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第二章
譲れないし、譲らない(一)
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黒浪高校水泳部は、土曜日にも練習がある。
平日の五日と土曜日の練習、一週間につき計六回あることになる。ちなみに日曜日は休みだ。
そして今日は土曜日。朝七時からの練習が、今週最後の練習が、ようやっと終わった。
「ふー……」
クールダウンを終えて一息つく。
今日も平日と例外なく、くたくたになるまで泳いで泳いで泳ぎまくった。
しかしその甲斐もあって、ちょうど昨日から皆と同じメニューに合流した所だ。水泳からは長いこと離れていたけど、身体自体は鍛えていたから、そのおかげかもしれない。
とはいえ限界スレスレというか。
練習メニューは全員が一律というわけではなく、実力毎に二つに二分されている。もちろんボクは遅い方なんだけど、それでもついていくのがやっとだった。
「大丈夫か?」
プールサイドの上から声をかけられる。凛とした芯のある声。そしていつも張り上げてるせいか、ちょっとガサついている。
「コーチ……」
銀木響子。黒波高校水泳部のコーチを務めている人だ。
三十路くらいの大人びた外見をしているけど、その性格はどちらかといえば熱いというか激しい。ていうか厳しい。主にコーチとして。練習では毎日のように怒号がプールに響いているくらいだ。
そんなコーチが、ボクに微笑んでいた。
「よく頑張ったな。しんどいメニューだったろうに。初心者と聞いていたんだが……」
「まあ、身体は鍛えてたんで」
「そうか。明日は休みだから、ゆっくり休むといい」
「はーい」
返事をすると、コーチは楽しそうに手をひらひらと振って、向こうのコースの方へと離れていった。
そんなこんなで今日の練習が終わった。プールの片付けも終え、そこで解散となった。
「ちょっと」
更衣室に行こうかと思った矢先、声をかけられた。
「はい?」
誰かと思えば、見覚えのある顔だった。ボクと同級生の、一年生の女子。ボクを捉えるその視線は、殺意すら思わされるほどに攻撃的だった。
えっと名前は確か————
「佐々倉某!」
「……某?」
佐々倉さんが眉を潜める。……しまった。声に出てた。
ていうか何の用なんだろう。ボクなんかしたっけ。まるで思い当たる節がないんだけど。
「率直に聞くけど。あなたって初心者なの?」
「そうだけど」
素直に答えると、佐々倉さんの顔が苦虫を潰したようなソレに変わる。
そして、心底から見下しているような眼差し。明らかにこちらを格下と見ている。
「あんたさぁ……人に迷惑かけてるって自覚はあるの?」
「迷惑?」
それこそ全く身に覚えがない。
「アンタが素人同然なせいで、コースを一つ占領していることよ」
「ああ……。でも、昨日から練習に合流したでしょ」
「完全に着いていけてるわけじゃないのに、合流したなんて豪語できるの?」
「それは、まあ。何とも言えない」
「今日だって周回遅れになっていた。あまりにも未熟なのに、分不相応にもこの黒浪高校の水泳部に入部するなんて。皆の脚を引っ張って、迷惑だと思わないのかって聞いているの」
ははあ、そういうことね。
あくまで表面上だけど、こちらを嘲っている様子じゃない。本当に迷惑だと思っている空気だ。
「それはまあ、ごめん」
一応、謝罪はしておく。
ちなみに嘘は言ってない。雀の涙くらいは負い目を感じてる。全く気にしていないというほど、自分は無神経な人間じゃない。……ホントだよ?
けれどどうも、ボクの返答は彼女の気持ちを逆撫でしたみたい。
「ごめん?その気持ちがあるなら、頭を下げる前にやることがあるんじゃないの?」
「退部しろって?」
「……ええ、そうよ!分かってるなら早く出て行きなさいよ!」
佐々倉さんは、湧き上がった怒りのままに言葉をボクに叩きつける。
その声はプールに反響するくらい大きくて、いつの間にか先輩たちがボクら二人の周りに人が集まっていた。
めんどいなぁ。ここでも問題児扱いされるのかなぁ、ボク。
手っ取り早く切り上げたいけど、彼女に聞きたいこともある。
「それは困るからしません、ハイ」
「困ってるの私達なんですけど?」
「……さっきから主語がちょっとデカくないかな。まあいいけど」
彼女の論調は道徳的には正しいんだろうけど、論理的には誤っている。ただ、正論で説き伏せた所でそれを受け入れるとは限らない。……そして、そんな希望を抱くほどボクも子どもじゃない。
だからボクは、こう言うしかない。
「すぐに練習についてけるようになるから、それで許してくれないかな。ちょっとの間、迷惑かけちゃうけど」
これでどうにか納得して貰うしか無い。納得できなかったとしても、ボクが勝手に彼女は納得できたものと認識する。
これ以上、面倒ごとには関わっていられない。こっちは問題なんて起こしたくないんだ。自分がそういう状況を起こすのならともかく、他人のソレに付き合うのは勘弁願いたい。
して、佐々倉さんの反応は。
「はぁ?」
疑問符が付いてるのに糾弾するような声色。いや、語らずとも批難しているのは、その一層鋭くなった目つきをみれば明白だ。
まあそうなるよね。予想通りというかなんというか。
けど関係ありません。彼女はもうボクの論に納得しました。ボクの頭の中ではそういうことになりました。以上、この話題しゅーりょー。
