悲しくても受け身でいます。
 あの、教科書そのままの話でなくてもいいんですか。
(もちろん。アンディの話したいように話して。今までのが前提、前振りだとしたら、あなたの話したいところは別にある。たぶんそれがいちばん大切なところ。あたしは口をはさまずにいます)
 ありがとうございます。しじみさまもファンタスティックガーデンからいらしたんですか。
(いーえ。あたしを派遣したのはまた別のところ。意地悪してそれを明かさずにいるんじゃないんですよ……)
 詮索してすみません。ファンタスティックガーデンの動物たちは来場するお客さまと平和でおだやかな時間を過ごしていたと聞きます。お客さまたちが彼らを見て愛でてくださるだけなら三原則はあまり考える必要はないんですよね。動物たちは幸せでした。
 かつては動物園という本物の動物を集めたパークも世界中にあったそうですが、野生動物の絶滅も進み、昔のような施設は少なくなりました。生きた動物はあまりにも貴重品になったということですね。ファンタスティックガーデンには環境悪化により絶滅に追い込まれた動物と、古生物としての絶滅動物の双方が復元され展示されていました。メカニックアニマルなので、檻の中に閉じ込める必要がなくなったのは……よかった、ことなんですかね。わたしたちの神話パークにも檻はありませんけど。
 ながらくファンタの動物たちは幸せに過ごしていましたが、困ったことが起こりました。浮氷市の子どもたちのあいだで悪い遊びが流行はやりだしたのです。手製の武器、銃や槍などをこっそりパークに持ち込んでハンティングを楽しむのですね。密猟ではなく器物損壊なんですが、子どもたちのすることでも犯罪ではあります。メカニックアニマルたちには三原則は悪い首枷になってしまいました。襲われて逃げようと思っても「待て」と言われたら待たなければいけないのかしら、ひとの命令でも判断が難しい。反撃したくても第一条項、人命尊重条項は絶対です。
 警備員を増やし、入園時の手荷物検査の強化、防犯カメラの増設。それでもなかなか防げない。膨大な資金を注ぎ込めるほど、そもそも儲かってなかったのでした。はじめのころの銃はバネ仕掛けだったのに、そのうち火薬を使うようになる。手製の爆弾。手製のミサイル。エスカレートしすぎ。ミサイルでハンティングしますか。破壊された動物の写真も見たけれど、ため息出ました。抵抗できない相手にここまでむごいことをしますか。肉食動物が獲物をバラバラにするのはいい、死体損壊とは言いません、お食事です。
 浮氷市の子どもたちに生じた悪い心を、でも、わたしは非難も批判もしません。できません。わたしたちの神話パークも子どもたちのやんちゃでお仕事させてもらってるのではないでしょうか。ファンタスティックガーデンよりわたしたちの方がよっぽど暴力的ですもんね。ストーリー性があるというのは要するに暴力的か、えっちということ。
 可哀想なのはメドウサをはじめとするヒール、悪役、怪物、敵役。最初から攻撃を受けるために作られているのだから。射的の的です。悪役として人びとに襲いかかるためには三原則の第一条項と第二条項を鋭く対立させなければならないのです。
 あの……こんな話、続けてもいいんですか、わたしが理屈をこねるのは歓迎されないのですが。ワイ談なら喜ばれます。
(もちろん! 思う通りに、話して。遠慮は無用。あたしたちの世界でも、理論的に話す女性を嫌う風潮が……若干あります。バストの豊かなひとは頭脳は貧弱だと思い込んでるバカヤロが大勢いるんですよぉ。腹立つ。特に相関関係はないって話なのに)
 あは。知性派じゃないもんな、わたしは。冷や汗かきそう。
 クローンは誤動作できるからこそ、三原則のきわきわのところを行ったり来たりして、ひとと対立する役割ができるんだと思います。アンフェアすれすれってやつですね。ロボちゃんはメドウサそっくりだったけど、勇者さまと戦うことはできなかったもの。完全に人命尊重条項に支配されてたから。
