塩と水とその器

望凪

文字の大きさ
21 / 38
第二章

譲れないし、譲らない(一)

しおりを挟む
 黒浪高校水泳部は、土曜日にも練習がある。
 平日の五日と土曜日の練習、一週間につき計六回あることになる。ちなみに日曜日は休みだ。
 そして今日は土曜日。朝七時からの練習が、今週最後の練習が、ようやっと終わった。

「ふー……」

 クールダウンを終えて一息つく。
 今日も平日と例外なく、くたくたになるまで泳いで泳いで泳ぎまくった。
 しかしその甲斐もあって、ちょうど昨日から皆と同じメニューに合流した所だ。水泳からは長いこと離れていたけど、身体自体は鍛えていたから、そのおかげかもしれない。
 とはいえ限界スレスレというか。
 練習メニューは全員が一律というわけではなく、実力毎に二つに二分されている。もちろんボクは遅い方なんだけど、それでもついていくのがやっとだった。

「大丈夫か?」

 プールサイドの上から声をかけられる。凛とした芯のある声。そしていつも張り上げてるせいか、ちょっとガサついている。

「コーチ……」

 銀木響子しろききょうこ。黒波高校水泳部のコーチを務めている人だ。
 三十路くらいの大人びた外見をしているけど、その性格はどちらかといえば熱いというか激しい。ていうか厳しい。主にコーチとして。練習では毎日のように怒号がプールに響いているくらいだ。
 そんなコーチが、ボクに微笑んでいた。

「よく頑張ったな。しんどいメニューだったろうに。初心者と聞いていたんだが……」
「まあ、身体は鍛えてたんで」
「そうか。明日は休みだから、ゆっくり休むといい」
「はーい」

 返事をすると、コーチは楽しそうに手をひらひらと振って、向こうのコースの方へと離れていった。
 そんなこんなで今日の練習が終わった。プールの片付けも終え、そこで解散となった。

「ちょっと」

 更衣室に行こうかと思った矢先、声をかけられた。

「はい?」

 誰かと思えば、見覚えのある顔だった。ボクと同級生の、一年生の女子。ボクを捉えるその視線は、殺意すら思わされるほどに攻撃的だった。
 えっと名前は確か————

「佐々倉某!」
「……某?」

 佐々倉さんが眉を潜める。……しまった。声に出てた。
 ていうか何の用なんだろう。ボクなんかしたっけ。まるで思い当たる節がないんだけど。

「率直に聞くけど。あなたって初心者なの?」
「そうだけど」

 素直に答えると、佐々倉さんの顔が苦虫を潰したようなソレに変わる。
 そして、心底から見下しているような眼差し。明らかにこちらを格下と見ている。

「あんたさぁ……人に迷惑かけてるって自覚はあるの?」
「迷惑?」

 それこそ全く身に覚えがない。

「アンタが素人同然なせいで、コースを一つ占領していることよ」
「ああ……。でも、昨日から練習に合流したでしょ」
「完全に着いていけてるわけじゃないのに、合流したなんて豪語できるの?」
「それは、まあ。何とも言えない」
「今日だって周回遅れになっていた。あまりにも未熟なのに、分不相応にもこの黒浪高校の水泳部に入部するなんて。皆の脚を引っ張って、迷惑だと思わないのかって聞いているの」

 ははあ、そういうことね。
 あくまで表面上だけど、こちらを嘲っている様子じゃない。本当に迷惑だと思っている空気だ。

「それはまあ、ごめん」

 一応、謝罪はしておく。
 ちなみに嘘は言ってない。雀の涙くらいは負い目を感じてる。全く気にしていないというほど、自分は無神経な人間じゃない。……ホントだよ?
 けれどどうも、ボクの返答は彼女の気持ちを逆撫でしたみたい。

「ごめん?その気持ちがあるなら、頭を下げる前にやることがあるんじゃないの?」
「退部しろって?」
「……ええ、そうよ!分かってるなら早く出て行きなさいよ!」

 佐々倉さんは、湧き上がった怒りのままに言葉をボクに叩きつける。
 その声はプールに反響するくらい大きくて、いつの間にか先輩たちがボクら二人の周りに人が集まっていた。
 めんどいなぁ。ここでも問題児扱いされるのかなぁ、ボク。
 手っ取り早く切り上げたいけど、彼女に聞きたいこともある。

「それは困るからしません、ハイ」
「困ってるの私達なんですけど?」
「……さっきから主語がちょっとデカくないかな。まあいいけど」

 彼女の論調は道徳的には正しいんだろうけど、論理的には誤っている。ただ、正論で説き伏せた所でそれを受け入れるとは限らない。……そして、そんな希望を抱くほどボクも子どもじゃない。
 だからボクは、こう言うしかない。

「すぐに練習についてけるようになるから、それで許してくれないかな。ちょっとの間、迷惑かけちゃうけど」

 これでどうにか納得して貰うしか無い。納得できなかったとしても、ボクが勝手に彼女は納得できたものと認識する。
 これ以上、面倒ごとには関わっていられない。こっちは問題なんて起こしたくないんだ。自分がそういう状況を起こすのならともかく、他人のソレに付き合うのは勘弁願いたい。
 して、佐々倉さんの反応は。

「はぁ?」

 疑問符が付いてるのに糾弾するような声色。いや、語らずとも批難しているのは、その一層鋭くなった目つきをみれば明白だ。
 まあそうなるよね。予想通りというかなんというか。
 けど関係ありません。彼女はもうボクの論に納得しました。ボクの頭の中ではそういうことになりました。以上、この話題しゅーりょー。

「はい。ちゃんと答えたからもう行くね」
「なっ」

 呆気に取られた出来た佐々倉さんの横を通り抜ける。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~

楠富 つかさ
恋愛
 中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。  佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。  「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」  放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。  ――けれど、佑奈は思う。 「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」  特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。  放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。 4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ほのぼの学園百合小説 キタコミ!

水原渉
青春
ごくごく普通の女子高生の帰り道。 帰宅部の仲良し3人+1人が織り成す、ほのぼの学園百合小説。 ♪ 野阪 千紗都(のさか ちさと):一人称の主人公。帰宅部部長。 ♪ 猪谷 涼夏(いのや すずか):帰宅部。雑貨屋でバイトをしている。 ♪ 西畑 絢音(にしはた あやね):帰宅部。塾に行っていて成績優秀。 ♪ 今澤 奈都(いまざわ なつ):バトン部。千紗都の中学からの親友。 ※本小説は小説家になろう等、他サイトにも掲載しております。 ★Kindle情報★ 1巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B098XLYJG4 2巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B09L6RM9SP 3巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B09VTHS1W3 4巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0BNQRN12P 5巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0CHFX4THL 6巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0D9KFRSLZ 7巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0F7FLTV8P Chit-Chat!1:https://www.amazon.co.jp/dp/B0CTHQX88H Chit-Chat!2:https://www.amazon.co.jp/dp/B0FP9YBQSL ★YouTube情報★ 第1話『アイス』朗読 https://www.youtube.com/watch?v=8hEfRp8JWwE 番外編『帰宅部活動 1.ホームドア』朗読 https://www.youtube.com/watch?v=98vgjHO25XI Chit-Chat!1 https://www.youtube.com/watch?v=cKZypuc0R34 イラスト:tojo様(@tojonatori)

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

春に狂(くる)う

転生新語
恋愛
 先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。  小説家になろう、カクヨムに投稿しています。  小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/  カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

処理中です...