「はい。ちゃんと答えたからもう行くね」
「なっ」
呆気に取られた出来た佐々倉さんの横を通り抜ける。
平日の五日と土曜日の練習、一週間につき計六回あることになる。ちなみに日曜日は休みだ。
そして今日は土曜日。朝七時からの練習が、今週最後の練習が、ようやっと終わった。
「ふー……」
クールダウンを終えて一息つく。
今日も平日と例外なく、くたくたになるまで泳いで泳いで泳ぎまくった。
しかしその甲斐もあって、ちょうど昨日から皆と同じメニューに合流した所だ。水泳からは長いこと離れていたけど、身体自体は鍛えていたから、そのおかげかもしれない。
とはいえ限界スレスレというか。
練習メニューは全員が一律というわけではなく、実力毎に二つに二分されている。もちろんボクは遅い方なんだけど、それでもついていくのがやっとだった。
「大丈夫か?」
プールサイドの上から声をかけられる。凛とした芯のある声。そしていつも張り上げてるせいか、ちょっとガサついている。
「コーチ……」
銀木響子。黒波高校水泳部のコーチを務めている人だ。
三十路くらいの大人びた外見をしているけど、その性格はどちらかといえば熱いというか激しい。ていうか厳しい。主にコーチとして。練習では毎日のように怒号がプールに響いているくらいだ。
そんなコーチが、ボクに微笑んでいた。
「よく頑張ったな。しんどいメニューだったろうに。初心者と聞いていたんだが……」
「まあ、身体は鍛えてたんで」
「そうか。明日は休みだから、ゆっくり休むといい」
「はーい」
返事をすると、コーチは楽しそうに手をひらひらと振って、向こうのコースの方へと離れていった。
そんなこんなで今日の練習が終わった。プールの片付けも終え、そこで解散となった。
「ちょっと」
更衣室に行こうかと思った矢先、声をかけられた。
「はい?」
誰かと思えば、見覚えのある顔だった。ボクと同級生の、一年生の女子。ボクを捉えるその視線は、殺意すら思わされるほどに攻撃的だった。
えっと名前は確か————
「佐々倉某!」
「……某?」
佐々倉さんが眉を潜める。……しまった。声に出てた。
ていうか何の用なんだろう。ボクなんかしたっけ。まるで思い当たる節がないんだけど。
「率直に聞くけど。あなたって初心者なの?」
「そうだけど」
素直に答えると、佐々倉さんの顔が苦虫を潰したようなソレに変わる。
そして、心底から見下しているような眼差し。明らかにこちらを格下と見ている。
「あんたさぁ……人に迷惑かけてるって自覚はあるの?」
「迷惑?」
それこそ全く身に覚えがない。
「アンタが素人同然なせいで、コースを一つ占領していることよ」
「ああ……。でも、昨日から練習に合流したでしょ」
「完全に着いていけてるわけじゃないのに、合流したなんて豪語できるの?」
「それは、まあ。何とも言えない」
「今日だって周回遅れになっていた。あまりにも未熟なのに、分不相応にもこの黒浪高校の水泳部に入部するなんて。皆の脚を引っ張って、迷惑だと思わないのかって聞いているの」
ははあ、そういうことね。
あくまで表面上だけど、こちらを嘲っている様子じゃない。本当に迷惑だと思っている空気だ。
「それはまあ、ごめん」
一応、謝罪はしておく。
ちなみに嘘は言ってない。雀の涙くらいは負い目を感じてる。全く気にしていないというほど、自分は無神経な人間じゃない。……ホントだよ?
けれどどうも、ボクの返答は彼女の気持ちを逆撫でしたみたい。
「ごめん?その気持ちがあるなら、頭を下げる前にやることがあるんじゃないの?」
「退部しろって?」
「……ええ、そうよ!分かってるなら早く出て行きなさいよ!」
佐々倉さんは、湧き上がった怒りのままに言葉をボクに叩きつける。
その声はプールに反響するくらい大きくて、いつの間にか先輩たちがボクら二人の周りに人が集まっていた。
めんどいなぁ。ここでも問題児扱いされるのかなぁ、ボク。
手っ取り早く切り上げたいけど、彼女に聞きたいこともある。
「それは困るからしません、ハイ」
「困ってるの私達なんですけど?」
「……さっきから主語がちょっとデカくないかな。まあいいけど」
彼女の論調は道徳的には正しいんだろうけど、論理的には誤っている。ただ、正論で説き伏せた所でそれを受け入れるとは限らない。……そして、そんな希望を抱くほどボクも子どもじゃない。
だからボクは、こう言うしかない。
「すぐに練習についてけるようになるから、それで許してくれないかな。ちょっとの間、迷惑かけちゃうけど」
これでどうにか納得して貰うしか無い。納得できなかったとしても、ボクが勝手に彼女は納得できたものと認識する。
これ以上、面倒ごとには関わっていられない。こっちは問題なんて起こしたくないんだ。自分がそういう状況を起こすのならともかく、他人のソレに付き合うのは勘弁願いたい。
して、佐々倉さんの反応は。
「はぁ?」
疑問符が付いてるのに糾弾するような声色。いや、語らずとも批難しているのは、その一層鋭くなった目つきをみれば明白だ。
まあそうなるよね。予想通りというかなんというか。
けど関係ありません。彼女はもうボクの論に納得しました。ボクの頭の中ではそういうことになりました。以上、この話題しゅーりょー。
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