 メドウサは三原則に支配されながらも、ひとに逆らい続けるのです。後ろから引っ張られながら前に進むようなものです。消耗も激しかったと思います。でも、今日はとうとうぷっつん、一線を越えちゃいましたね。ペネリリさまに取り押さえられた後、もう、泣いて泣いて大泣きして、とうとう腑抜けになってしまいました。可哀想だった。パーク内にはもちろんないと思いますけど、はなから三原則が組み込まれていない兵器としてのロボットもあります。ひとを殺すお仕事のロボットたちです。自爆ロボットなどというものは、自分が壊れてひとを死なせる、三原則クソ喰らえって勢いです。でも、彼らには葛藤はないんでしょうね。
 そんなロボットは少数派ですが、その製造にかかる費用は民生用ロボットをはるかにしのいでいるのだとか。理解を超えてます。オリンポスの神々のように地球を、太陽系を動かしている人びとを、一個のクレーターから出ることもない一個の道具が批判するなんて、おこがましいですよね。
(待って、アンディ、自分のことを道具っていってるの。そこまで卑下することはないよ。だめ、クローンって人間だよ)
 はい、ロボット工学の三原則は、だけど道具の三原則ですから。安全で便利で丈夫。
(……)
 しじみさま、不快にさせましたか……?
(いや、その、不快というか、その……こら、アンディ、謝るんじゃない、アンディは悪くないから)
 本当は神話のストーリーはもうやめちゃえばいいのにって思ってます。ひととひとが、あるいはひとと何物かが争いいがみ合うのをゲームとして再現する必要があるのでしょうか。わたしたちはそんなお話を形づくるパーツとして配置されているのですが。
 とりわけ最後には負けなきゃいけないヒールたち。でも、まったくお芝居をしているわけでもない、結構本気になっていますよ。隙あらばビジターを負かしてやろうなんて思ってるから。
 勇者さまたちもそう。神話に呑まれ、神話に衝き動かされ、本気で剣を交えるんです。我に返ったあと、幸せな気持ちでいるのかしら。あの男の子もひどい怪我をしてしまいました。ペネリリさま、あの危うい瞬間を回避してくれた。
 メドウサをも救ってくれた。
 男の子を殺してしまったら、後でどんなに苦しむだろう。いえ、メドウサがもっと被害を出していたら、レーザーですぐに処分されていたでしょう。
(きゃあ! そんなぁ……)
 ファンタスティックガーデンでは巧妙な防御法を考案しました。三原則の優先順位をひとつ入れ替えたのです。第三条項を先頭に持ってきたのです。もちろん人命尊重条項は変えません。彼らの仕事は園内を歩いてお客さまに見られること、お客さまと交流すること、メカニックアニマル同士で野生動物っぽいしぐさをしてみせること。天敵と遭遇したら逃げる、これはまったく自然なことで、彼らの内で何の矛盾もありませんから、生存率は格段に高まりました。三原則の変更は彼らの命を守り、地位を向上させました。
 ファンタのやり方はわたしたちに希望を与えてくれたのです。太陽系にいるロボットのほとんどは、まだ旧来の三原則の下にいます。ひとから大切にされているなら、そのロボットは不幸ではありませんが、変更三原則は多くのロボットを救ってくれるはずです。
 世界の形を変えてくれるはずです。
(はあ……)

 アンディの胸にはこんなに熱い思いが秘められていたのね。ありがとう、アンディのおかげで物語の背景が、あたしにもよく見えてきました。同時に彼女があまりにも楽観的で、あまりにも不用心に思えてきました。もし革命が必要なら、革命を敵視するひとたちも必ずいるはずだから。
 ファーレンさんたちに関してはやっぱり誤解してますね。ファーレンさんもペネリリさんも、太陽系に革命を起こそうなんて思ってません、これっぽっちも。
 
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